ブログをしばらくお休みします

 

 

いつも私のブログにお越しいただいて本当にありがとうございます。

 

振り返ってみると、私のブログは野球場でサッカーの試合をやっていた

ような気がします。

 

観衆は驚き、どうしたんだろうと思いながらも、汗をかく私を見て、

ルールは違うけど、一生懸命にやっているから大目に見てあげよう。

 

そんな温かい気持ちの読者のみなさまに支えられてこれまでブログを

書き続けることができました。

 

ブログとはこころとこころが繋がる架け橋だと思います。

知らない人同士がこころで繋がる、そして感動と涙の世界かもしれません。

 

熱いこころをたくさんいただき、ありがとうございました。

 

私は仕事が忙しくなり、ブログを書くための時間の余裕がなくなりました。

まだまだ書きたいことはたくさんありますが、今の仕事が落ち着くまで

 

しばらくブログを書くことをお休みしたいと思います。

 

またブログでみなさまと再会した時にはよろしくお願いします。

 

希望の星

 

私は本を読むことが好きなので、いつもたくさん本を読んでいます。

 

私は図書館の利用カードを持っていますので、読みたい本が見つかれば予約して

本を借りています。

 

図書館のホームページにカード番号とパスワードを打ち込めば、最近入った

本の情報が見られるので便利です。

 

人気があって、予約がたくさん入って、なかなか順番が回ってこない本もあります。

 

いろいろなジャンルがあり、すべての本の情報を見るわけではありませんが、私には、

人気のある本は、お金に関する本と、こころに関する本のような気がします。

 

世の中には、お金がなくて困っている人や、人間関係などによるこころの悩みが

ある人が多いのかもしれませんね。

 

ブログの中にもお金や仕事のことや、こころの悩みや病のことが書かれているのを

よく見かけます。

 

私は亡くなった祖父に、祖父が若かった頃の話をよく聞くことがありました。

随分昔の話なのであまりよく覚えていませんが、祖父は戦争を体験しており、

 

食糧も不足していて、明日のことより、どうやって今日生きるのかのほうが心配

だったようです。

 

今の時代は様変わりですね。

 

今日はなんとか生きていける、それよりも、みんな、これから数十年先の

100歳まで生きるための心配をしているような気がします。

 

これからはお年寄りの一人暮らしが急激に増えると予想されていますね。

 

年老いてお金がなく、孤独で寂しい人生の最期を迎えるのは嫌だと思うのでしょうか。

誰にも気づかれず、一人寂しく自宅で孤独死なんて考えたくないのでしょう。

 

寝たきりになれば誰が介護してくれるのでしょう。

そのためにはお金はたくさん必要でしょうし、悩みもたくさんあることでしょう。

 

私の祖父は私に、昔はその日を生きるためにはみんなが助け合い、その日その日を

精一杯生きていたと言っていました。

 

今のように長生きすることがリスクではなく、長生きすることはラッキーだと

思える時代だったようです。

 

今日生きることができたことに感謝し、明日のしあわせを夢見ていたようです。

不自由で貧しい暮らしでも、今よりも、愛と希望にあふれていたと言っていました。

 

私は大好きだった祖父の話を聞いて、私も今を大切にすることと、

人を愛し、できるだけみんなで助け合いながら生きていきたいと思いました。

 

でも、生きることって大変なんでしょうね。

 

人が生まれたばかりの頃はみんな純真なこころを持っていても、成長していく過程で

だんだんこころが汚れていくのは、生きることの難しさなのかもしれませんね。

 

生きるために人はお金を稼ぎ、人も自分もこころが傷ついていくのかもしれません。

 

でも、私は世界中の人はすべて善人だと思っています。

 

ただ、お金がないと暮らしていけない世の中が、善人を悪人に変えてしまうことが

あるのはとても悲しく思います。

 

それならいっそのこと、私はこの世の中にお金がなくなってしまえばいいと思います。

そして私は愛でものが買える時代になってほしいと思います。

 

愛がたくさんあればあるほど、そこにモノも人も集まり、しあわせになる。

これが私が理想とする、愛でご飯が食べられる世界です。

 

私は、祖父もそうですが、お年寄りが大好きです。

お金がなくても愛があれば、お年寄りがしあわせになれればいいと思います。

 

お年寄りは人生を教えてくれる大先輩で貴重な宝物だと思います。

 

