愛とうつ病

 

ある時、友人が私に相談があると連絡がありました。

どんなことかと聞くと心の病だと言うので、会って話をする約束をしました。

 

仕事帰りに時間を合わせてレストランで食事をしながら話を聞きました。

彼はとても落ち込んでいて、注文した料理にほとんど食が進みません。

 

悲そうな顔をして彼が言うには、仕事上の人間関係やミスなどによりストレスが

たまり耐えられなくなり休職していたそうです。

 

何も興味がなくなり、何を食べても美味しくないし、ささいなことにも腹が立つ

ようになり、人と会いたくないと思うようになったそうです。

 

病院で診てもらったところ、うつ病と診断されたようです。

 

3か月ほど薬を飲みながら治療を続けましたが、だんだん収入面で厳しくなり、

すこし病状がよくなったこともあり、復職しました。

 

しかしながら職場の環境が変わったわけではないので、また同じ状態になり

再度休職することとなりました。

 

彼は非常にまじめなタイプで、常に目標を持ち、それに向かって着実に歩んで

行くような人間です。

 

その几帳面さが災いして自分を窮地に追い込んだのかもしれません。

私は彼の職場の人間関係や仕事のやり方などをつぶさに聞きました。

 

会社の経営理念やマニュアルを十分理解し、それに従って今まできちんと

仕事を続けてきたと言います。

 

彼は自分がいくら努力しても思うようにならないのは会社が悪いのだと言います。

その反面、会社に合わせることができない自分が歯がゆいとも言います。

 

生きていくのがとても辛い、死んでしまいたいと言います。

 

私はうつ病になったこともありませんし、心理学者や医者でもありません。

相談されても何の役にも立ちません。

 

でも目の前で、涙目ながらその辛さを訴える彼を見ると見捨てるわけにはいきません。

 

私は彼に聞きました、家族との関係はうまくいっているのかと。

彼は家族をとても愛しているし仲良く楽しく暮らしていると言いました。

 

私はそこで思いつきました、もしかしたら、愛は彼を救うかもしれないと。

私が彼に助言できることはこれしかありません。

 

彼は会社では自分に厳しくそして人にも厳しかったのです。

 

私は彼に、会社の理念やマニュアルも大切だがそれ以上に家族と同様に

会社と人を愛することを大切にしてみてはどうかと言いました。

 

周りの人を見てごらん、人を愛する優しい人の表情を、 とても生き生きして

幸せそうに見えないかと言いました。

 

藁にもすがる思いで私に救いを求めていた彼はそれを聞いてダメで元々、

やってみると言いました。

 

それから彼は再度復職しました、最初の頃は辛かったようですが、できるだけ

相手の気持ちを理解し、愛をもって接することを続けると、次第に会社も人も

 

彼にやさしくなり、彼は以前と比べると表情も明るくなり、3年たった今でも

休まず仕事を続けています。

 

私の言ったことがすこしでも役に立っているのでしょうか。

 

私は愛は必ず人を救うといまでも信じています。

同期入社の固い絆

 

私が今の会社に新卒で入社した時、郊外の研修施設で新入社員研修がありました。

 

数人のメンバーが一つのグループとなり、社会人としてのマナーや会社の経営理念

などを学ぶために4泊5日の日程で寝食を共にしました。

 

私のグループの一員にとても気の合う男がいました。

 

私はいつもため息をつくのでフーちゃん、彼はよっしと言うのがいつも口癖なので

よっちゃんと愛称で呼ぶようになりました。

 

研修が終わって部署や支店が違っても、よく連絡し合ってとても仲が良かったです。

お互いの結婚式には招待し合うし、時々会ってお酒を飲みながら話もしました。

 

それから二十数年が経ちました。私は支店の一部署のリーダーですが、彼は

出世頭で部長職に就いています。

 

彼は時々私の支店にきますが、彼は私のことをいつまでもフーちゃんと呼びます。

私も彼のことをよっちゃんと呼びます。

 

支店のみんなは私が部長のことをよっちゃんと呼ぶのに驚きますが同期入社だと

言うと納得します。

 

ある時、私が仕事で大きな失敗をした時、彼は支店のみんなの前で私を厳しく

叱ります、私はうつむいたまま、じっとしていました。

 

何もみんなの前で叱らなくてもいいのにと落ち込みました。

 

しかし彼はそのあとすぐに私を別室に呼び、みんなの手前、お前を叱ったが

気にすることはない、お前は今のままでいい、また一緒に飲みに行こうと

優しく私に言いました。

 

私は彼の気遣いに涙が出ました。

 

彼はひと月に一度くらい私のいる支店にきますが、ある時、顔色が悪く元気が

ありません。

 

どうしたのか聞くと、最近体調が悪く、食欲もないと言います。

病院に行ったのかと聞くと、忙しくてなかなか行けないと言います。

 

私は健康が一番大切だから、気を付けるようにと言うと、ありがとうと言って

他の支店に向かいました。

 

それから一か月ほどたった頃、彼から電話があり、今病院にいるとの事。

 

数日前からお腹から腰に掛けて激痛があり、仕事もできなくなり、病院で診て

もらったところ、大腸がんだと言われ、即入院したとの事。

 

私はすぐに病院にお見舞いに行きました。

 

彼の説明によると、がんはかなり進行しているが開腹手術でがん細胞を取り除く

予定だそうです。

 

医師の懸命の治療もあって何とか無事手術を終え、彼は退院することになりました。

体調も少しは良くなり、会社に退院後の体調を説明して復職を希望しました。

 

会社側の考えでは、彼の今の状態では部長として復職するのは体力的に無理なので

一般職としてならいいとのことです。

 

彼は私に相談にきました。

 

もし、一般職として戻り、今まで彼が尻を叩いて厳しくしていた人の下に就くなら、

どんなに報復されるかもしれない、それが怖いと言います。

 

会社を辞めようかどうしようかと迷っていると言います。

 

私は人事部長に彼のことで相談に行きました。

 

この人事部長は私が若い頃、私の部下として1年間一緒に働いたことがあるので

気心が知れています。

 

人事部長に彼を私の部署に配属してもらえないかと頭を下げました。

人情味があるんですね、即断でOKしてくれました。

 

私は彼の体調に気を配りながら、無理のないように仕事をしてもらいました。

そのうちだんだん体調も良くなり仕事も順調にこなせるようになってきました。

 

ところが2年くらいたった時、不幸なことに、彼にがんが再発し入院しました。

 

入院中は何度も彼のお見舞いに行きました。

だんだん体がやつれ骨と皮になってきました、とても苦しそうな状態です。

 

