幸せ色の愛の架け橋

 

私の会社に、若いのにまったく元気のない女子社員がいました。

普通に仕事はするのですが、あまり笑顔を見せることはありませんでした。

 

お昼の休憩時間でも、スマホばかり見ているようでした。

彼女のこころはどこか寂しさがあるような気がしました。

 

私は気になって、毎日少しずつ彼女に声をかけるようにしました。

できるだけ明るい話題を持ちかけ、彼女の気持ちが晴れるようにと。

 

私はできるだけ温かい気持ちで彼女と接することを続けました。

次第に彼女と気持ちが通じるようになりました。

 

ある時彼女が、私に相談したいことがあると言ってきました。

 

私がなにかと聞くと、彼女は恥ずかしそうに、自分の部屋がゴミだらけになって

どうしようもなくなったと言いました。

 

もう2年間もほとんどゴミを捨てないで、そのままにしていたら、ベッド以外は

ゴミの山になったそうです。

 

彼女は狭いマンションで一人暮らしのようでした。

私は彼女に、どうしてそんなになるまでゴミを捨てなかったのかと聞きました。

 

彼女がマンションに住み始めた頃は、一人の自由で気ままな生活に満足していて、

きちんとゴミは捨てていたようです。

 

ところがある時、彼女はひどい風邪にかかり、3日間、一人で部屋で寝込んでしまい、

高熱でこのまま死んでしまうのではないかと、とても心細い思いをしたそうです。

 

それから誰にも頼れない一人暮らしに、不安と寂しさを感じるようになったそうです。

彼女はその時、人とのこころの繋がりの大切さに気がつきました。

 

でも彼女には何でも話せる親しい友達もいなく、仕事場でもいつも孤独を感じて

いたそうです。

 

彼女はなんとか友達になってくれそうな人を探しましたが、うまくいきませんでした。

そんなに簡単にこころの友達はできるはずがありません。

 

外で見かける家族連れを見ると羨ましく思い、寂しさを紛らわすためにものを買い、

部屋にものがあふれ、それを見て安心感を覚えるようになったようです。

 

自分の気持ちを理解してくれる人のいない一人ぼっちは、とても苦痛のようでした。

どうせ自分は一人ぼっち、誰も自分のことなんて思ってはくれないと思いました。

 

通り魔事件をニュースで見て、犯人の気持ちはどうなんだろうと考えることも

あったようです。

 

そんな彼女には、自分の部屋の掃除なんかする気が起こらなかったようです。

それで私に、ゴミを処分する業者を知っていないかという相談でした。

 

私は寂しがり屋に関しては彼女に負けません、その気持ちはよくわかります。

 

私は彼女の相談を聞いて、今のままでは、きれいにしてもまた、部屋はゴミだらけに

なってしまう、まず、君のこころの掃除のほうが先だと言いました。

 

私は彼女に、あなたのこころが、誰かからのやさしい愛を求め、孤独から救って

もらいたいと思っているのではないのかと言いました。

 

でも誰も救ってはくれない、だからあなたは自暴自棄になって何もしたくなく

なったのでしょうと言いました。

 

私の今までの、寂しさを感じた時の、人生経験から彼女に忠告しました。

 

あなたは人に愛されることを期待するのではなく、まず、人を愛しなさい。

人の気持ちを理解し、深く愛してあげなさい。

 

そうすればあなたのこころに熱い血が流れます、その熱さであなたのこころは

温まり、気持ちが楽になるはずです。

 

あなたの愛は人に伝わり、そして人は、あなたにこころの扉を開くでしょう。

そしてそこには、幸せ色の愛の架け橋があり、こころとこころを繋ぐことでしょう。

 

愛とは与えられるものではなく、与えるものなのです。

 

彼女は自分が孤独で寂しいのは、人が自分の気持ちを理解してくれないからだと

思っていましたが、間違っていたと気がつきました。

 

私は彼女が私の話を理解してくれたようなので、ゴミ処分業者を紹介しましたが

それから彼女がゴミで困ったという相談はなくなりました。

 

こころの汚れは部屋のように簡単にきれいにはできませんよ。

こまめに愛を使ってきれいに掃除してくださいね。

愛の自動運転

 

先日のお昼休みに、私が食事をしていると、後輩が私のそばに座って、

大きくため息をつきました。

 

私がどうしたのかと聞くと、彼は、二日間かけて徹夜で作った企画書を

課長に見せたら、こんな企画書新人でも書ける、ポイントがずれているから

 

やり直せと言われたようです。

 

また一からやり直しかと思うと、自分の仕事に自信がなくなったようです。

ご飯を食べながら、彼は私に、何か悩みはありますかと聞いてきました。

 

私は仕事の上ではそれなりの悩みはありますが、それより、クルマの運転が

あまりうまくはないので、それが悩みだと言いました。

 

どこも広くてまっすぐな道ばかりならいいのですが、そうではありません。

狭い駐車場の出し入れ、混んだ道の進路変更、細く曲がった道のバック。

 

急な上り坂の発進、急な下り坂の雪道走行、霧で視界の悪い高速道路。

私はいつも緊張しながら運転をしていると言いました。

 

周りを見ると、若い人もお年寄りもスイスイ運転をしているように見えるけど

私はどうもクルマの運転が苦手だと言いました。

 

私がそんなことを話すと、彼は心配はいらない、そのうち自動運転の

時代が来るから大丈夫と言いました。

 

目的地を設定すれば、道路の状況をクルマが自動的に判断して、安全にかつ、

スムーズに運転してくれるようになると言いました。

 

私はそれを聞いて便利になると思う反面、自分でクルマをコントロールする運転の

楽しさもなくなると思いました。

 

彼はそんな悩みならいいですねと、私を小ばかにしたように言いました。

 

彼は自分の将来に不安を持ち、いつまで会社にいられるかわからないし、

どんな仕事をすれば上司に褒められるのかわからないと言いました。

 

人間関係もうまくいかず、精神的につらく、こころの病にかかりそうだし、

これからの人生、先行きが見えなく、とても不安だと言いました。

 

彼は、本気なのか冗談なのか、AI(人工知能)による、人生の自動運転の時代が

来ればいいのにと言いました。

 

自動運転で人生の目的地を決めれば、自動的に道案内をしてくれて、それに従って

行動すれば、他の人との摩擦もなく、すんなりそこに到着できる。

 

お金の心配もなく、こころの悩みもなくなり苦労のない人生が送れる。

彼は早くこんな時代がくればいいなと言いました。

 

私は誰がそんな道案内をしてくれるのかと聞きました。

彼はみんなが持っているスマホだと言いました。

 

朝起きれば、一日のスケジュールがスマホに送信されている。

それも世界中の情報をAIが集め、今日の最適な行動を助言してくれる。

 

それに従って行動すれば なんの迷いもなく心配もない。

 

なんなら、人生の目的もスマホに決めてもらってもいい。

自分が何をしたらいいのか悩んでいる人もいるから。

 

私は彼の人間味のない考え方に、ぞっとしました。

AIに頼らなければならないほど、相当人生に疲れているのだろうと思いました。

 

私は世の中がだんだん便利になっても、それが幸せなのかと思います。

便利さを求めることで、愛がどこかへ消えてしまうような気がします。

 

私は彼に、私の考え方を言いました。

 

世の中のすべてが愛によって自動的に運転される幸せな世界。

愛は多いところから少ないところへと自動的に移動する。

 

貧しい人は大きな愛を持って、豊かな人の貧しいこころを救う。

豊かな人は愛と交換に、貧しい人に富を与える。

 

すべての人が平等に愛と富を分けあう世界。

人のこころが愛と感動の共感で輝き、幸せをみんなで分けあう世界。

 

愛の自動運転ではどうかと言いました。

 