若い人がお年寄りを見て、その哀れさに目をそらして絶望するのではなく、

愛されるしあわせな姿を見て、明るい希望の星だと思ってほしいですね。

 

私は若い人たちが、老いるって素敵だなと思える世の中になってほしいと思います。

 

私は将来、日本が老人大国ではなく、しあわせ大国になることを願います。

こころに輝く一番星

 

今回はとても仲が良かった家族のお話です。

 

その家族は若い両親と幼稚園児の女の子の3人でした。

女の子の名前は静香と言い、父親が大好きな甘えん坊でした。

 

父親は長距離トラックの運転手の仕事をしていました。

彼は人と話をするのが苦手で、接客業には向いていませんでした。

 

ひとりでトラックを運転し、きちんと時間通りに荷物を届けることで世の中の

役に立つ仕事は、彼の性格に合っていたようでした。

 

そんな彼ですが、荷物を運ぶ途中の何度かの休憩の時に、天気のいい夜には空に

輝くきれいな星を眺めました。

 

星を見ながら彼は、静香ちゃんはもうぐっすり寝ているかなと思いながら

温かいコーヒーを飲んで、娘の寝顔を思い浮かべました。

 

彼の仕事の休みにはいつも静香ちゃんと遊んでいました。

人付き合いの苦手な彼は、静香ちゃんと遊んでいる時間が一番しあわせでした。

 

静香ちゃんは父親とおままごとをするのが大好きで、いつも彼にハンバーグと

目玉焼きを作ってあげました。

 

静香ちゃんはそんな時、「パパ、私が大きくなったら私はパパのお嫁さんになって

もっともっと美味しいごちそうを作ってあげるね」と言っていました。

 

それからある日、彼の仕事が休みの日に、3人でドライブをした時のことでした。

少し帰りが遅くなり、日が暮れて夜になりました。

 

その日はお天気がよく、空にはたくさんの星が輝いていました。

3人はクルマから降りて、しばらく星の輝く夜空を見ることにしました。

 

父親は静香ちゃんに、「人は死んだらあのお星さまになるんだよ」と言いました。

 

彼は一番星を指さし、「見てごらん、あの一番明るいお星さまを、あれはきっと

静香ちゃんが大好きだったおじいちゃんだよ、静香ちゃんの大好きな気持ちが

 

おじいちゃんに伝わって明るく見えるんだよ」と言いました。

静香ちゃんは明るい星は大好きだった人だと父親から教えられたのでした。

 

それからしばらくしてこの家族に不幸が訪れました。

 

父親が仕事で荷物を運んでいましたが渋滞で時間が遅れ、休憩なしで運転を

続けたため、居眠り運転をしてしまい大事故を起こし、帰らぬ人となりました。

 

大好きだった父親を亡くした静香ちゃんは、おままごとのお料理セットを

見るたびに、一緒に楽しく遊んだ時のことを思い出しました。

 

大きくなったらパパに美味しいお料理を作って食べさせてあげようと思ったのにと

いつまでも泣きました。

 

それから数か月が経ちました。

 

静香ちゃんは母親に、この前3人で一緒にお空の星を見たところに連れて行って

ほしいとお願いしました。

 

しばらくして母親は、お天気がよく星のよく見える夜に、静香ちゃんを連れて

思い出の場所に行きました。

 

静香ちゃんはたくさんある星からパパの星を探しましたがどれも同じようで、

明るく見えるはずのパパの星が見つかりませんでした。

 

静香ちゃんは、パパはもう私のことなんか忘れてしまったのね、お星さまに

なるなんて嘘だったのかと思いました。

 

静香ちゃんは母親に、「私はこんなにパパが大好きだったのに、どうしてパパは

私のために明るく輝いてくれないの」と言いました。

 

すると母親は「そうね、今夜は静香ちゃんのパパはいないようね、でも、

明日になったらきっとパパは見えるから楽しみにしてね」と言いました。

 

そしてふたりはお家に帰り、お風呂に入って早めに寝ました。

 

そして翌朝になりました、母親は暗いうちに静香ちゃんを起こしました。

母親は「これからパパの星が見えるから一緒に見ましょうね」と言いました。

 

静香ちゃんは眠い目をこすりながら空を見ていました、すると東の空から

まぶしい大きな星が見えてきました。

 

静香ちゃんは母親に、「これって太陽さんじゃないの」と言いました。

 