そんなとき彼は私に言いました、「自分の人生は波乱万丈だったが、

一番の思い出は、偶然にもお前に出会えたことだ、それが一番の幸せだった」と

言ったのが最後の言葉でした。

 

私は思わず涙がこぼれました。

 

 同期入社である彼と私との固い絆は岩よりも固いものでした。

 

彼との友情は私が死ぬまで決して忘れることはありません。 

人情味のある人事評価

 

 

 私の会社では年に2回の人事評価があります。

それによってボーナスや昇給の金額が決まります。

 

仕事ができない私が部下を評価するのはいつも重荷に感じます。

 

評価はA~Eまでの5段階、業績数字と個人の仕事に取り組む姿勢の

合計で評価が決まります。

 

部下のボーナスや給料がそれによって決まるので大変なことです。

 

数年前のことですが、私は何年もこの会社に勤務しているので、

部下が7人いました。

 

7人の業績を比較してみると、そのうちふたりがほぼ同じ業績で

どちらか一人がBランク、もう一人がCランクになります。

 

その他の5人は業績にばらつきがありすんなりランク付けできました。

このふたりをaさん、bさんとします。

 

aさんは地味ですがコツコツとまじめに仕事をするタイプです。

一方、bさんは人に気配りができ、人に優しく活発なタイプです。

 

私はaさんとは時々仕事で話すくらいですが、bさんはとても

私に対して気を遣ってくれます。

 

bさんは、毎朝、出勤してくると必ず満面の笑みで私にあいさつします。

 

私がネクタイを新調した時はすぐに気づいて、きょうはいいネクタイ

ですねと褒めてくれます。

 

また、風邪気味で体調が悪く、辛そうにしていた時は、そっと

栄養ドリンクを差し出し、これで元気をつけてくださいと言います。

 

家族で旅行に行ったときはお土産ですと言ってお菓子をくれます。

あまり高いものではないのですがその気持ちが嬉しいのです。

 

私は仕事のできないダメ上司です、きちんと仕事に対する取組みを

評価しなければならないのに、私に優しいbさんをBランクにして

まじめなaさんをCランクに決定してしまいました。

 

私はいい加減な上司だと思いました。

 

その後しばらくして私の上司が人事異動で他の支店に転勤になり

新しい上司が赴任してきました。

 

私はこの上司とは初めてなのですが、ぶっきらぼうで馴染めません。

どのように接したらいいのか困りましたが、ふと、部下のbさんのことが

頭に浮かんできました。

 

bさんがしたことが私にとって嬉しかったのだから、私もbさんのように

新しい上司に接してみようと思いました。

 

まずは毎朝のあいさつです、鏡を見てできるだけの笑顔を作りましたが

上司はほとんど無反応です。

 

高級そうなブランドの靴を履いていたので褒めても、ニコリともしません。

 

旅行でお土産を買ってきたのであげようとしても、机の上に置いといてと

言って、ありがとうも言いません。

 

私の心の中が見透かれているような気持ちになりました。

この上司はダメな私と違って仕事に情けは通用しないと思いました。

 

それでも、途中でやめるのも変なので今までと同じように優しく接し

続けました。

 

そして半年後、人事評価の時が来ました。

 

上司と面接です。

 

評価の記入された用紙を渡される前に、「あなたはこれまでよく頑張って

きましたが、ほかにも成績のいい人がいたので、このような評価になり

 

ましたが、もう少しで上のランクになるところでした、これからも

頑張ってください。」と言って評価表をくれました。

 

前回までは、私の上司からの評価はいつもDランクでした。

ダメな私と違って今の上司は冷静に人を評価するのは当然だと思いました。

 

見え透いた、胡麻をするような接し方をしたので今回はE評価も覚悟しました。

 

恐る恐る評価表を見るとBランクの評価がついているのです。

入社以来初めてのBランク評価です、驚きました。

 

ぶっきらぼうに見える上司も内心は私と同じ、人情に弱い人間だったのです。

 

私の接し方には嬉しいような素振りは微塵も見せませんでしたが

やはり心の中は嬉しかったに違いありません。

 

人は誰でも、優しくされれば嬉しいものですね。

 

でも、人が人を評価するってとても難しいことですね。

私はいつも、人の評価は神様に代わってもらいたいと願っています。

若者の夢

 

日本はもはや技術後進国だと多数のメディアから発信されているようですね。

 

GAFAマイクロソフト時価総額が100兆円を越えるのに日本ではトヨタ

20兆円を越えるのがやっとで最高だそうですね。

 

日本のものづくりの技術は世界と比較しても決して劣らないと言われていますが

だんだん、その言葉がむなしく聞こえてきます。

 

今の若い人を見ると昔と比べて夢を持った人が少ないように思います。

まだ日本の経済が順調に拡大していた頃は、頑張れば、もっといい暮らしが

できるという夢があったように思います。

 

ところが今の若い人を見るともう今の生活で十分で、苦労してまでいい生活を

しなくてもいいと思っている人もいるようです。

 

高齢大国日本と言われていますが、高齢者の数が増えただけではなく若者の

気持ちも高齢化したように思えます。

 

新卒一括採用で失敗すれば後の人生なかなか取り返しが難しい世の中。

運よく希望の会社に入れても、仕事は時間に追われる分刻みの忙しさ、

トイレに入っていても緊急対応のメールで落ち着きません、

休みの日も就寝中も関係なく届きます。

 

相手を気遣う時候のあいさつを書く暇もない、ビジネスチャットの対応は神経を

すり減らすかもしれません、迅速な返事を求められます。

溢れる情報の多さに人情が深く埋もれてしまいます。

 

マニュアルでがんじがらめに縛られて仕事に愛が感じられないかもしれません。

それでも、仕事の厳しさに耐えきれず、数年で退職すれば大変です。

正社員の道を諦め、仕方なく非正規雇用で働く人もいるでしょう。

 

2020年度の世界の幸福度ランキングでは日本は年々下がり続け62位。

先進国の中では最低レベルと言われています。

 

 日本の年間自殺者数は最近では約2万人で、世界で6位くらいの多さのようです。

自殺する勇気はないが、死にたいほど苦しんでる人も数多いのかもしれません。

 

日本で生活するのは豊かなようでも楽ではありませんね。

でも、決して日本人は怠けているとは思いません。

 

過労死するほど頑張って働いても幸福になれない日本に、若者は

夢も希望も持てなく、諦めの気持ちを持つ人もいるのかもしれません。

 

その一方で、収入が少なくても自分らしく生きたいと言う若者もたくさん

いるようです。

 