それを聞いて彼は、私のことを理解してくれたようです。

AIにはこんな人間味のある発想はできないということを気付いたようです。

 

これからの未来はAIに頼るのではなく、愛こそが私たちに幸せをもたらす

ではないかと思います

田舎者の私

 

私の仕事の休みの日は、お天気がよければいつもウォーキングをします。

私は、お天気がいい日に、じっと家にいるのが我慢できないのです。

 

私のこころが私の手を引き、早く早くと外へ導きます。

私が住んでいるところは緑に囲まれた、自然豊かな田舎です。

 

私は静かな自然の中を歩きながら、ここも都会と同じ日本、もし地形がよかったら

都会とおなじようにビルが建ち並んでいたかもしれないと思いました。

 

私は目の前の大自然を背景に、写真で見た、六本木ヒルズスカイツリー

建っているような場面をイメージしてみました。

 

あまりにも不自然で、静寂から喧騒へとうまくこころが切り替わりませんでした。

 

こんな発想は田舎者の私だからできるのであって、都会に住む人にはできない

かもしれませんね。

 

私は田舎に生まれた幸運を神に感謝しました。

都会が悪いと言っている訳ではありません。

 

ただ、私が生きていくのには田舎の方が合っているというだけのことです。

 

私は自分のペースでゆっくり歩くことができます。

都会の朝の駅のように、急いで歩かなければ、迷惑になるわけではありません。

 

私はたまに、出張で東京に行くことがありますが 、田舎と違ってホテルから外には

あまり出ないで、できるだけホテルにいるようにしています。

 

あの人混みの中を歩くのがいやなんです。

 

私が都内を移動するときは時間がかかっても、極力、私ののんびりした性格に合う、

各駅に停まる電車を利用します。

 

あの通勤ラッシュの激しさは、人のこころを鍛えるのでしょうか、戦闘モード

にならないと乗れません。

 

私が乗り換えのことで人に尋ねようとしても、たまたまかもしれませんが、

殺気立って先を急ぐ人たちの眼中に、私はありませんでした。

 

仕方なく人混みを避け、やっと見つけた駅員さんに聞きました。

私に親切な駅員さんは、まるで天使のようにやさしく感じました。

 

田舎者の私にとって、東京の人って、とても冷たく感じました。

おなじ人間なのに、血が通っていないのかと思いました。

 

それから時間が経って、お昼前に、空いた電車に乗った時、隣に人の良さそうな

お婆さんが座っていました。

 

お婆さんと言ってもさすが東京人、田舎のお婆さんと違って、こぎれいな格好で

上品に見えました。(ごめんなさい、田舎の人でもきれいな人はたくさんいますよ)

 

私は相手にしてもらえるのかどうか不安に思いながら、恐る恐る話かけてみました。

朝はあんなにラッシュなのに、この時間は電車が空いていますねと私は言いました。

 

すると彼女は、あなたは東京の人ではないんですねと言いました。

 

私が朝の駅のことを話すと、彼女は、朝の時間はみんな忙しくてほかの人には

かまっていられないのよと言いました。

 

東京の人だって、人情味のある人はたくさんいるとも言いました。

でもあの厳しさを知って大変だったでしょうとやさしく私に言いました。

 

私は東京にも、見ず知らずの私に、こんなにやさしく応えてくれる人はいるのだと

ほっとしました。

 

私が出張で田舎から上京したことを伝えると、田舎暮らしはいいですねと言いました。

 

それから彼女は私がどこから来たのか聞いてきたので、私の住んでいるところを

言いました。

 

すると彼女は驚きました。

 

実は彼女、私の住んでいるところからクルマで30分くらいの近くに生まれ住んで

いたのが、結婚して御主人とともに東京に移り、40年が過ぎたと言いました。

 

東京の人と思っていた彼女は、実は、私と同じ田舎で育っていたのでした。

それから数駅一緒に話しましたが、気をつけてねと言って彼女は駅で降りました。

 

どこに住んでいても、やさしい人はやさしいのがわかりました。

 

私は反省しました、東京の人が冷たいのではなく、その温かさを理解して

いない私の方が冷たかったようです。

 

私は愛されることを期待していたのかもしれません、愛とは与えるものです。

 

私は朝のラッシュを緩和するためにも、私はずっと田舎で暮らすことが東京の

人への愛だと思いました。

 

私はやっぱり田舎が大好きです。

愛を知らない少年

 

今回は、愛されることを知らないで、非行に走った男の子のお話です。

 

彼は共働きの両親の間に生まれました。

母親は専業主婦のように、時間をたっぷりかけて彼を養育できませんでした。

 

父親の給料は少なく、母親が働いてなんとか人並みに生活することができました。

 

両親はできるだけ早く彼を幼稚園か保育園に入れたいと思い、探しました。

 

近くの保育園では、0歳児から預かってくれるし、早朝から夕方まで預かってくれ、

給食までありました。

 

両親はそこの保育園に決め、彼は待機することもなく、0歳で保育園に入ることが

できたようです。

 

母親はあまり子供が好きではなく、ドライな人間でした。

彼女はフルタイムで働き、子供のことは保育園にまかせっきりでした。

 

本当なら、保育園と連携を取り、発達に応じた食べ物を与えたり、興味を持った

遊びをさせたりしながら、子供とのコミュニケーションをとらなければなりません。

 

大切なことは、身近な大人との絆が深まることで安心感をもって甘えることが

できるようになることです。

 

そうすることで親子との信頼感が生まれ、周囲のものに興味を持ち、

大人から離れての活動に挑戦し成長していきます。

 

しかし彼は、両親からの愛情をほとんど受けることなく身体だけは成長しました。

物心が付いたころ、彼の家庭は普通の家庭ではないことに気づきました。

 

彼が小学校に入った頃、いつも両親がケンカをして、腹いせに彼は父親から

暴力を振るわれました。

 

彼のこころは歪み、他の人とうまく関われなくなり、学校ではイジメられる

ようになりました。

 

学校が嫌いになっても家庭が逃げ場にはなりませんでした。

家にいると、両親からの理不尽な教育で、発散できないストレスが蓄積しました。

 

彼はこんな家庭に生まれた運命を嘆きました。

選べるならどんなに貧しくても、愛のある家庭に生まれたかったと思いました。

 

彼は、自分なんかどうなってもいい、自分をこころから愛している人なんか

どこにもいないと思うようになりました。

 

中学生になると、だんだん彼は不良グループと付き合うようになりました。

同じような境遇で育った人たちとは、両親とよりもこころが通じました。

 

彼は生まれて初めて、自分の気持ちを理解してくれる仲間だと思いました。

 

しかし仲間といっても、人を憎み、仕返しをしたいという思いの共有と

寂しさを紛らわせてくれるだけでした。

 

彼はこの仲間たちは、愛を持って結ばれた仲間とは思いませんでした。

辛い思いは共有できても、人を愛する気持ちは持ち合わせていなかったようです。

 

人を愛するという気持ちを理解できないことは悲しいことです。

 

不良グループは、人を暴力的にあるいは心理的に支配することで、無関心に

扱われた自分の存在を認めさせようとしました。

 

彼らは、人たちが自分たちの存在を恐れ、屈服することに快感を覚えました。

でもそれは一時のことで、彼のこころは満たされませんでした。

 

彼は本当は愛に飢えていたのでしたが、みんなは彼に無関心を装いました。

みんな彼とは関わりたくなかったのです。

 

彼は中学生としては体格がよく、身長が180センチ近くあり、がっちりタイプで

目つきが悪く、他の生徒は彼を怖がっていました。

 

ある時、彼は、中学校で彼の気に入らない先生の授業に、もうやめろと指図しました。

しかし、その先生は他の生徒の手前、やめることはなく授業を続けました。

 