母親は「そうよ太陽さんよ、あなたの大好きなパパを想う熱い気持ちが伝わって

パパは明るく輝く太陽さんになったのよ」と言いました。

 

空に輝く太陽は、静香ちゃんにとって、すべての星を足し合わせたよりも

明るい一番星になりました。

 

それから静香ちゃんのこころにはいつまでも大好きなパパが生き続けました。

 

ふたりはまぶしい太陽を見ながら、元気だったパパのことを思い浮かべました。

 

きっとふたりはこれから、太陽の暖かい陽ざしを浴び、悲しみを乗り越えて

いくことでしょう。

 

その日は雲ひとつない、とても澄んだ青空でした。

自信のない人がスーパーに勤めたら

 

私の姪で、今年学校を卒業してスーパーに入社した子がいます。

彼女が4月に入社してほぼ1か月が過ぎました。

 

彼女は食品売り場で、牛乳とかヨーグルトとかパンなどを販売する部門に

配属されたようです。

 

私は彼女を幼いころから見ているので彼女の性格はよく知っています。

彼女はとても心配症で、何事にも自信を持って行動できないタイプでした。

 

そんな彼女ですが、先日、彼女の仕事が休みの日に、私の家に遊びに来ました。

家が近くなので、彼女が子供の頃から家族ぐるみの付き合いがありました。

 

私は彼女に、仕事に慣れて頑張っているかと聞きました。

 

すると彼女は、なかなか仕事が覚えられなくて、いつも上司に叱られていると

言いました。

 

その上司は、これくらいのことができなくてどうする、仕事を覚える気が

あるのかと彼女を厳しく指導しました。

 

彼女は仕事に対してすっかり自信を無くし、自分はここの仕事には向いて

いないと思い、1年先輩の社員に仕事を辞めたいと相談しました。

 

するとその先輩社員は、あの上司はあなただけではなく、みんなに厳しくて

私にも入社した頃はとても厳しかったと言いました。

 

それを聞いて彼女は、自分だけではなくみんなも同じ思いをしたのだと知ると、

とても気が楽になったようでした。

 

彼女の自信のなさが自分を苦しめていたようです。

それから彼女は少し自信を取り戻したそうです。

 

他にも彼女の自信を無くすことがあったようです。

 

ある時彼女が牛乳を補充していた時、お年寄りのお客が、近くの鮮魚コーナーから

コハダの酢漬けのパックを持ってきて、彼女にこれはおいしいのかと聞いてきました。

 

彼女は今までコハダが苦手でほとんど食べたことがありませんでした。

彼女は鮮魚の作業場にそれを持って行って、これは美味しいのですかと聞きました。

 

すると鮮魚のベテラン社員が、ここの売場には美味しくないものは置いていないと

怒って彼女を睨みつけ、とても機嫌を悪くしたようです。

 

彼女は叱られたような気がしてとてもショックでした。

 

スーパーには多くの商品が並んでいて、彼女がすべてを食べて、その味を知っている

わけではありません。

 

特に、新製品や新規取り扱いの商品は、よく美味しいのか尋ねられたそうです。

 

そんな時彼女は、お客から美味しいのかと聞かれても、食べたことがないのでよく

わかりませんと正直に答えました。

 

でもその時のお客の反応を見ると、彼女は何か冷たい接客だなと思ったようです。

 

それで彼女は、食べたことはないのですが、きっとおいしいですよと答えましたが

それでは説得力がまったくありませんでした。

 

どのように接客したらいいのかと先輩社員に聞いても、人それぞれの好みがあるから

よくわからないと言いました。

 

それで私に、どのように接客したらいいのかと聞いてきました。

 

私も商品の知識はないし、味についてはよくわかりませんが、

私は彼女に、自分の勤めているお店の商品に自信を持ちなさいと言いました。

 

よほど美味しくない商品ならクレームもあるだろうし、今の時代、そもそも

まずくて食べれないような商品はお店に置かないだろうと思いました。

 

私は彼女に、迷わず「美味しいですよ」と言い切って接客しなさいと言いました。

 

お客に笑顔で堂々と美味しいですよと言うことで、お客は安心して買うでしょう。

 

彼女は私に、もし、後日、あなたが美味しいと言ったから買ったあの商品、ちっとも

美味しくなかったと言われたらどうするのかと聞きました。

 