 世の中、お金がすべてではないと気付いたのかもしれません。

 

その人たちは、日本の将来はこのままでいいのかと疑問を持っているのかも

しれません。

 

日本はこれ以上無理して頑張らなくてもいいと思っているのでしょう。

もうこれ以上技術が進歩しなくても今のままで十分暮らしていけると

思っているのかもしれません。

 

地球環境を大切にして自然に優しい生活をしたいのでしょう。

物を大切にして質素な生活でみんなで助け合い、愛のある生活を求めている

のかもしれません。

 

少子高齢化の問題も、ぜいたくはやめて、みんなで力を合わせて頑張れば

何とか乗り切れると思っているのでしょう。

 

愛する両親が年老いた時、介護しやすいようにと優しい気持ちがある

のかもしれません。

 

今の若い人は真剣に日本の将来を考えているのかもしれません。

 

そう思うと、私の考えは間違っていたのかもしれません。

 

今の若い人は、物や生活レベルに対しては夢や希望はなくても、

人間味溢れる愛ある生活に対しては昔以上に大きな夢と希望を

持っているのかもしれませんね。

 

例え、世界から技術で後れを取っても、日本はおもてなしの心を持って

人にやさしい国であってもいいのかと思います。

愛のうなぎ予約

 

先日友人からメールがあり、話がしたいので時間が取れないかとの事。

仕事帰りにカフェで待ち合わせて話をしました。

 

何事かと思うと、毎年恒例の国産ウナギの予約のお願いでした。

今年ももうそんな時期になったのかと思い、1匹ほど予約しました。

 

私は国産ウナギは高級な魚だと思っているので、普段はほとんど買いません。

 

彼は食品スーパーに勤めていて、ノルマが厳しくて大変だと言います。

 

社員の場合、土用の丑の日の予約は一人数万円で十数匹売らないとノルマは

達成しないようです。

 

各部署に目標が割り当てられ、さらに、それが個人に割り当てられるそうです。

 

リーダーは毎週集められ、その週までの目標金額と達成度合いのグラフを

配布され、成績の悪い部署は激励され次週までの目標を発表させられるようです。

 

会社はこれは皆さんの販売技術向上のための訓練だと言うそうです。

 

みんな、心の中ではセルフサービスが中心のスーパーでうなぎの予約が

本当に販売技術向上に役に立つのか思っているようです。

  

従業員には来店したお客に声をかけて、接客で販売することで売り上げに

つながるし接客技術も身につくと言うそうです。

 

やりがいのある仕事と会社は言いますが、誰ものそのようには思っていないそうです。

 

しかし、ウナギを店内で接客してもほとんど売れないし、お客も嫌がります。

従業員が至る所で毎日ウナギ予約の声掛けをすればお客も迷惑です。

 

そのうち、従業員は店内での販売はあきらめ、勤務時間外や休日に知人に

売り歩くようになります。

 

会社は時間外手当や時給を払わなくても販売活動をしてもらえるのです。

また予約販売は売れ残りの値下げや廃棄ロスがないので儲けが多いようです。

 

 会社としてはウナギの予約販売はおいしい営業です。

 

どうしても売れない社員は自分でノルマ分を買って、夕食は家族全員で

贅沢三昧のうな重が2、3日続きます。

 

何も気にせず、たらふく食べる子供の姿を見ると、ウナギの価値を教える

事の出来ない自分を腹立たしく思うようです。

 

ある社員は、保険の外交員をしている知人にウナギの予約をお願いしたところ

代りに保険の契約をさせられてとても高くついたと嘆いていたそうです。

 

予約獲得の上位者には表彰される制度があり1位から5位には商品券が与えられます。

その中でいつも1位になり表彰される女性がいるようです。

 

彼女は優しくてとても親切な人ですがそんなにウナギを売るようなタイプでは

ないようです。

 

友人が彼女になぜそんなにウナギの予約が取れるのか聞いたそうです。

 

彼女が若い頃、まだ子供が3歳でしたがご主人が病気で亡くなり、子供を

育てるのに大変苦労したようです。

 

女手ひとつで幼い子を養う辛さを心の底から感じたそうです。

 

襲い来る強い不安と絶望感に背中を押され死の世界に飛び込もうとした時

残された可愛い自分の子供のことを想うと、足が踏みとどまったそうです。

 

 

死ぬ気で頑張ったら、世間には優しい人がたくさんいることが分かったそうです。

 

辛いながらも、多くの人々に助けられ、何とか子供を育て上げ、その間にはこころの

通った多くの恩人ができたそうです。

 

その人達との交流は今でも続いていて、その恩返しに、愛をもって、いつも尽力

しているようです。

 

その彼女が、ウナギ予約のことを話すと、みんなが、それくらいのことなら

注文してあげるよ、どうせどこかでウナギは予約するのだからとのことです。

 

 

私は友人の話を聞いて、こころの繋がりはどんな販売力よりも強いものだと

思いました。  

 

人を愛することは必ず自分に戻ってくるのですね。

巨大化した妻

「ただいま。」

「お帰りなさい、ご飯にする、それともお風呂にする?」

 

なつかしいですね。

私にも何十年も前にはこんな時がありました。

 

結婚した当初は、妻は世間知らずで初々しく、年齢が六つも下だったので

妹のような感じでした。

 

私が支えてあげなければ折れてしまうような、か弱い彼女でした。

 

毎日の料理はレシピをみて色々工夫をして作ってくれました。

私が仕事が休みの日は一緒にスーパーに買い物に行き、リクエストした

夕飯のおがずを作るために材料を買いそろえてくれました。

 

やがて子供ができると、私に対する関心は半分以下となり、大半が子供の

方に向くようになりました。

 

初めての子育ては大変でしょうが、私は少し子供に嫉妬しました。

私の仕事の休みの日には妻が夕飯の支度をしている間、私が子供をお風呂に

入れていました。

 

その頃は子供中心の生活で、子供が少し大きくなると、家族で遊園地や

観光地によく遊びに行ったものです。

帰りにはレストランに寄ってみんなで楽しく食事をしました。

 

それから何年もたち、子供が成人をしたころから、再び妻の関心が

私に戻ってきました。

 

新婚当時のような甘いものではありません。

 

子供の教育が終わったこともあり 、今度は私を教育し始めたのです。

生活のすべての面で厳しく指導するのです。

 

仕事から帰った時の靴の脱ぎ方・揃え方、洋服の脱ぎ方・納め方、

食事中のご飯の食べ方・片付け方、使ったものはキチンと元に戻す等々です。

 