すると彼は先生に近づき、いきなり先生の頬を殴り、先生は口を切ったのか

血が出ていました。

 

父親がいつも彼に対して暴力を振ったのと同じでした。

彼はそのように教育されてきたのです。

 

そしてその授業は、中断したまま終わりました。

彼は次の日から学校に来なくなり、少年院に収容されました。

 

彼は生まれた時はほかの子と同じように純真なこころを持っていたのですが、

愛のない家庭で育ったため、このような凶暴な性格になってしまいました。

 

その後社会人となった彼ですが、噂によると、気に入らない上司には

今でも暴力を振って首になり、転々と職場を変えているようです。

 

あなたにとって両親はどんな存在でしょうか、誰よりもあなたを愛している

はずです、そうでなければ、絶対子供を産んではいけないのです。

 

日本では少子化が問題になっていますが、子供のこころを大切にしないで

子供の数をただ増やすだけでは不幸が増えるような気がします

ダイヤの指輪とおでん

 

今回は、私の今年の初夢をもとに、ドラマチックに書いてみました。

 

        とても美しい女性のお話し

 

彼女は子供の頃から目鼻立ちがはっきりしていて、ハーフのような感じでした。

成長するにつれて、小顔でバランスの取れた美人になりました。

 

歯並びも良く、白い歯ときれいな肌は、清潔感を感じさせます。

その上、スタイルも抜群で、非の打ちどころがありませんでした。

 

大勢が集まる女性の会合では、彼女はひと際目立ち、輝いて見えました。

周りの女性は彼女を見て、誰もがその美しさを羨ましがりました。

 

彼女は生まれながらのその美しさに優越感を持ち、鏡を見てはそこに映った

自分の美しさに酔いしれました。

 

彼女は自分の美しさをさらにグレードアップするために、美容クリニックや

エステサロンに通い、ブランドの洋服やバッグ、アクセサリーで着飾りました。

 

ところが彼女は美しさに磨きがかかることにより、人のこころが離れていくのに

気付きました。

 

多くの女性は、うわべでは彼女の美しさを褒めますが、その裏には彼女に嫉妬する

こころがありました。

 

また多くの男性は、彼女の品位ただよう洗練された美しさに緊張して口ごもり、

気楽に話をしてくれませんでした。

 

彼女はだんだん孤独を感じるようになりました。

 

ある日の夕方、彼女は公園のベンチで我が身の寂しさをひとり思い詰めていました。

するとそこへ、現場監督ふうの作業員が近づいてきました。

 

彼はまさしく現場監督で、近くの工事現場から仕事を終えて帰る途中でした。

 

彼は若いころから土木の工事現場で働き、たくさんの苦労をし、多くの人の気持ちを

理解することで人間味があり、信頼され、今では現場監督を任されていました。

 

彼は彼女があまりにも深刻そうな様子で考え事をしていたので、心配になって

声をかけました。

 

汚れた作業着に品のなさそうな彼を見て彼女は驚き、何かをされるのではないかと

恐怖心を抱きました。

 

彼女のこわばった顔を見て、彼は、これではいけないと思いました。

 

彼女の警戒心を解くために、まず彼は、自分がどんな人間で、何をしているのか

なぜここにいるのか、なるべく彼女の目を見ないで、穏やかに話しました。

 

彼は彼女が話を始めようとする雰囲気づくりに長けていました。

 

人の気持ちを理解している彼は、どんな人とも打ち解ける自信を持っていました。

彼の言葉は着飾ったこころではなく、裸のこころで親友のように彼女に伝わりました。

 

彼の優しい言葉と態度は彼女の警戒心を解きました。

彼女のこころは彼の懐の広さと深さに導かれ、思いが言葉となって溢れ出ました。

 

そのとき彼女は、なぜか彼と話をしていると、これは運命的な出会いのように

感じました。

 

暗くなったので話の続きは、この近くにおいしいおでん屋があるから、一緒に

そこに行って食べながらしようと彼は言いました。

 

彼女はおでん屋のような大衆食堂に行ったことはありませんでした。

意気投合した彼女は、誘われるままに彼と一緒に、おでん屋の暖簾をくぐりました。

 

おでん屋の大将は、彼の連れてきた彼女を見て、店を間違えたのではないかと

不思議に思いました。

 

彼女はいつも行くおしゃれなレストランとは違って、違和感がありましたが

家庭的な雰囲気がありすぐに慣れ、こころの安らぎを感じるようになりました。

 

彼はおでんを注文し、彼女に、ここの大根はおいしいから食べてみなさいと

勧めました。

 

彼女がアツアツでよく味の染みたとろけるように柔らかい大根を食べた時、

彼は、この大根は人生そのものなんだよと言いました。

 

この大根には人生のように、甘み・塩味・苦み・酸味・旨味がすべて入っていて

その熱さと柔らかさで、こころが温まり、それを食べる人は幸せを感じる。

 

この大根は見かけはよくないけど、とても味わい深いのです。

あなたの指にはめているダイヤの指輪に幸せを感じますかと彼は言いました。

 

話していて、彼の人情味のある言葉はどれも彼女のこころに突き刺さりました。

彼女は生まれながらに美しかったのは、実は、不幸だったのでした。

 

彼女は表面的な美しさより、人の気持ちが通う、こころの美しさのほうが

大切だということをこのときつくづく感じました。

 

数年後の今では、彼女は下町の人情味のあるおばちゃんであり、(実は彼とは

私のことで)私の妻としてこころを大切にして生きています。

 

今年はとてもいい初夢を見ることができて幸せです

人生の賞味期限

 

私はお休みの日には妻とよくスーパーに買い物に行きます。

広い食品売り場には、数えきれないほど多くの種類の商品が並んでいます。

 

出来立てのアツアツの天ぷらから日持ちする缶詰まで、様々な商品があります。

 

食品にはそれぞれ賞味期限があり、その期限が近づくと値引きされ、

売れ残れば廃棄処分されるようです。

 

人生にも賞味期限があるような気がします。

 

アツアツの天ぷらのように、熱いこころで人生を楽しんでいる人もいれば、

 

現状に満足し、生きていることの素晴らしさを忘れ、日持ちする缶詰のように

だらだらと日々を過ごしている人もいます。

 

前者の目は生き生きと輝き、後者の目は死んだように輝きを失っています。

これは年齢には関係ありません。

 

お年寄りでも、何事にも常に興味を持ち、新しい発見をすることで感動する人は、

生き生きとしています。

 

若い人でも、苦労することを嫌い、新しいことに挑戦しないで、先行きに不安を

感じている人は辛そうです。

 

話しは変わりますが、私の会社の他の部署に、20代後半の女子社員がいました。

 

彼女は独身ですが、そろそろ、独身女性としての賞味期限が近づいていると

思っていたようです。

 

彼女は顔もスタイルも、ほかの人と比べて見劣りするようには思えませんでした。

しかし、彼女は今まで何度も恋愛をしましたが、すべて片思いに終わったようです。

 

ある日のお昼休憩の時です、たまたま、食堂で隣に座った彼女と私は世間話を

していましたが、だんだん話が恋愛の話に発展しました。

 

彼女は私に恋愛をしたことがあるかと聞きました。

突然の質問に私は驚きました、恋愛をしたのはもう何十年も前のことです。

 

私は彼女に、ずいぶん昔に恋愛はしたことはあると言いました。

すると彼女は、その時どんな気持ちだったのかと私に聞きました。

 

私は彼女のする事なす事すべてが素晴らしく見え、彼女の姿はまるで

女神のような気がして、楽しさと切なさの繰り返しだったと答えました。

 

そして愛する彼女のためなら、たとえ命をなくしても惜しくはないと

思っていたと言いました。

 