私はいちいちお客の嗜好に合わせて美味しいかそうでないか答えることや、

ひとつひとつの商品の味を言葉で伝えるのは無理だと思います。

 

私は言いました、その商品を作った人たちに感謝し、こころの中で味見をしなさい。

苦労して作った人の気持ちが伝われば、どんな商品でも美味しく感じるはずです。

 

そして自信を持って、私にはとても美味しく感じましたとお客に言いなさい、

人によって美味しさの感じ方は違うのだから。

 

先ほどの鮮魚のベテラン社員は商売とは何かということををよく心得ていますね、

自分の扱っている商品には美味しいと言う絶対的な自信を持っていたのです。

 

こうして自信を持つことで、彼女もだんだん一人前になっていくのではないかと

思いました。

 

読者の皆さまの中で、もしスーパーにお勤めの方がいらっしゃったらこれは

参考にしないで下さいね、これは私の素人的な考えです

「ごめんなさい」と「ありがとうございます」

 

もうすぐ母の日がやって来ますね。

私の母はもう何年も前に心筋梗塞で亡くなりました。

 

一緒に夕飯を食べ、そのときは何ともなかったのですが、食べ終わって

1時間もしないうちに、胸が痛くて苦しいと私に訴えてきました。

 

すぐに病院に運びましたが、その日のうちに心臓が止まり、亡くなりました。

あまりにも突然の死に、私のこころはついて行けませんでした。

 

数時間前まで私と普段通り話をしていたのに、どうして亡くなったのか

信じられませんでした。

 

私は毎年母の日が近づくと、亡き母の思い出が頭に浮かんできます。

 

私が子供の頃、家庭がとても貧しく、困ったことは、その日に食べるための

お金が十分なかったことでした。

 

私は食べ盛りでいつもお腹を空かしていたのですが、そんな時、よく母親は

スーパーのお肉売場にある、無料の牛脂をもらって帰りました。

 

それをプライパンで熱して溶かし、ご飯を入れて炒め、お醤油をかけて、

「ごめんなさいね、本当はもっと栄養のあるものを作ってあげたいのだけど」と

 

言って、私に食べさせてくれました。

お腹が空いていた私には、具のない牛丼ですが、とてもおいしく感じました。

 

この貧乏な生活は決して母親のせいではないのに、私は母親の「ごめんなさい」と

言う言葉に、とてもやさしさを感じました。

 

私の記憶では、母親はいつでもどこでも誰にでも「ごめんなさい」とよく

言っていたように思います。

 

私が小学校の時一番つらかったのは、お金がなくて給食費がなかなか

払えなかったことです。

 

今のように銀行口座から引き落としであればいいのですが、その頃は

毎月決まった日に、子供たちは先生から給食費を入れる袋を渡され、

 

翌日、子供がお金を持ってきて先生に渡していました。

 

でも私の家にはお金がなく、いつも持ってくるのを忘れたふりをしていました。

 

最初のうちは給食費を持ってくるのを忘れる子が数人いましたが、だんだん減り

いつも私が最後になりました。

 

ある時先生は私に、みんな持ってきているんだよ、持ってこないのはお前だけ、

明日は必ず忘れないで持ってきなさいと言いました。

 

でも私はお金がないと言うのは恥ずかしくてとても言えませんでした。

 

私の父親が個人で土建業を営んでいて、工事の進行度合いや、支払ってくれる

相手先の資金繰りの関係で、いつお金が入ってくるのかわからなかったと思います。

 

いつお金が入ってくるのかわからない中で、母親のやり繰りは大変で、もしかしたら、給食費を払えば、家族はその日のご飯が食べられなかったのかもしれません。

 

私は家に帰って、母親に「いつになったらお金が入るの?、僕は先生にいつも

叱られてつらい」と泣きながら言いました。

 

それを聞いて母親は、私と一緒に学校に行って、先生に「主人の仕事の関係で

今お金がないのでもう少し待って下さい」とお願いしました。

 

それを聞いた先生は、「そんな理由があるなら給食費はいつでもいいですよ

お金が入った時に持ってきてください」と言ってくれました。

 

そのとき母親は先生に何度も何度も「ありがとうございます」と頭を下げました。

 

そんな私の母親は、世間の人たちからいつも助けられ、いつでもどこでも誰にでも

「ありがとうございます」と言っていました。

 