健康のためにと言って、食事はすべて薄味です。

すき焼きなどは、私は濃いめが好きなので割り下をたくさん入れたいのですが

 

妻は私の思いの1/3しか使わず、更にハクサイをたくさん入れるので水分が増し、

まるで水煮を食べているようです。

 

仕事の休みの日に、ソファに寝そべってテレビを見ていると掃除の邪魔

だと言って、ほかの場所に行けと言います。

 

私が文句を言うと10倍返ってきます。

 

先日、ご機嫌取りに妻の誕生日に、会社帰りに花屋さんによって、花束を

買って妻にプレゼントしたところ、とても不機嫌そうに花束を突き返しました。

 

どうしたんだろうと思って、妻に聞いたところ、妻の誕生日は来週だったのです。

結婚して何年にもなるのに私の誕生日も覚えていないのかとひどく責められました。

 

一緒に外に出た時、妻は知人に猫なで声でやさしそうに話すので、知人は私に、

いい奥さんですねと言いますが、とんでもない悪妻だとこころで返します。

 

もう妻には愛のかけらもなくなったのでしょうか。

亭主元気で留守がいいと言う言葉が私のこころに響きます。

 

私の家では妻の存在は巨大化し、私は蚊のように小さく縮んでいます。

 

ある日のことです、妻が朝起きて歯を磨こうとすると片方の手が上がらないと

言いました。

 

私は近所の病院に連れて行ったところ、脳梗塞かもしれないので、急いで

脳神経外科に連れて行くように言われました。

 

幸いにも早く手当を受けたため、軽い脳梗塞で済み、後遺症もあまりなく、

10日くらいの入院で済みました。

 

その間に私が家で掃除をしていた時、ふと、タンスの中に日記のようなものが

あるのに気付きました。

 

それは妻が書いた日記でした。

悪いと思いながら読んでみると、私のことが書いてあるページが目に入りました。

 

主人へ、私は若い頃、何もできない世間知らずでした、よくこんな私を

今まで妻として人として育ててくれました。私はとてもあなたに感謝しています。

子育てが終わった今、私ができることは、あなたにはもっと素晴らしい人に

なってもらいたいし、健康で長生きしてもらうことが私の恩返しです。

 

これを見た私は涙が出てきました。

 

私は妻が退院した時からは、ダメな亭主が妻から教育される役柄を愛をもって

演じています。 

人生のピーク

 

東京オリンピック開催まで、あと残すところ1週間余りとなりましたね。

史上最多の33競技・339種目の開催予定となっているようです。

 

日本は何個金メダルを獲得できるのでしょうか。

 

しかし、私は金メダルの数よりも、金メダルを獲得した人のその後の

人生のほうが気になります。

 

若いうちにその種目のトップに立ち脚光を浴びるのですから、表彰台の

一番高いところに立ち、首に金メダルを下げた姿は感動的です。

 

オリンピックを目指して、厳しい練習に耐えてそこまでたどり着いたのでしょう。

でも、そこが人生のピークと思わなければいいのですが、もしそう思うのであれば

その後の人生のモチベーションを維持していくのは大変だと思います。

 

気持ちを切り替えてまた一からスタートできればいいのですが、いつまでも

過去の栄光が忘れられなければつらいと思います。

 

オリンピックをみてそこまで気にしなくてもいいのではと思われるかも

しれませんが私はとても心配症なんです。

 

プロ野球でもそうですね、エンゼルスの大谷選手は二刀流で大活躍していますが

一方、平成の怪物と言われた西武の松坂選手は今シーズンかぎりで現役引退、

 

野球選手としてのピークを終えたようですね。

人生のピークはこれからだと期待します。

 

話は変わりますが最近よくFIRE(早期リタイア)という言葉を耳にします。

若いうちにお金をためて、それを投資して増やしながら、仕事に束縛されないで

時間にゆとりのある生活をすることのようです。

 

年間支出金額の25倍の資産が目安のようです。

 

無駄遣いをやめて質素な生活をすれば早く実現できるかもしれませんね。

FIREが実現すれば、自由な時間が増えるわけですから

それをどのように使うのかが問題ですね。

 

それとは反対に、定年まで長い間働いた後、引き続き、65歳まで再雇用で

働く人もいますね。

 

これは収入の面だけではなく、いつまでも現役で社会とかかわりたいという

気持ちもあるようですね。

 

長く働くことで心身ともに健康な生活を続けるのが目的でしょう。

仕事をしながら、人間関係を保ち、人生を楽しんでいるのかもしれませんね。

 

 私は人生のピークとは、オリンピックで金メダルを獲得した時、

プロ野球選手として活躍した時、お金が貯まった時、定年を迎えた時

などではなく、本当の愛の意味を理解した時だと思います。

 

長い人生の歩みの中、ふと足元を見ると、踏みつぶしそうな小さな愛が。

それを踏まないように、やさしく拾い上げ、そっと胸にしまい込みます。

 

やがて、こころの中の小さな愛のツボミがすくすく育ち大きく花開いたとき、

本当の愛の意味を理解し、感謝の気持ちを込め、すべての人や物を愛することの

感動で胸が大きく震えます。

 

 その時、愛の心電図は上下に大きく振れて人生のピークをつけるのです。 

蘇る記憶

 

私は今までブログの中で、ミツバチになったり、カレーになったり、お花屋さんに

なったり、介護職になったり、時には牛や蚊にもなった記憶があります。

 

今回は科学者になってブログを書いてみたいと思います。

 

 

 

もがけばもがくほど深く沈んでいく底なし沼、深く沈めば沈むほど

未練の気持ちが、悲しい絶望感へと変わる、私の命はそこで途切れました。

 

 

そんな劇的な死から今、私は再びここに生きています。

私は前世から生き返った人間です。

 

というより何度も生死を繰り返してきました。

 

神様は私だけに内緒で教えてくれました。

空間と時間は永遠や無限ではなく円を描くように元に戻るのだと。

 

あなたが宇宙の果てまで見える望遠鏡で限りなく遠くを見ると

その先には必ず、望遠鏡を見ているあなたの後ろ姿が見えます。

 

世界で最も小さい物質である素粒子よりももっと小さいものが見える

顕微鏡で限りなく小さいものを見れば、その先には必ず、顕微鏡を見ている

あなたの後ろ姿が見えます。

 

あなたが未来へ向かってタイムマシンで一番遠い未来に行けば必ず

現在のあなたと出会います。

 

同様に、過去へ向かってタイムマシンで一番遠い過去に行けば必ず

現在のあなたと出会います。

 