彼女は映画で見るような大恋愛を頭に描いたようで、私もそんな恋愛をして

みたいと羨ましがりました。

 

私は彼女に、どうしてあなたは男性に好かれないのかと聞きました。

 

彼女は男性の容姿ではなく、人間的に素晴らしい男性を好きになるようでした。

人の気持ちを考えて行動をする、優しいタイプが好みのようでした。

 

積極的な彼女は、好きになった男性には、徹底的に愛を示し、仕事のお手伝いも

周囲の状況を構わず、その男性を優先したようです。

 

彼女は自分の気持ちを伝えるために、がむしゃらに彼を陰から支えました。

 

時には、彼に、手作りのお菓子や手編みのマフラーを贈り、愛を伝えようと

しましたが、それでも結局、愛は伝わることはありませんでした。

 

彼女は、こんなに尽くしても愛されない私は、女性として魅力がないのでしょうか、

きっと私はこれからもひとりで寂しく生きていくのねと悲しそうに言いました。

 

私はそれを聞いて、気落ちした彼女に言いました。

あなたは彼のことばかり考え、周りの人の気持ちを疎かにしてきましたね。

 

これからは、あなたが彼に注いだ愛情を周りのすべての人に注ぎなさい。

それも見返りを求めてはいけません、無償の愛です。

 

その愛は涙を誘い、感動はこころの震えとなって相手に伝わります。

 

やさしいあなたの気持ちは、水面の波紋のように広がっていきます。

そうすればあなたは結婚を焦ることはありません。

 

そのうちきっと、あなたのやさしさを理解してくれる人が現れるでしょう。

愛と感動はあなたの人生の賞味期限を永くすることができるはずです。

 

私は愛と感動の大切さを、強く彼女に伝えました。

 

私の言ったことを素直に聞いてくれた彼女は、すべての人をやさしく愛しました。

次第に彼女は、以前とは違って、見違えるほど輝いてきました。

 

その輝きを見た彼女の理想のタイプの男性は、彼女を見逃しませんでした。

 

そしてふたりは、映画のような大恋愛にはなりませんでしたが、今では、

誰もがうらやむおしどり夫婦になっています。

 

愛と感動は、人生の賞味期限を永く保つ、捨ててはならない宝物なんですね。

クマの親子の会話

 

私はツキノワグマの母です、息子と一緒に食べ物を求めて人里まで降りて

来ました。

 

私たちは、冬眠を前にして、ブナやどんぐりの実などの植物を主に食べますが

山が荒廃すると人里近くに降りてきます。

 

私たちは本当は臆病な性格で、人間の気配を感じれば逃げていくのが普通なんです。

 

ところが、視界の悪いところでばったり出会ってしまったり、大切な子供を

守ろうとして、人間に危害を与えることもあります。

 

食べ物の匂いに敏感で、食べ残しの匂いを嗅ぎつけて近寄ってくることもあります。

 

これから親子グマの会話が始まります。

 

西の空に沈みつつある夕陽を見ながら、母グマは子グマに言いました。

「もう少し我慢してね、日が暮れて夜になったらごちそうが食べられるから。」

 

子グマは言いました。

「人間ってひどいんだね、僕たちの住んでいるところを荒らしたせいで

僕たちはこんなところまで降りてこなければならないんだね。」

 

母グマ「でも人間の世界って素晴らしいのよ、食品工場やお店やお家のゴミ箱を

見てごらん、まだ食べられるものがたくさん捨ててあるから。」

 

子グマ「きっと僕たちのために、捨てているんだね。」

 

母グマ「私たちが食べていけるのは人間のお陰よ。お礼にテディベアと

くまモンのぬいぐるみをあげようかしら。」

 

 

子グマ「このところ、温室効果ガスの増加によって、地球の温度が高くなって

いると聞いたけど、大丈夫かな。」

 

母グマ「私たちは寒くなると周りに食べ物が少なくなるので、冬の間は冬眠して

いたけど、温暖化のおかげで、1年中眠らないで楽しく暮らせるかもしれないわ。」

 

子グマ「冬が暖かくなれば、バナナやパイナップルのような南国で作られる

おいしいフルーツも食べられるかもしれないね。」

 

母グマ「そうだね、私たちは人間のおかげで美味しいものが食べられるように

なるかもしれないわ。」

 

 

子グマ「人間の世界にはスマホという便利なものがあって、それがあれば何でも

できるそうだね。」

 

母グマ「そうなのよ、それは世界中の情報が瞬時に集められる便利なもので

知りたいことは何でも教えてくれるの。」

 

子グマ「それで人はみんな、いつでも、どこでも、スマホを見ているんだね。」

 

母グマ「だけど残念ながら、スマホは自分自身のことは教えてはくれないのよ。

だから人間は自分を見失って悩んでいるの。」

 

 

子グマ「人間の世界にはお金というものがあって、お金持ちのところにばかり

お金が集まり、貧しい人はいつまでも貧しいと聞いたけど。」

 

母グマ「私たちのように食べるだけで精いっぱいのクマでも、貧しい人との

共感が生まれ、人間と仲良くなれるような気がするわ。」

 

子グマ「でも、お金って何でも買えるし、ほしくないの?」

 

母グマ「人間の世界って、お金があるからその奪い合いで、不幸せになるような

気がするわ。私は、人間世界では、お金ではなく、愛の方が大切だと思うの。

 

クマの世界にはお金がないからあなたに大きな愛を注げるのよ。

 

だから私は、あなたに危害を与える外敵に対しては、臆病さを忘れて

命がけで戦うのよ。」

 

 

子グマ「人間には欲というものがあって、僕にはよく理解できない。」

 

母グマ「あなたがお腹がすいた時、何か食べたいと思うのが欲よ。」

 

子グマ「人間は食べるものが十分あるから、もう、欲なんてないんじゃないの。」

 

母グマ「人間の欲望には食欲、財欲、色欲、名誉欲、睡眠欲などたくさんあり、

 

その欲望にはキリがないのよ。人間は海も空も陸もすべて自分たちのものに

しようとしているようなの。」

 

子グマ「だからこの地球の環境がだんだん悪くなってきたんだね。」

 

母グマ「だから神様は天罰として、地震や台風、集中豪雨などで反省を促して

いるのに、まったく反省しない。だから今回、コロナで大きな罰を与えたのよ。」

 

子グマ「ワクチンを打っても打っても、コロナは収まらないようだけど、人間も

僕たちのように冬の間、一人残らず同時に冬眠すれば、コロナは収束するのにね。」

 

母グマ「ダメよ、人間が反省するまでは、ずっとコロナは収束してはいけないのよ。

そうでないとこの地球は破滅してしまうかもしれないわ。」

 

どうやらこのクマの親子、もしかすると、人間よりも賢いのかも知れません

人生の楽しみ方

 

今回は、私のブログ友達のお話です。

 

彼女は人生の目標もなく、楽しみもなく、ただ眠るのが大好きな、

夢のない面白味のない人間でした。

 

彼女は時間をかけて熱中することもなく、十分すぎる睡眠をとるのが習慣です。

彼女はまるで死んだようにぐっすり眠っています。

 

眠っている彼女は、まるで何の心配事もないように穏やかに眠っています。

彼女はいつまでもこのまま眠っていたいのでしょう。

 

しかし必ず夜が明け、朝がやってきます。

 

寒い朝、1秒でも長く布団の中にいたいのと、仕事に行くための準備との

こころの戦いが始まります。

 

彼女は観念して、一気に起き上がり、朝の支度が始まります。

トイレ、洗顔、朝食、お化粧、洋服選びと朝のあわただしい時間が過ぎます。

 