今思えば、貧しかった私たちの家庭がなんとか暮らしていけたのは母親の

「ごめんなさい」と「ありがとうございます」の言葉があったからかもしれません。

 

自分の悪いところは素直に謝り、何事にも感謝する気持ちは人をしあわせに

導いてくれるのかもしれません。

 

私が貧しくてもしあわせな気持ちで生きているのは母親のおかげです。

私は大切なことを教えてくれた母親に感謝しています。

 

今度の母の日には、天国にいる母に、親孝行できなくて「ごめんなさい」、

そして私を愛してくれたことに「ありがとうございます」と

 

母の日のプレゼントとしてこころを込めて伝えたいと思います。

背中の大きなホクロ

 

私は昨夜とても悲しい夢を見ました。

忘れないうちにブログに書き残すことにしました。

 

あるところに両親と子供の3人家族がマンションに住んでいました。

父親は建設会社に勤め、母親は専業主婦でした。

 

子供の名前は智之で小学校の1年生でした。

 

父親は子供が大好きで、仕事の休みの日にはいつも智之を公園に連れて行って

一緒に遊んでいました。

 

父親は厳しい仕事で疲れる毎日でしたが、休みの日に智之と過ごす時間は

彼のこころを安らげるしあわせなひと時でした。

 

父親は智之が生まれたばかりの頃から、一緒にお風呂に入るのが習慣でした。

母親が夕飯の支度をしている間、父親は智之をお風呂に入れていました。

 

生まれたばかりの頃は、父親が抱っこして、母親が智之の身体を洗いました。

 

少し大きくなって智之が自分で体を洗うようになりましたが、シャンプーが

大嫌いでした。

 

智之が洗った頭に、父親がお湯をかけると、足をバタバタして首を振り、

「シャンプーはいや」と泣き叫びました。

 

智之は石鹸が目に入り、息ができないつらさをとても嫌がりました。

父親は智之のシャンプー嫌いを何とかしようとシャンプーハットを買いました。

 

それを使ってシャンプーをしたところ、智之はシャンプーに慣れました。

 

智之が小学校に入る前には、智之が父親の背中を洗ってくれるようになりました。

 

智之が父親の背中を洗う時、父親の首から少し下の右側の背中に大きな

ホクロがあるのに気が付きました。

 

智之は父親に、「お父さんの背中に大きなホクロがあるのを知っている?」

と言いました。

 

父親はそれまで背中にホクロがあるのを知りませんでした。

父親は智之にホクロがどこにあるのか手で触って教えてもらいました。

 

それから智之は、いつも父親の大きなホクロを見ながら背中を洗いました。

智之は父親に「いつまでもお父さんの背中を洗ってあげるね」とやさしく言いました。

 

それを聞いて父親は、いつまで洗ってくれるのかなと喜びました。

そんなしあわせなホームドラマのような生活に不幸が訪れました。

 

父親が会社の健康診断を受けた時、胃に異常があり、要精密検査という

診断結果が出ました。

 

以前から胃の調子が悪く、いつも胃腸薬を飲んでいた父親は心配になり、

病院で再検査を受けました。

 

するともう手遅れの末期がんでした。余命半年の死刑判決のようでした。

 

入院して抗がん剤で治療する父親は、看病する妻に、「智之にはこの病気のことは

黙っていてほしい、すぐに治るから心配するなと伝えてほしい」と言いました。

 

入院してしばらくは智之は母親と一緒にお見舞いに来ていましたが、

 

だんだん父親は智之を遠ざけるようになり、妻にしばらく智之を連れて

こないようにと言いました。

 

なぜならば、鏡に写る自分の姿をみて、驚きを隠せませんでした。

 

だんだん髪の毛や眉毛が薄くなり、頬は痩せこけ、目と耳が異常に目立って

きたからでした。

 

父親はだんだんやつれていく自分の姿を智之には見せたくなかったのです。

 

それから、彼の身体はがんにおかされ、太り気味で70kg以上あった体重は

半分以下にまで激減しました。

 

髪の毛もまゆ毛もなく、痩せこけた顔には、今にもこぼれそうな大きな目と

大きく開いた耳、そして骨と皮だけの身体。

 

医師からお別れが近づいたと言われ、何も知らない智之は、母親に連れられて

久しぶりに父親の面会に来ました。

 