空間と時間はそれぞれ同じ円周を周り、それを繰り返すのです。

その円はとても広いので永遠や無限の直線に見えるだけです。

時間がかかっても必ずまた元に戻ってきます。

 

これが神様の教えです。

 

神様が教えてくれたことに思い当たる節があります。

 

私は初めて経験したことでも、以前にこれと同じ事柄や風景を経験したことが

あるという記憶が蘇ることがよくあります。

 

また、私が書いたブログの内容を読み返すと、これはいつか前に書いたことがある

ものだと思うこともあります。

 

これは私が前世でこころに強く感じたときの記憶が蘇り、それが重なり、

そのように感じるのだと思います。

 

この不思議な記憶の蘇りは多くの人が経験していると言われています。

 

それは遠い過去であり、未来であってとぎれとぎれの記憶です。

 

それならば、天国に行ったお母さんともう一度会いたいと思うことがよくある私は、

時がたてばまた私が生まれたときに戻り、会うことができるはずです。

 

何億年後か何兆年後かはわかりませんが再び私は生まれてきて同じ人生を

繰り返すのです。

 

それまであの世でその時を待つのです。

 

人が死んでも魂がのこるといいますが、先祖の人々の魂は今、

いつか再び来る、自分の出番をあの世で待っていることでしょう。

 

ちょっと一言、神様は、空間と時間は繰り返すと言いましたが、こころの中も

繰り返すとは言ってはいません。

 

これから残りの人生、前世と同じなら、なるようになれと思ってはいけません。

空間と時間が繰り返し、人生の結末が同じでも、今を大切にし、精一杯生きれば

悔いのない人生が送れます。

 

冒頭の、未練の気持ちが、悲しい絶望感へと変わる、が

思い残すことのない気持ちが、やり切った充実感へと変わる。

 

そんなこころの結末を迎えたいですね。

 

 

 これを読んだ皆様、私が神様の教えをブログに書いたことは内緒にしておいて

くださいね。誰にも話さないと言う神様との約束です。

耐えられない腰痛

 

私は昨日仕事の最中、10kgくらいの荷物を持ち上げたとき、腰を痛めました。

 

数日前から、ベッドから起き上がるとき軽い痛みは感じていましたが

その時、腰にかなりの負担がかかったのでしょう。

 

痛いながらも、終業間近であり、仕事で気が張っていたのでなんと耐えました。

仕事が終わって帰るのに、駐車場まで1分くらいの距離を歩くのですが

 

仕事の緊張が解けたこともあり、痛くて痛くてその距離がとても長く感じました。

車に乗って腰かけても痛さは和らぎません。

 

帰り道は十分車間距離を取り慎重に運転し、ゆっくりブレーキを踏みました。

家に帰ってお風呂に入れば少しは楽になると期待しましたがますます痛みが

増しました。

 

今日は早く寝ようとベッドに横たわりましたが、横になっても痛いのです。

いろいろ姿勢を変えてみたところ、まっすぐ立っているのが腰にはいいようで

すこし痛みが和らぎます。

 

でも、朝までたち続けるのは無理です。横になったり、立ってみたりの

繰り返しでしたが、深夜になって少し落ち着き、眠ることができました。

 

朝起きてゆっくりベッドから立ち上がったところ、痛みがだいぶ少なくなって

いました。

 

仕事に行くために洗面所に行き、歯磨きをしましたが、その時の前傾姿勢が

腰に負担をかけたのか、再度激痛が走りました。

 

私は今年の初め、歯痛で歯医者さんに行きましたが、歯の痛みは神経がそれに

集中するのですが、腰の痛みは鈍痛と激痛の繰り返しで体に力が入りません。

ズキッとくる激痛は体のすべての動きを止めてしまいます。息さえも止まります。

 

歯の痛みが頑張って耐えるものなら、腰痛は体のだるさと激痛で頑張ることも

できないような辛さです。

 

この腰痛はなってみなければわかりません。

海を泳ぐ魚に、陸を歩く人間が、歩くことの楽しさを言葉で説明するようなものです。

 

私は少々の風邪で体がだるくても、風邪薬を飲んで仕事をしていれば気合で

治ってしまうので、今までほとんど会社を休むことはありませんでした。

 

ところがこの腰の痛さは、私に会社に行くこともあきらめさせる辛さです。

会社に電話して、欠勤することにして、朝一番で整形外科に行きました。

 

すでに数人が診察を待っています。椅子に腰かけて待っているのも辛いのです。

20分ほど待って私が呼ばれました、立ち上がるのも苦労します。

 

診察室に入り、先生に症状を伝えると、ベッドに仰向きになりなさいと言います。

家のベッドより高さが高いので上がって仰向きになるのが辛いのです。

 

仰向きになっていると先生が私の膝を持って、胸まで押し曲げるのです。

もう激痛です、この先生、患者の痛みがわかっているのかと怨みました。

 

それから今度はうつぶせになりなさいと言います、この先生は鬼かと思いました。

わかりますか、腰を使って反転するのはとても厳しいことなんです。

 

そして腰に痛み止めの注射を打ってくれました。

腰の痛さで注射の痛さはほとんど感じませんでした。

 

治療は終わりました、お大事にと言われ、ベッドからずり落ちるようにして

苦痛をこらえて靴を履き、診察室を出ました。

そばにいた看護師さんは無様な私の姿を見て笑いを押し殺していました。

 

痛いながらも、飲み薬と湿布薬をもらって治療費を払って病院を後にしました。

この痛みが何時まで続くのかと思うと、とてもとても憂鬱でした。

 

すぐ車を運転して帰るのはきついので座席に座って30分くらい休みました。

すると、さっき打った痛み止めの注射が効いてきたのか、だんだん痛みが和らいで

きました。

 

車から出て少しゆっくり歩いてみました、先ほどの痛みが嘘のように消えていました。

先ほど病院の先生は鬼のように思いましたが、今では神様のように思えます。

 

病院に行く前はブログのことなど頭にも浮かびませんでいたがこうやって今、

ブログを書くことができます。

 

今回は健康のありがたさが身に染みたのでブログに書いてみました。

リストラ研修

 

数年前のことです。

私に本社から一通のメールが届き来ました。

 

件名はよく覚えていませんが、能力開発研修のようなものだったと思います。

当社が指定する40歳以上の正社員、6回に分けて本社会議室で開催。

 

1回の研修に10数人の名前が記載されていました。

私は第2回目の研修メンバーに入っていました。

 

現状の能力の把握と今後の進路についての考え方のような内容でした。

私は今までこんな研修は受けたことがありません、不安でした。

 