そして憂鬱な気分で家を出て会社に向かいます。

彼女は携帯電話会社のコールセンターでオペレーターの仕事をしています。

 

彼女はコールセンター業務は体力的に楽で、資格がなくても給料がいいと聞いて

ここで働くようになりました。

 

入社すると研修が10日あり、その間に仕事を覚えるので初心者でも大丈夫でした。

しかしながらこの仕事、クレームが実に多いのです。

 

それは彼女の責任ではなく、携帯電話会社の説明不足などによるクレームです。

まじめな彼女は、お客に真摯な対応すればするほどこころが痛みました。

 

先輩は、相手がどこの誰だかわからないし、直接会うのではないので、気楽に

やりなさいと言いますが、彼女のこころはそんなに器用ではありませんでした。

 

だんだんこころの傷が広がり、深くなり、彼女は会社をよく休むようになりました。

彼女はひとりで自分のこころの苦しみを抱え、悩みました。

 

相談する人もいないし、誰も彼女を救ってくれる人もいませんでした。

 

身体の傷は回復を願う期待の気持ち、こころの傷は深みにはまる絶望の気持ち。

身体の傷は治って楽になりたいと思うが、こころの傷は死んで楽になりたい。

 

彼女はこんなふうに考えるようになりました。

 

まじめな性格の彼女は、仕事をやめたいが、それでは、人生の落伍者になって

しまうと思いました。

 

死んでしまいたいがそんな勇気はありませんでした。

生きていくのも辛い、死ぬのも怖い、彼女はこれからの人生にとても悩みました。

 

そんなとき彼女はブログの存在に気づき、とにかく自分の辛くて苦しい思いを

書いて、誰かのこころに伝えたいと思いました。

 

彼女は自分の今の気持ちをブログに書くことで、少しは気持ちが楽になった

ような気がしました。

 

ブログの中には人には言えない彼女のこころの中の真実が書かれていました。

 

これを読んだ人たちにこころが伝わり、その共感が彼女にコメントで返ってきました。

彼女は多くの人から勇気と愛情をもらいました。

 

ブログを続けていると、この広い世界には、彼女と同じような悩みを持っている

人がたくさんいるのがわかりました。

 

今まで一人で悩んでいたのが、たくさんの仲間が読者となって、彼女をしっかり

応援してくれるようになりました。

 

ブログの世界にはこころの優しい人がたくさんいるんですね。

彼女は仕事に戻り、その苦しみを乗り越え頑張るようになりました。

 

それから彼女は、読者になってくれた人のブログを読みました。

そこには多くの人生が語ってあり、素晴らしい生き方が書かれていました。

 

彼女の人生はブログによって、自分の将来への道筋を教えてもらい、

人生の楽しみ方を知ったようです。

 

彼女は絶望の世界から希望の世界へと見事に方向転換することができました。

 

ブログって、生きたこころの教科書なんですね。

胃袋の声

 

私は疲れて弱った胃袋です。

私のご主人様は会社で働く中年のサラリーマンです。

 

私はご主人様のために、毎日食べた物をうねり、かき混ぜ消化します。

ご主人様は忙しいのか、いつも朝食抜きで仕事に出かけます。

 

昨夜も夜遅くまで仕事をして、睡眠時間が十分取れなかったのでしょうね。

寝起きの状態では食欲も湧かないのでしょう。

 

私はぺっちゃんこになって、ご主人様の朝食を受け入れる準備をして

待っているのに、悲しく思います。

 

私は時々意地悪をします、大勢が集まる静かな会場で、お腹がすいたと

大きな声でグーグー、グルグルと叫びます。

 

静寂の中で、お腹の音を周りの人たちに聞かれ、恥ずかしそうにする彼を見ると、

私はとても楽しく感じます。

 

ご主人様は会社では中間管理職として、家族の生活を守るために頑張って

働いています。

 

立場は管理職ですが、とてもつらい思いで仕事をしています。

 

上司からは理不尽な要求があり、それを部下に伝えると、「そんなことやっても

無駄ですよ」とそっぽを向かれます。

 

それを上司に伝えると「それをちゃんとやらせるのが君の仕事だ」と怒られます。

 

仕方なくご主人様は自分でその仕事をすることになり、仕事が増える一方です。

ご主人様は自分の仕事ぶりを棚に上げて、上司と部下を恨んでいます。

 

そんなことをしているせいなのか、ストレスがたまり、私の中には胃酸がたくさん

出てくるような気がします。

 

私のご主人様の仕事ぶりには困ったものです、そんなとき私は、わざと意地悪を

して、胃酸をご主人様の喉まで逆流させて、その酸っぱさで目を覚ませます。

 

それでもだめなら、私は胃下垂になって、彼の降格人事を願います。

 

ご主人様はそのほかにも生きていくには、とても辛いことが山ほどあるようで、

胃薬を飲んでは私の痛みをやわらげています。

 

そんなご主人様ですが、お正月には仕事を忘れ、ゆったりと過ごします。

年末には奥さんとショッピングセンターにお正月の買い物に行きます。

 

食品売り場には、お正月用の食品が溢れかえっています。

 

お魚コーナーではお刺身の盛り合わせ、頭付きの大きなエビ、身の詰まった

冷凍のカニカズノコ、大粒のカキ。

 

お肉のコーナーでは霜降り牛肉のすき焼き用、焼肉用のお肉の盛り合わせ。

お惣菜コーナーではお寿司の盛り合わせにオードブル。

 

そのほか、松竹梅のかまぼこセット、つくだ煮のセット、年越しそばと天ぷらなど。

お店の品揃えは彼に、お正月は胃もたれするほど食べるものだと言わんばかりでした。

 

彼はどれを見てもおいしそうに感じ、すべてを食べようと私を誘惑しました。

そしてそれを満たすために、私に胃拡張になれと命令しました。

 

コロナの影響で、お正月に、私の家に親戚が集まるのは2年ぶりでした。

彼は2年分のおもてなしのために、たくさんごちそうを準備しました。

 

彼は集まったみんなと、朝から晩まで飲んで食べて、まるで私の身体は

朝の通勤ラッシュのようにすし詰め状態でした。

 

いつまでも食べ続けるので、私は大腸さんにお願いをして、これ以上食べられない

ようにと、食べたものの先送り運動をストップしてもらいました。

 

お正月休みが終わり、親戚が帰った後には、食べきれなかったごちそうが

山ほど残りました。

 

もったいないことに賞味期限が切れ、彼は、せっかくのごちそうを廃棄処分しました。

 

この地球には、満たされない胃袋を持つ子供がたくさんいます、彼は一体

何を考えているのでしょうか。

 

私は怒りで身体が震え、胃けいれんを起こし、衰弱してしまいました。

 

食べ過ぎで私を痛めつけた彼は、また、胃薬のお世話になりました。

彼は薬を飲んで、私を精神的にも肉体的にもいじめ続けるのです。

 

このままでは、いずれ、私は胃潰瘍胃がんになってもおかしくはありません。

 

私は彼に伝えたいことがあります。

 

私を治す特効薬は胃薬ではなく、人を愛することと、食べ物を愛することだと。

 

はしっかり、食道さんと小腸さんと大腸さんを愛しているんです

トイレの清掃員

 

今回は老人ホームで働く女性で、トイレの清掃員のお話です。

彼女は以前、スーパーの総菜部門で働いていました。

 

彼女の働くスーパーは、総菜部門には力を入れていて、たくさんの種類の

お弁当やお寿司や、揚げ物・煮物が品揃えされているようでした。

 

そのため、総菜の作業場には多くの女性が働いていたようです。

 

朝の開店時間までに少しでも多く作るために、戦場のように殺気立った

雰囲気の作業場の中で、彼女は人間関係の難しさに悩んでいました。

 