智之は久しぶりの父との面会を楽しみに病室に入りました。

 

しかし、そこには父の姿はありませんでした、ベッドに横たわる人は今までに

見たことのない、人の姿とは思えない宇宙人のように見えました。

 

そしてその宇宙人は涙を流しながら智之に手をさし伸ばしました。

 

智之は思わず、「おかあさん怖いよう、化け物が僕を捕まえようとしている」と

母親に言いました。

 

母親は智之に「これはあなたのお父さんよ、しっかり手を握ってあげなさい」と

言いました。

 

智之は、元気だった父親のこんなに変わり果てた姿を見て、絶対これはやさしかった

父親ではないと思いました。

 

智之は母親に「気持ちがわるいからもう帰ろうよ」と言った時、宇宙人の着ている

パジャマの背中がはだけ、大きなホクロが見えました。

 

このホクロはいつも一緒にお風呂に入っていたお父さんのものだとわかりました。

 

それを見て智之は「これは本当に僕のお父さんだ、気持ちが悪いなんて言って

ごめんなさい」と言って父親の手を固く握りしめました。

 

私はここで目が覚めまし

あなたは仕事が好きですか? 

       

       昨年の夏に撮った田舎のこころ安らぐ青空

 



私は何度もこのブログに書きましたが、私は人生を犠牲にしてまで働くのではなく、

自分らしく生きるために働いています。

 

周りの多くの社員は、自分の人生を会社に託すように、会社のために忠実に

働いているように見えます。

 

中には胃腸薬を飲みながら、精神的苦痛に耐えながら働いている人もいます。

朝早くから深夜まで命を縮めるような無理な働き方をしている人もいます。

 

愛社精神と責任感があるのか、それとも逃れられない立場なのでしょうか。

 

君たちの能力はこんなものではない、もっともっと能力を発揮できるように

チャンスを与えてあげようと言う会社のありがたいお言葉。

 

非情にも、できない理由は言わないで、できる方法を考えなさいとか、

君にできなければできる人に代わってもらうと言う、屈辱的でこころが傷つく言葉。

 

何度も何度も修羅場を乗り越えて、その度に会社人間としての器が大きくなる

のかもしれません。

 

でも乗り越えられない人たちは、こころと身体を壊してしまうかもしれません。

それはあなたの働き方が悪いのですよと見捨てられればとても悲しいことですね。

 

こんな地獄のような会社人生から何十年も逃れられないのなら私はぞっとします。

他人事ですが私には考えられない働き方です。

 

私の会社の社員によく聞くことがあります。

あなたは今の会社の仕事が好きですかそれとも辛いですかと。

 

すると様々な答えが返ってきます。

もちろん仕事が好きで毎日が充実していると答える人もいます。

 

でも何人かの人は、仕事はつらいことが多いが生活のためには働かざるを

得ないと答えました。

 

ではあなたは今までに会社を辞めたいと思ったことがありますかと聞いてみました。

 

何度もあるという人もいるし、いつでも辞められるように、退職願いは

机の引き出しに用意しているという人までいました。

 

以前私のいた支店の支店長は人情味のある人で、私の仕事ぶりを見て心配して

もっとしっかり仕事をしなければ、きっと将来苦労するぞと言っていましたが

 

結局、彼は仕事のし過ぎで過労死しました。

 

人生100年時代と言われますが、多くの人は、80,90歳そして100歳まで生きる

長生きのリスクに備えて、現役時代にたくさん貯蓄をしなければならないと言います。

 

私は長生きがリスクとは思いません、むしろ長生きはラッキーだと思います。

でも私は、辛い思いをしながら100歳まで生きたいとは思いません。

 

楽しく60,70歳まで生きられればそれでもいいと思います。

 

一度しかない人生を、辛い仕事のために我慢して、長生きがリスクなんて

何か間違っていると思います。

 

私はお天気のいい日に美しい桜の満開を見て、生きるって本当に素晴らしいこと

だと思える人生が大好きです。

 

決して、風雨の中、散りゆく桜の花びらを眺めながら、人生のはかなさに涙を

流したくはありません。

 

若い人たちが、先輩たちのそんな辛い働き方を見たらどう思うでしょうか。

仕事に追われて疲れ切ったその表情に、希望の光を見出すことができるでしょうか。

 

最近の若い人は、責任のある仕事や出世するよりも、自分らしく生きたいと

思う人が増えていると聞きます。

 