第1回目の研修を受けたメンバーの中に同期の社員がいたので電話で

どんな研修だったのか聞いてみました。

 

会社の業績が落ち込んでいるので余剰人員を削減しようとしているようだと

言いました。

 

あれはまさしくリストラ研修だと言いました。

それからはみんな、この研修のことをリストラ研修と呼ぶようになりました。

 

翌週第2回目のリストラ研修のために私は本社に集合しました。

各支店から10数名が集まり、研修前にみんな不安そうに話をしていました。

 

メンバーを見ると、ライバル会社に打ち勝つための厳しい研修と違って、

人にやさしく真面目で出世競争には無頓着なような人ばかり。

 

愛社精神にあふれ、仕事の能力はほんの少し劣るが、額に汗をし、努力することで

何年も会社に残ってきた人間味のある人ばかりのように見えます。

 

私はこんな人たちが活躍できる場があればとても素晴らしい会社になるだろうと

思いました。

 

研修ではまず、人事部長により当社の経営状況の厳しさを説明されその後、

各人に、とても難しくよほど勉強していなければ答えられないような質問をします。

みんなは難しくてほとんど答えられません。

 

人事部長は「よくあなたたちはこのレベルでこの会社に勤めていますね」と

言いました。

まじめで純真なメンバーはとても落ち込みました。

 

そのあと、会社から招かれた、外部の人材会社のスタッフが登場します。

転職市場についての具体的な説明がありました。

 

「安心してください、世の中にはあなたを必要とする会社が

たくさんありますからね」とみんなの心を惑わします。

 

その研修では、決して会社を辞めてくれとは言いません、まじめなメンバーの

心の動揺を誘います。

研修後、みんなは不安になり仕事が手につきません。

 

6回の研修がすべて終わったころ、会社から、早期退職者には

退職金の割り増しをすると発表がありました。

巧みな会社側の戦術です。

 

私は、今回の研修のメンバーであり、同期入社の親しい社員にどうするかと

相談しました。

 

彼はまず、家族に話してそれから決めると言いました。

私も彼と同様に家族と話をすることにしました。

 

希望退職者の募集の期限が迫り、再度、彼にどうするのかと聞いたところ、

 

妻に「あなたがここまで何十年も無事勤められ何不自由なく暮らしてこれたのは

会社のお陰よ、その会社が今困っているのならその恩返しの意味で辞めてもいい」と

言われ退職する事に決めたと言いました。

 

一方私は、妻に相談したところ、「あなたのように仕事ができない人がよそに

行ってもどこも雇ってくれないでしょう。家族のことを想うのなら、このまま

今の会社に居続けてほしい」と言われ私は会社に残ることにしました。

 

会社想いの彼が辞めて、会社より家族を想う私が会社に残りました。

私は今でも彼に対してとても申し訳ないと言う気持ちが消えません。

 

その時は多くの善良で真面目な社員が、様々な気持ちを持って退職しました。

私はこんなことをしていては会社の将来はないと思いました。

 

私が思うに、企業は、能力があり、即戦力になる人だけではなく

人の気持ちを十分に理解し、本当にお客に喜ばれ満足をしてもらえる商品や

サービスを提供できる優しい人にも活躍の場を与えてみてはどうでしょうか。

 

人を想う心には年齢や学歴は関係ありません。

 

そうすれば今回のような悲劇は起こらなかったのではないかと思います。

介護職さんがブログを書いたら

 ここは老人ホームです。

介護の仕事は大変です。でも皆さん、お年寄りのために献身的にお仕事されています。

私は世のなかに役に立つ素晴らしいお仕事だと思います。

 

今回は、こころの優しい新人の介護職さんがブログを書いています。

 

おばあさん、こんにちは、今日からここで暮らしましょう、家族と離れて

寂しい気持ちはわかります、初めての食事、全然箸が進みませんね。

心配です、少しでもいいから食べてくださいね、涙でご飯がしょっぱくなる前に。

 

おじいさん、急に立ち上がってどこへ行くのですか、あなたが急いで躓いたら

骨折するかもしれません、そして寝たきりになったら私は悲しくてやり切れません。

自分で歩きたい気持ちはわかりますが、じっとしていてね、私と一緒に歩きましょう。

 

おばあさん、家にいたときのように、お風呂は夜入りたいのでしょうね。

でも私たちも人間、夜には家族と一緒にご飯を食べたいの、ごめんなさい、

お昼には職員もたくさんいるから心を込めてきれいに洗ってあげるからね。

 

おじいさん、家に帰りたいのですか、いつも私たちの隙を狙って、逃げようとして

いますね、そんなにここの暮らしがいやなんですか。

でも、お家に帰っても、誰も喜びませんよ、かえって、家族の悲しさが増すだけ。

気持ちを切り替えて、ここでの生活を楽しみましょうね、私は精一杯お世話します。

 

おばあさん、あなたの気持ちはよくわかりますよ。あなたのお世話をする家族の

苦労を考えて、辛い気持ちを抑え、自らここに来ることを決断したことを。

ここの生活が、家にいる時以上に楽しめるように、私はお手伝いしますね。

 

おじいさん、あなたが昔多くの大工を指導していた頭領だと言うのは知っていますよ。

でもね、ここに暮らす人はみんな同じ立場ですよ。人に指図はしないでくださいね。

みんなが怖くて嫌がっていますよ。

あなたが周りの人を愛せば、必ずみんながあなたを愛してくれますよ。

 

おばあさん、いつもあなたと仲良くしていたお友達が突然いなくなって心配

でしょうね。

心配しないでください。彼女は自由で幸せな世界へ羽ばたいていったんですよ。

 

おじいさん、あなたはいつもポツンとひとりで寂しそうですね。

集団生活はいやなのですか。だれともおしゃべりしないと辛いでしょう。

私でよければなんでもいいから話してください。

こころの扉はいつでも開いてあなたを待っています。

 

 おばあさん、あなたはブログを書いているんですってね、どんなことを書いている

のでしょうね。

いいことですね、認知症の予防にもなるし、こころが生き生きしていますよ。

でも、お願いです、私の悪口を世界中に伝えないでくださいね。

 

おじいさん、私があなたをお部屋のベッドまで連れて行くとき、感謝の気持ちと

言っていつもお菓子を分けてくれるけど、心配しなくいいのよ、あなたの愛で

私のお腹はいっぱいです。

 

 

 

介護歴10年のベテラン介護士さんに聞かれました。

 

なぜあなたはそんなにお年寄りに好かれているのですか。

介護の仕事を始めて1年にもならないし技術も経験も少ないのに。

 