結局彼女は、人間関係のトラブルに巻き込まれ、こころを傷めてそこを辞めました。

彼女は次の仕事を探すために、ハローワークに行って、求人情報を見ました。

 

彼女はその中で、老人ホームのシーツ交換の仕事を見つけました。

早速彼女は、履歴書を持ってその老人ホームに行き面接を受け、採用されました。

 

仕事を始めて知ったのですが、シーツ交換が終わるとトイレ掃除がありました。

 

彼女はここの仕事がシーツ交換とお部屋の掃除と聞いていたので、まさかトイレの

掃除までするとは思っていませんでした。

 

先輩の従業員にトイレの掃除の仕方を教えられました。

彼女は自分の家でもトイレ掃除はしますが、少人数のためそんなには汚れません。

 

でもここは、多くの人が使うので、家とは比べ物にならないほど汚れがひどいのです。

その施設にはたくさんトイレがありました。

 

1日に数か所のトイレの掃除をするのは大変でした。

いつまでも、その臭いと汚れが身体に染みついているような気がしました。

 

最初の頃は、トイレ掃除の直後の昼食はなかなか食が進みませんでした。

彼女はこんな仕事を始めたことに後悔しました。

 

ハローワークには数多くの仕事がありましたが、よりによってこんな仕事を

選んだ自分を責めました。

 

彼女は恥ずかしくて、絶対に、この仕事をしていることを知り合いには

知られたくないと思いました。

 

彼女は最初の給料をもらったら、ここをやめようとこころに決めました。

 

トイレの掃除はすぐに慣れましたが、一緒に働く介護職員の仕事を見て、

彼女はその仕事の違いに落ち込んだようです。

 

介護職員は、お年寄りに喜んでもらえる、肌と肌が触れ合う温かい仕事、

一方、彼女はひとりぼっちで、冷たい便器を相手に、汚れをごしごし取る仕事。

 

彼女はだんだん介護職員の仕事が羨ましくなりました。

 

トイレ掃除の合間に、介護職員の仕事を見ていると、私だったら、こうしたら

もっとお年寄りが喜ぶのではないかと思うようになりました。

 

彼女は仕事に慣れてくるにつれて、お年寄りにできるだけ、一声かけるように

しました。

 

声をかけられたお年寄りのほとんどは喜んでくれました。

 

毎日の一言の積み重ねで、彼女は一人ひとりのお年寄りの気持ちがそれぞれ

わかるようになりました。

 

お年寄りとのこころの繋がりが、1か月で辞めるつもりだった彼女を引き止めました。

彼女はお年寄りの気持ちを理解し、悲しみや辛さを聞いて共感しました。

 

だんだんお年寄りと彼女との間には信頼感が生まれました。

そして彼女が老人ホームで働き始めて5年が過ぎました。

 

その間に、仕事がつらいのか多くの介護職員が辞め、新しい職員にかわり、

今では彼女はその施設では古株になりました。

 

お年寄りの性格や生活習慣を熟知している彼女は、新しく入った職員に、

陰ながら、人の気持ちを理解することの大切さを助言するようになりました。

 

職員は介護の技術についてはよく知っていますが、お年寄りのこころに

ついてはわからないことが多いので、よく彼女に相談するようになりました。

 

そんな頃、人事異動で別の施設から男性の職員がやってきました。

彼は仕事が早いのですが、お年寄りの気持ちより、仕事の効率を優先しました。

 

食事の時間になるとみんなが食堂に集まりますが、自力で車いす

操作するお年寄りもいました。

 

そんなお年寄りに対して、もっと急げと強い口調で言いました。

でも、身体が不自由な人は思うように早く動けません。

 

彼女はそれを見て彼に、もっとやさしくするように言いました。

すると彼は「トイレの清掃員のくせに生意気なことを言うな」と言いました。

 

彼女はその言葉に怒りを抑えきれませんでした。

 

彼女は思いきり力を込めて「私は同じ人間として、お年寄りがかわいそうだから

言っているのです、あなたには人を愛する気持ちはないのですか」と強く言いました。

 

彼はその迫力に驚き、何も言いませんでした、彼にも少しは良心があったようです。

それから彼は反省したのか、みんなにやさしくなりました。

 

彼女は最初の頃、トイレ掃除なんて嫌だと思っていましたが、今では、

どんな仕事でも、こころが繋がれば素晴らしいと思っているようです。

 

彼女はこれからも、トイレの掃除を誇りを持って続けるつもりだそうです。

こころの運転

 

先日、私の友人がドライブに行こうと私を誘いました。

 

彼は新車を買ったばかりで、その乗りごごちの良さを私にも知ってほしいようでした。

それから彼は、彼の仕事が休みの日の朝、私を迎えに私の家に来ました。

 

私はクルマのことはあまり詳しくはないのですが、高級車なのが一目でわかりました。

私はいつも軽自動車で通勤しているので、乗せてもらえるのが楽しみでした。

 

ゆったりした車内空間は、軽自動車とはまったく別世界でした。

静かなエンジン音に滑らかな走り、私を包み込んでくれるソファーのようなシート。

 

私はそのとき、お金で買える幸せって、こんなことを言うのかと錯覚しそうでした。

私は彼が運転するクルマに乗るのは、そのときが初めてでした。

 

彼は私より10歳ほど年下で独身です。

家族がいないので私を誘ってくれたようです。

 

彼は、コンピュータ関係の仕事をしていてたくさん給料をもらっている

クルマが趣味の、気の弱いまじめな人間です。

 

彼はとてもおとなしく、上司に逆らうこともなく、無理なことを言われても

黙って仕事をやり遂げるタイプです。

 

普段は仕事が忙しくて時間に追われ、いつもイライラしていましたが、

仕事の休みの日のドライブが、彼にとって最高の楽しみのようでした。

 

しばらくは、彼の運転するクルマで私はルンルン気分でしたが、次第に、

彼の運転が気になってきました。

 

前を走る軽自動車がゆっくり走るので、ぴったりと後ろに接近し、「バカヤロー

のろのろ走るな」と思わぬ発言をしました。

 

いつもの彼ならこんなことは言いません。

 

見通しのいい真っすぐの道だったので、反対車線に飛び出し、そのクルマを

一気に追い抜きました。

 

私はもっとゆっくり走ってもいいんだよと言いました。

その後、交差点で右折のために信号待ちをしていました。

 

信号が黄色になり、赤に変わったとき、直進の対向車がスピードを出していたせいか、停止するタイミングを逸し、そのまま交差点に入って通り抜けようとしました。

 

そのとき彼は、そのクルマに向かってほんの少しだけ対向車に向かって前進しました。

 

その瞬間、衝突するかも知れないと思った対向車のドライバーの慌てた表情が

見えました。

 

私はどうしたのかと聞くと、彼は「信号無視をすると危ないから気をつけなさいと

相手に警告の意味でそうしたんだ」と、にやっと笑って言いました。

 

私は彼の行動に驚きました、いつもとは別人のようでした。

 

私は彼に、いつもの君と違ってどうしてそんな運転をするのかと聞くと、

外の世界とクルマの中は、運転中、別次元に感じると言いました。

 

私が現実の世界から逃避して、ブログの中で思いきりこころの中を

暴露しているのと同じように感じました。

 

彼は私に、このクルマに乗っていると優越感があり、気持ちが大きくなり

強い人間になったような気になると言いました。

 

それを聞いて、私が1年近くブログを書き続けられるのは、読者のみなさまのお陰

なのに、それを忘れてしまう私の愚かさを反省しなければならないと思いました。

 

また、彼は言いました、自分の仕事はいつもストレスを感じるので

 

つい、クルマの運転をするときは、それを解消しようと思い、運転が荒く

なると言いました。

 