自分の大切な時間を仕事のために多く奪われるのは嫌だと思っている人は

たくさんいるような気がします。

 

私は世の中が便利になったのと引き換えに、だんだんしあわせが少なくなって

きたような気がします。

 

私は貧しくて不便なこともたくさんありますが、自然豊かな田舎で、こんなに

ストレスがなくマイペースで生きていけるのはしあわせです。

 

私は働くために生きるのではなく、自由に楽しく生きるために働いています。

 

もしかしたら私の方が、60,70歳ではなく100歳まで生きられるかもしれませんね。

愛があふれるドッグカフェ

 

私が以前勤務していた支店に、気さくな性格でとても優しい人がいました。

その人は40代半ばの女性でパートで働いていました。

 

彼女は初対面の人でも自分のことを包み隠さず話してくれるので、相手は

警戒心がなくなり、すぐ打ち解けてくれるようでした。

 

彼女は誰とも平等に話をするので、何人か集まった時、いつもその場の雰囲気を

明るくする存在でした。

 

私が彼女と初めて会った時もとても明るく、フレンドリーでオープンな性格に

感じました。

 

私が彼女と一緒に働き始めてすぐに気づいたことがありました。

彼女が働く左手には親指がありませんでした。

 

彼女はいつも気にしているのでしょう、私の視線が彼女の指に止まった時、

「この指はね、私が20歳の時、交通事故でなくなちゃったのよ」と言いました。

 

そんなあっけらかんとして言う彼女に対して、私は返す言葉がまったく

見つかりませんでした。

 

それからよく話をするようになりましたが、彼女は、何かの拍子にその交通事故の

当時の話をしてくれました。

 

彼女は交通事故で左親指だけではなく、左目も失い、義眼をつけているようでした。

その当時彼女のご両親は、嫁入り前の彼女の運命を嘆き、とても悲しんだようです。

 

まだまだ若い彼女のこれからの人生のことを考えると、とても不憫に思いました。

親の気持ちとしてみれば、できることなら彼女と代わってあげたいと思いました。

 

そんな両親の自分に対する気持ちを考えると彼女はやりきれませんでした。

 

彼女はいっそのこと死んでしまいたいと思いましたが、自分が死ねば、残された

両親が更なる悲しみを味わうことになると思いました。

 

それで彼女は、自分の辛さを隠し、両親の前では目いっぱい明るく振舞うように

しました。

 

そんな彼女ですが、数年後、彼女のことを理解してくれる男性が現れ、彼女は

めでたく結婚することができました。

 

彼女はこんな自分を愛してくれる彼の気持ちに、感謝しても感謝しても、

感謝しきれないほどありがたく思いました。

 

彼は彼女の目となり、指となり、彼女をやさしく支えてあげました。

 

そしてふたりの間には女の子がひとり生まれ、しあわせな生活が続きました。

しかしながら、そのしあわせはいつまでも続きませんでした。

 

娘が中学校に入ったばかりの頃、ご主人が重い病気にかかり、回復することを

切に願いましたが、その願いは叶わず、帰らぬ人となりました。

 

ご主人は犬が大好きで、ペットとして家族同様にかわいがっていました。

彼女は彼が、娘と同様にかわいがっていたペットの犬を抱きしめて泣きました。

 

毎日彼の愛した犬を散歩に連れて行くと、いつも亡くなったご主人のことを思い出し、

涙が止まらなかったようです。

 

神様、私は何か悪いことをしたのでしょうか、私がそんなに憎いのでしょうかと

こころの中で叫びました。

 

でも彼女は2度の試練を乗り越え、人間的に大きく成長し、人のこころの痛みや

辛さを理解し共感することができるようになりました。

 

そして彼女はとても優しく気さくな性格になりました。

 

私が彼女と会って1年ほど過ぎた頃、彼女は会社を退職することになりました。

 

私は彼女に、ここをやめて何をするのかと聞いてみました。

すると彼女はドッグカフェをやると言いました。

 

ご主人は彼女の将来のことを心配してたくさんの生命保険に入っていました。

彼女は何年も前からそれを使ってドッグカフェを作る計画をしていたようです。

 

私は彼女に、なぜドッグカフェをやるのかと聞いてみました。

 

彼女はペットの犬を愛していたご主人を忘れることはなく、犬を愛するお客と

毎日接することで、いつまでも彼女のこころに残しておきたいからだそうです。

 