 私は答えました。

私には介護の知識も技術もほとんどありません、でも、人を愛する気持ちは

あなたと同じです。

 

私はブログを読むのが大好きです。

その中に、介護士さんの書いたブログがありました。

 

お年寄りの書いたブログを読んでみなさい、その気持ちがわかるから。

もし介護で迷ったら、その時はあなたの両親を想う気持ちで介護すればきっと

喜ばれると書いてありました。

 

私は教えられました、介護というものは、知識や技術だけではだめだと。

介護には一番大切なのは愛。

 

私は人を愛する気持ちが、介護の基本中の基本だと言うことがよくわかりました。

愛があれば、介護の技術も知識も少なくてもお年寄りに喜ばれるんです。

 

ブログは生きたこころの辞書だと思います。

人の気持ちがぎっしり詰まった宝物かもしれません。

ワクチン接種と天罰

 

先日私のもとに10桁からなる、新型コロナウィルスワクチンの接種券が届きました。

費用負担はありませんと書いてあります。

 

説明書には、同じ種類のワクチンを2回受ける必要があると書かれています。

続けて読んでいくと、終わりの方に、ワクチンの接種は強制ではありませんと

書かれています。

 

いつまでに接種しなさいという予約期限もありませんでした。

 

私は安心しました。

 

私は今のところワクチンを接種する気持ちはありません。

私の知り合いにはすでに1回目のワクチン接種を受けた人がいます。

 

ワクチン接種後の体調ですが、発熱、食欲不振、倦怠感、腕が上がらない、

下痢、吐き気などの症状が数日続く人もいれば全く症状のない人もいます。

 

私はワクチンの副反応が怖いのではありません。

 

年々開花の時期が早まる桜は地球温暖化の証。

いつまで、春に、お花見ができるのでしょうか。

 

近年、頻繁に発生する豪雨災害、これは神様の大粒の涙です。

 

年々、勢いを増す台風、神様は大きなため息をついています。

 

甚大な被害を巻き起こす大地震、神様のこころは怒りで震えます。

 

神様は言っています、どうして人間はこんなにわがままなのか、

自分たちの欲望を満たすために、地球の環境を破壊し、子孫や

他の動植物まで巻き添えにしてそれでもいいのかと。

 

今回、神様は人類に反省を促すように試練を与えました。

世界中のすべての人に新型コロナウィルスの脅威を与えることにより

地球の危機を訴えています。

 

今世界中に拡散している新型コロナも新しく生まれたのではなく特定の

野生動物だけに棲みついていたのが自然破壊や気候変動により人間にも

感染するようになったと言われます。

 

 

 今回ワクチンを接種して新型コロナの感染拡大を抑えることができたとしても

それは小手先の対策であり、

 

ウィルスの専門家は、いまの経済・社会体制が続く限り、新たなウィルスは

次々とあらわれると警告しているようです。

 

想像してみませんか、鳥も住めない緑のない山々、魚も住めない暖かく汚れた海、

外出することもままならない、灼熱の太陽が人を熱く焦がす真夏の空。

 

 これからも経済中心でますます地球環境が悪化しても平気なんでしょうか。

人類はまだ気が付かないのでしょうか、自分たちの犯してきた過ちを。

 

私は今回、ワクチンの接種を受ける代わりに、神様の天罰を受けるつもりです。

私はこの地球をやさしく愛する気持ちが足りませんでした。

 

たとえ私は新型コロナウィルスによって命を失っても構いません。

 

その代わり神様、すべての人に、もっと地球を愛するこころを与えてください。

 

愛があれば地球は救われます。

 

どうか人々に夢の続きを見させてあげてください。

 

娘の寝顔

 

私の娘が小学校に入学したころ、私は子供好きなので休みの日はいつも

娘を連れて公園に行って遊んだものです。

ブランコに乗ったり、砂場で砂遊びなどよくしました。

 

夕食の時、私はよそ見をしていてうっかりお茶をこぼした時、娘はまるで

母親か妻のように、よそ見しないでしっかり見て食べなさいと叱ります。

それがまた可愛いのです。

 

ちょうどその頃、私の会社では春の人事異動で私は営業部門から経理部門に

配置転換になりました。

 

前任の男性社員が他の支店に異動となり私がそのあとに配属です。

 

そこには私より15歳ほど年下の入社6年目の経理のベテラン女子社員がいます。

この子は私の部下になりますが、仕事の面では立場が逆です。

 

私は経理は初めてなので、すべて彼女から教えてもらうことになります。

私は仕事ができないうえ、変化への対応力の全くない人間です。

よく怒られました。

 

何回教えたらわかるんですか、しっかりしてください、あなたは私の上司ですよと

私を軽蔑の眼で見ます。

 

私は何度も聞くのがいやになり、本社に電話でわからないことを聞いていると、

どうしてそんな簡単なことを本社に聞くの、私に聞けばいいのにと顔に書いて

あります。

 

つらくて食欲もないうえ、胃痛と下痢が続きました。

失敗続きの地獄の毎日が3か月たちました。

 

私にはこの仕事は向いていない、もう会社を辞めようかと思いました。

 

そんな頃、私は家で寝ていて、明け方、仕事の夢でうなされて目が覚めました。

 

横を見ると娘が無邪気な顔をしてすやすや眠っています。

 

私が今仕事を辞めたらこの子はどうなるのだろう、今までのような美味しいご飯も

きれいな洋服も明るい笑顔もすべて失ってしまうかもしれない。

 

この子に何の罪はない、悪いのはすべて私だ、この子を立派に育てることも

できない私は親としては失格だと思いました。

 

私は涙が出てきました。

気付かれないようにトイレに駆け込み号泣しました。

 

つらくて情けない気持ちを涙と一緒に流しました。

 

すると気分が落ち着き、ダメでもともと、やれるだけ仕事をやってみるかと

いう気持ちになりました。

 

その後、半年、1年とだんだん仕事にも慣れてきて、余裕が出てきました。

ミスばかりしていて時間がかかっていた仕事も慣れるとうまくいくようになりました。

 

部下の女性にも冗談で、最初の頃私が何もわからないからといって

よくいじめてくれたなと笑いながら話をするようになりました。

 

それからは順調に仕事が続けられて辞めなくてすみました。

 

あの時の娘の寝顔は私の人生のなかでも忘れられない貴重な場面です。

 

親が子供を想う気持は、実際、なってみなければわかりませんね。

こころのコントロール

 

私は部屋に一人でいる時や、一人で車を運転している時、

 