私も現実の世界で辛いことや苦しいと思うとき、その気持ちがブログの中に

表れることがあるので気をつけなければと思いました。

 

また彼は、クルマで走っていると外からは彼が誰だかわかりにくいので

 

クルマの運転をしていると、自分の本当の性格が出てしまうのかも

知れないと言いました。

 

私もブログを書くとき、私が誰なのか正体がわからないので、つい、本性が

出てしまう恥ずかしさを感じました。

 

そんな彼ですが、右折左折のとき、横断歩道を渡っている歩行者にはとても

優しいのです。

 

歩行者から離れて停止し、完全に渡りきるまで待って、ゆっくり横切りました。

私は安心しました、彼は本当はやさしい人間だったのです。

 

私がブログを書くときは、こころの運転をし、自分勝手ではなく、読者のみなさまに

やさしく、楽しく読んでもらわなければならないと思いました。

 

人のふりを見て我がふりを直せとはこんなことを言うのですね。

 

人生、勉強することはまだまだたくさんありますね。

 

私はみなさまのブログをたくさん読んで、今年も勉強させていただきたいと

思いますのでよろしくお願いします。

今年の目標

新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

多くの人は、お正月には今年の抱負として、何かを決めてそれが実現するように

こころに誓うことでしょう。

 

私のようなダメ人間でも、いつも新年の目標を立てています。

 

しかし、思うようにはならず、1月の終わり頃にはそれはなかったことになります。

私は毎年、それの繰り返しです。

 

だったら、最初から目標なんか立てなければいいのでしょうが、お正月気分が

私のこころを後押しします。

 

いつも挫折するので、これではいけないと、私は、新年の目標の立て方の本を

読みました。

 

そこには、具体的な実施方法、測定可能な数値、達成可能なこと、達成時期

などを決めて目標を立てなさいと書いてありました。

 

私はこれを読んで、確かに、新年の目標が挫折しないかもしれませんが

私には無理だと思いました。

 

お正月に家族団らんでお酒を飲みながら、無計画で、できもしないことを

夢見ながら、こうできたらいいなと目標を立てているからです。

 

それは目標というより願望かも知れません。

 

それもあまり努力もしない願望なので、叶うはずがありません。

桜の咲くころには、今年目標を立てたことも忘れています。

 

しかし、新年を迎えて目標を立てようという気持ちは、きっとこころが

もっとしっかりと生きなさいと警告しているのかもしれませんね。

 

こころを入れ替えると言われますが、これは新年がチャンスかもしれませんね。

 

私は新年の初出勤のとき、新年の挨拶をするときは気が引き締まりますが

翌日には、もう、いつものような気持ちに戻ります。

 

私はこころの警告をいつも無視してしまう愚かな人間です。

 

私は新年の目標を立てたのをきっかけに、その年、大きく飛躍した人を

あまり知りません。

 

私の友人も、今年はダイエットするぞと言っていましたが、いつの間にか

食べ放題・飲み放題の居酒屋に行っていました。

 

私が思うには、真剣に人生の目標を立てている人は、お正月ではなく

常日頃から計画を立てて実行していると思います。

 

誰にでもやさしく、すべての人を愛するこころの持ち主は、人に尽くすために、

まるで息をするように、自然と計画を立てているのかもしれませんね。

 

私はそれができないから、反省の意味を込めて新年の目標を立てます。

昨年の目標が何だったのかも覚えてもいませんが。

 

私は今晩、夢を酒の肴にして賞味期限1か月の今年の目標を立てたいと思います。

 

私はきっと、今年もダメ人間のままでしょうね。

大人のいじめ

 

私の上司に、とても仕事に厳しい人がいました。

やる気のない人に対しては厳しく叱りました。

 

仕事の手を抜いてミスをしたら怒鳴ってきました。

 

部下はみんなその上司を恐れ、いつもその上司の顔色をうかがいながら

仕事をしていました。

 

叱られる部下は事務所に呼ばれ、事務所にいる人達は、また叱られている、

かわいそうにと同情していました。

 

私は子供の頃、とても貧しい家庭に育ち、お金がなくても愛があれば

幸せは自分のまわりにたくさんあると思っていました。

 

私は仕事だけではなく家庭も大切にし、自分の時間をたくさん持つことで

自分らしく生きたいというのが私の考え方です。

 

なので出世欲もなく、みんなで楽しく仕事をしていました。

仕事第一と考える上司と、私のような考え方は水と油のような関係でした。

 

そのうち、その怒りの対象がだんだん私に集中してきました。

 

上司は私の働きぶりが気に入らないようで、事務所に呼ぶだけではなく

現場でも厳しく注意するようになりました。

 

噂によると、以前彼の元で働いていた部下で、彼の厳しい指導でうつ病にかかり、

長期間休職していた人もいるようです。

 

私もだんだん仕事に行くのが憂鬱になってきました。

 

上司の顔を見るとそれだけで叱られるシーンが頭に浮かび、その後、それが

現実となって私は彼に厳しく注意を受けました。

 

私はいつもおどおどしながら、暗い気持ちで仕事をするようになりました。

 

しばらく上司が何も言わないので安心していると、私は事務所に呼ばれ、

彼はメモ用紙をポケットから取り出しました。

 

1週間分の働きぶりをチェックしていたようで、それを見ながら私の至らない

点を指摘し、一つひとつ私を責めました。

 

さすがにこれには私は頭に来ました。

手に持っていたボールペンが折れんばかり、力いっぱい握りしめました。

 

上司に逆らうことはできないのでそうやって我慢しました。

私は学校だけではなく、社会でも大人のいじめがあるんだなと思いました。

 

ではその彼がとても立派な上司かというと、そうではありませんでした。

 

時どき支店にくる営業部長に対しては手のひらを返したように、

満面の笑みでぺこぺこしながらご機嫌をとっていました。

 

おなじ人間なのに、相手によって全く態度が違いました。

 

ある時いつものように私は事務所に呼ばれ、叱られていました。

そのとき上司は、私の生き方についても批判しました。

 

私の生き方まで否定されて、私は我慢できなくなりました。

 

私は彼に、誰もいない別室で、ふたりきりで話をしたいと言いました。

場所を変え、私は彼にいつものように受け身ではなく、強い口調で言いました。

 

真剣勝負でした。

 

私はこんなに苦しむのなら、あなたを殺してしまいたいと言いました。

でも、あなたも私も同じ人間、命の価値には違いがありません。

 

あなたを生んでくれたお母さんの気持ちを考えるとやり切れません。

あなたが殺されるなら代りに自分を殺してくれと言うかもしれません。

 

同じ人間として耐え難い決断ですと言いました。 

 

彼は黙って下を向いたままでした。

 

そして今のは噓です、人は愛されることよりも愛することの方が大切です、

私はあなたを愛することで幸せをつかみたいと言いました。

 

これが私の本当の生き方ですと彼に言いました。

 

彼は黙ったまま、私を置いて部屋から出ていきました。

私は彼の寂しそうな後ろ姿を見届けました。

 

私の気持ちが彼に届いたのでしょうか、それから彼はやさしくなりました。

 

後からわかったのですが、彼も若い頃、上司にいじめられ、私と同じような

気持ちで苦しんでいたようです。

 

私は愛によって、いじめの連鎖を断ち切ることができました。

私はそのとき、人を愛することの大切さを実感することができました。

 

私は、人のこころが傷んだ時には、愛こそが人を救うのだと改めて感じました。

面接官と無責任な私

 

みなさん、面接と聞いてどんなふうに思いますか。

 

入学試験や入社試験などで面接を受けることがありますね。

私は面接と聞くと緊張します。

 

面接官はどんな人でどんなことを聞いてくるのだろうかと思うと

面接直前は胸がドキドキします。

 

そんな私ですが、私の友人で印刷会社の人事部で働いている人がいました。

数年前にその彼に会ったときのお話です。

 

私は彼が、面接官として何人もの人と面接をしているのを知っていたので、

どんな仕事なのかとても興味がありました。

 

彼の話によると、彼にとって、仕事の中で難しいのが中途採用のための

面接のようでした。

 

前職が同じ業界ではなく、様々な業界で働いていた人たちが応募してくるので、

その人の能力や性格を見極めることはなかなか大変だったそうです。

 

中には彼より年上で、彼の会社より大企業で重要な職に就いていた人も

面接に来たようです。

 

彼が面接で求職者に質問することは

 

・前職の退職理由と、この会社の応募理由

・今までの職務経歴

・前職でもっとも大切だと思っていたこと

・自分の長所と短所

 

など、その求職者と話をしながらその人物像をイメージしていたようです。

 

面接官は、できるだけ主観を排除して定められた評価基準に沿って、客観的に

評価しなければならないようでした。

 

求職者は生活がかかっているわけですから、採用されるためには積極的に

自分のいいところを売り込んできます。

 

求職者は面接の前に、いろいろと準備をし、面接官の質問を想定し、あらかじめ

立派な回答を用意しているわけです。

 

彼はそれを頭に入れて質問をしました。

あまりにも立派な回答が続けば、わざと想定外の質問もしたようです。

 

逆に、求職者から面接官に対して鋭い質問をすることもあったようです。

 

そうして選ばれた人物は、彼の会社で働くことになりますが、

中には、面接してせっかく採用が決定しても辞退する人もいるようでした。

 

彼が会社の魅力を求職者に伝えきれなかったのか、彼の面接の仕方が不満

だったのかもしれません。

 

入社後、働きぶりを見ると、彼が期待したような人ばかりではなかったようです。

 

選ばれる求職者も大変ですが選ぶ側の面接官も大変苦労があるようです。

 

彼は私に、お前だったらどんなふうに面接をするかと聞いてきました。

 

しかし、私は人事部の仕事は知らないし、採用面接などしたことはありません。

私は相談されても何もできないと言いました。

 

すると彼は、人の価値を判断するのはどうしたらいいのかだけでも考えて

ほしいと言いました。

 

私は考えた挙句、君の会社のお客を大切にしようという想いが

その人の中にどれだけあるのか、それで判断してみてはと言いました。

 

そのためには多くの人を愛し、人のために尽くすことができるような人物を

見つけるのが君の仕事ではないかと言いました。

 

私は調子に乗って、まるで彼の会社の社長になったような気持ちで続けました。

 

やはり企業というものは顧客中心主義でなければ、市場競争の中で淘汰される

運命にあるだろうと言いました。

 

ところが人間の欲望はエンドレスでそれを満たそうとする顧客中心主義は

果てがありません。

 

その弊害が、現在の気候変動問題や格差拡大といった社会問題になっています。

 

私は彼に、採用された人にはSDGsの教育をすることによって会社が

より社会に貢献できるようになるべきだと言いました。

 

これからは社会貢献できる企業しか生き延びることはできないだろうと言いました。

そして、一人ひとりの小さな行動が地球を救うことになると言いました。

 

彼は私の話を聞いて、それは理想論だ、現実はそんなにはうまくいかないと

言いました。

 

それはそうでしょう、面接を受けるだけでドキドキするような小心者の私が、

他人事だと思って無責任なことを言うのですから。

 

だったら最初から私に聞かなければいいのにと思いました。

 

それから数か月後、彼は人事部から営業に回されてしまいました。

 

もし彼が、私の意見を聞いて、SDGsへの道を一歩でも進んでくれたら

うれしかったのですが、それができなくて残念に思います。

父の日の思い出

 

私がまだ独身の頃のお話です。

私がある支店に勤務していた時のことです。

 

私の部署に、高校を卒業して1年くらいの若い女の子が入社してきました。

前の仕事は自分に合わなくてすぐに辞めてここに来たようでした。

 

彼女の父親は、彼女が小さい頃亡くなり、顔を覚えていないようでした。

 

彼女はすごく純粋で、私が教える仕事をきちんと理解して、まじめに

仕事をしていました。

 

ところが、私はいい子が入ってきたなと思いましたが、周りの人の評判が

まったく良くなかったのです。

 

特に女性には嫌われていたようです。

 

朝出勤して更衣室で出会う社員に挨拶をしないし、大きなバッグを他の人の

ロッカーの前に置いて着替えるので、後から来た人の邪魔になったそうです。

 

お昼は食堂で、家から持参したお弁当を食べているようでしたが、

 

ふきんで拭かないので、彼女が食べ終わっていなくなったテーブルには汚れが

残っているようでした。

 

女子休憩室では入り口の近くで大の字になって寝ていて、出入りする人の

邪魔になっているようでした。

 

そのほかにも、私の部署の女子社員から数知れず彼女の悪い評判が、私の耳に

入ってきました。

 

いくらまだ未成年と言っても、もう社会人です、社会の常識を身につけて

もらわなければなりませんでした。

 

私は仕事中に彼女に聞いてみました、あなたは今まで、家ではどんな教育を

受けてきたのかと。

 

彼女は、母親は朝から夜遅くまで仕事をしていて、サービス業に勤めていて

 

休みは平日だったので、一緒にいる時間が少なく、ほとんど教育はされていないと

言いました。

 

私は彼女がかわいそうになりました。

 

こんなに私のことをよく聞くまじめな子は、両親が揃っていてきちんと

教育を受けていれば、きっと立派な人物になっていただろうと思いました。

 

私は彼女に、なんとか社会人として一人前になってもらおうと思い、

仕事を教えながら、同時に、人としてのしつけも教えました。

 

若い彼女は、私の教育を素直に受け入れました。

それから2年も経つと、彼女は大きく変化しました。

 

彼女は、仕事以上に、人間としての成長が目立ってきました。

 

その頃にはもう、誰も彼女の悪口を言う社員はいなくなりました。

彼女よりだらしのない後輩社員がたくさんいたからです。

 

私と彼女は7歳の年齢差がありましたが、だんだんその差が縮まってきたような

気がしました。

 

この間に、彼女は精神的に大きく成長し、立派な大人になってきました。

 

その頃には、お化粧もうまくなり、洋服のセンスもよくなり、すれ違う男性が

思わず振り返るような、際立った美人になっていました。

 

私は、人間としてとても魅力的になった彼女に、恋心を抱くようになりました。

私は彼女と仕事をするのが楽しくて仕方がありませんでした。

 

それから数か月後の6月、彼女は私にプレゼントと一緒にハートのマークの

ついたメッセージカードを贈ってくれました。

 

私は大喜びしました、ふたりの恋がむすばれたと思いました。

家に帰って急いでメッセージカードを読みました。

 

「大好きなあなたへ、これはこれまで私を育ててくれた父の日のプレゼントです。

私は早くから父を亡くし、父親の存在を知りません、私はあなたを父として

 

これからも尊敬していきたいと思います。ありがとうございました。」

 

これを読んで私はとても複雑な心境でした、彼女は私を彼氏ではなく、父として

愛してくれたのでした。

 

現実は恋愛小説のようにハッピーエンドにはなりませんね。

 

それから1年後には彼女には彼氏ができ、結婚し、会社を退職しましたが

彼女が幸せになってくれたのでよかったと思います。

 

私にとってはほろ苦い父の日の思い出です。

 

本当はこの記事は来年の父の日頃に投稿すればいいのでしょうが、

私のブログはこころで書くので、こころが熱いうちにと思い、今投稿します。

 

読者のみなさま、このことは私の妻には絶対に内緒にしてください。

お願います