考え事をしているとなぜか過去の恥ずかしいことを思い出して

こころのなかから声が漏れてしまうことがよくあります。

 

周りに誰もいないときは大きな声で「あ~」と叫んでしまいます。

人が聞いたらどんなに感じるでしょうか、気が狂ったのかと思うかもしれません。

 

私の人生、失敗だらけ、山ほど恥ずかしい思いをしてきました。

 

例えば、若い頃、友人の結婚式に招かれた時、進行係の人が私に歌を歌って

くれと歌詞の本を渡してくれました。

 

私はあまり歌を歌わないので、知っている曲があまりありません。

やっと一曲、歌える歌を見つけました。

 

進行係の人に伝えたところ、この曲で本当にいいのかと言われ、

これしか歌えないと言いました。

 

私は歌が下手なのでこころを込めて歌うしかありません。

やがて順番がきて私はマイクをもって歌いました。

 

歌い終えても拍手は全くありません。

それどころか会場はしらけた雰囲気です。

 

私が歌った曲は「別れても好きな人」。

 

結婚という人生の門出を祝うのに最も選んではいけない曲を熱唱してしまいました。

別れがテーマの曲を歌ってしまい、周りの出席者のひんしゅくを買いました。

 

今思えば顔から火が出るような恥ずかしさです。

そのほかにも数えきれないほど失敗はあります。

 

そばに誰もいないと思って「あ~」叫んだところ、妻が近くにいて

今の大声は何かと心配してくることもあります。

その時は声を出してあくびをしたのだとごまかします。

 

顔で笑ってこころで泣くとか、怒りを顔に出さないとか、悲しみを隠すとか

感情を押し殺すことができる人もいます。

 

私は不器用なのか感情をこころのなかでコントロールするのが苦手です。

私が恥ずかしい思いをしたとき、いつも人から顔が真っ赤になっていると言われます。

また、楽しいことがあった時、いつも笑顔が漏れ、隠しても、何が楽しいのかと

ばれてしまいます。

 

 ずいぶん前のことですが

 

私の父が病気で倒れ、危篤状態になった時、そばで看護していた看護師さんに

父は助からないのでしょうかと聞くと実に神妙な顔をして悲しそうに頷きました。

 

私の絶望的な気持ちに共感してくれたのでしょう、とてもやさしい人だと思いました。

 

しばらくして、私はトイレに行きたくなり、ナースステーションの前を通りました。

 

休憩に入ったのでしょうか、さっきの看護師さんが同僚と楽しそうに

何か話しながらすれ違いました。

 

話に夢中で私には気づきませんでした。

話の内容は彼氏とデートした時のことのようです。

 

30分前の病室での看護師さんとは別人のように見えます。

深くこころが沈んでいた時に、彼女の豹変ぶりはとても印象的でした。

 

こころのコントロールが上手ですね、私も真似がしたいです。

 

感情をこころの中でコントロールできない私は、これからも苦い思い出を

思い起こすたびに、「あ~」と叫び続けるのでしょうね。

 

私のほかにもこんな人いるのでしょうか。

愛と厳しさ

 

私は長いサラーマン生活の間に、何度も転勤し色々な支店に勤務しています。

ある支店に勤務していた時です。そこの支店長はとてもまじめな人でした。

 

その頃、その支店の業績が低迷していたため、本社より業務改革の指示が

出ました。

 

支店長は各リーダーを事務所に集め、なんとしても業績を上げるために全力で

業務改革をし、結果を出さなければならないと言いました。

 

その日から毎日、通常の勤務時間が終わってから、2、3時間対策と資料作りです。

私は会社と同様に家庭も大切にする人間なので他のリーダーを尻目に

1時間程度の居残りでこっそり退社していました。

 

それに気づいたのか支店長は、お前は真剣味が足りないと言って、私の部門を

重点対策部門に指定しました。

 

私の部門で効果を出してその対策内容を社長に報告すると言うのです。

私は心の中で、私より優秀でもっと頑張るリーダーがいるのにと思いました。

 

それからは地獄の毎日です。

 

本社に相談したり、他の支店の好事例を収集したり、顧客データを分析したり、

ライバル社との比較、とにかくできることは何でもやりました。

 

いつも会社を出るのは、終電に間に合う11時頃でした。

土日もどちらか一日は出社していました。

 

支店長はクルマ出勤のためもっと遅くまで仕事を続けていました。

そのうちありがたいことに、支店長は、終電の時間を気にしていたらいい仕事が

できないだろうと、高速料金は会社が出すのでクルマで通勤しなさいと言いました。

 

私は涙が出ました、ありがた涙ではなく、悔し涙です。

 

その甲斐があってか3か月後には業績が上向き、業務改革もひと段落つき

私も含めてリーダーの過酷な勤務体制は終わりました。

 

支店長はその功績が認められとても満足していました。

 

ところがその1か月後、その実力を認められた支店長は、期待されて、

他の業績不振支店の立て直しのために異動になりました。

 

私は支店長に本気で鍛え上げられ、その経験は今となっては大きな財産と

なっています。

 

私はお別れに花束をプレゼントしました。支店長にではなくその奥さんにです。

私が業務改革で深夜まで仕事をしていた時、私の妻は私の健康のことをとても

心配していました。

 

きっと支店長の奥さんも同じように心配しているはずです。

 

それから数か月後、彼が異動した支店も業績が回復し、次なる支店へと

期待され異動となりました。

 

私はその支店長は順調に出世コースに乗ったなと思いました。

 

それから半年くらい経ったころ、私のもとにとても悲しい情報が入りました。

 

あの支店長が、仕事の最中に脳卒中で倒れ緊急入院したのですが、そのまま

帰らぬ人となったようです。

 

私は彼の仕事ぶりを見てきたので、心配していましたが、まさかこんな風に

なるとは思ってもいませんでした。

 

葬儀が終わって落ち着いたころ、支店長の奥さんから私に電話がありました。

お別れに贈った花束のお礼でした。

 

「会社の人から主人への贈り物はたくさんありましたが、私に対して贈り物をして

頂いたのはあなたが初めてです。

 

私はどんな人が贈ってくれたのか聞いてみました。主人はあなたのことをとても

ほめていました。仕事ができなくて鍛えたが、本当は人を愛する心は人一倍だと。

私はこの気持ちをぜひ伝えたくてお電話しました。」

 

それを聞いて私は涙が止まりませんでした。

 

もし支店長にもう一度一緒に働こうと言われればきついですが、人生の友と

してならいくらでもついていきます。

 

厳しかったけれど愛をありがとうございました。