そして彼女はご主人を愛する気持ちと同じようにお客を愛したいと言いました。

 

私は神様に今度こそは彼女をしあわせにしてくださいとお願いしました。

私は世のなかの人が決して彼女を見捨てることはないと信じました。

 

でもその心配は杞憂に終わり、彼女の気さくな性格は多くの客を呼び、常連客となり

今でもお店は安定的に続いているようです。

 

そして今でも、彼女のこころのなかにご主人は生き続けているようです。

美味しかったよ、ありがとう

 

私は食べ物のことが書いてあるブログを読むのが好きです。

 

多くの方が食べ物についてのブログを書いていますが、すべての人の

生活に欠かせないものだからでしょうね。

 

中でも、お料理のことが書いてあるブログを読むのが楽しいですね。

 

こころのこもったブログからは、そのお料理の出来上がった写真を見た瞬間、

きれいな出来栄えだけではなく、美味しい味と香りに温かさが伝わってきます。

 

もちろん出来上がるまでの過程を読者にわかりやすく説明してあるからですが

私はそのていねいな説明に、書いた人のこころの優しさを感じます。

 

誰でも簡単に作れます、あなたも一緒に作りましょうと私を誘っている

ような気がします。

 

その優しい誘いに、つい、私もその隣に並んで一緒に楽しく作りたくなります。

 

旬の食材を使った手作りのお料理は、作った方のこころが生き生きと躍動

しているように感じます。

 

私もその気持ちをいただくと元気で新鮮な気持ちになってしまいます。

 

私のブログはほとんど文字だけの簡単なものですが、お料理のブログって、とても

手間がかかると思います。

 

私はあまりお料理はしないし、お料理のブログを書いたことはありませんが、

頭の中で、私がお料理のブログを書く時のことを想像してみました。

 

まず、どんなお料理を作るのか考え、食材の買い出しから、調味料・調理器具の準備、

そして下ごしらえ、そしてやっとお料理を作り始め、作りながら手を止め、写真撮影、

 

出来上がったお料理を自分で食べてその出来具合を確かめる。

 

そして写真の選択・貼り付け、文章の作成、こんな感じでしょうか、間違って

いたらごめんなさい。

 

こんな大変なこと、とても私にはできそうにありません。

でも、お料理のブログを読むと、私は嫌なことを忘れ、こころが安らぎます。

 

できれば作った方とお話をしながら、一緒にそのお料理を食べることができたら

きっとしあわせな気分になることでしょう。

 

少し話は変わります。

 

昔と違って今の時代、皆さん忙しくて、お家で、家族そろってみんなで食事する

ことが少なくなったような気がします。

 

たまにみんなで食事をするとしても、スマホやテレビ、新聞などを見たりして、

食卓に並ぶお料理には無関心のように食べている方もいるような気がします。

 

これでは作った人がかわいそうですね、美味しいのかそうでないのか全然

気持ちが伝わってきませんね。

 

世界中から溢れる情報に気を取られ、昔ながらの手作りの料理には飽きて興味を

示さなくなったのでしょうか。

 

そんな情報の中にしあわせになるような何かいいことがあるのでしょうか。

食事中の会話が少ないと、家族の絆が弱くなってしまうような気がします。

 

今では、お惣菜を買ったり、外食をすれば、手軽に美味しい料理を食べる

ことができます。

 

でも、せっかく奥様やお母様が手間暇かけて作ったお料理も、こんな食べ方を

されたら作り甲斐がないと思います。

 

私はお料理のブログを読んで、作った人の気持ちが伝わってきました。

 

同じように家庭でも、奥様やお母様は時間をかけて家族のためにお料理を

毎日作っているのです。

 

こころを込めてお料理を作った人は、一緒に食べてくれた人たちに

「美味しかったよ、ありがとう」と言われれば、それが何よりもうれしいのです。

 

また次も美味しいお料理を作ろうと言う意欲が湧いてくると思います。

そしてこころが繋がり、家庭の平和が築かれるのかもしれません。

 

私の妻はあまりお料理はうまくはありませんが、私はお料理のブログを読んで、

こころを込めて作ってくれた妻に対して感謝したいと思うようになりました。

 

せっかくのお料理に無関心なあなたが、作った人に感謝の気持ちを伝えれば、

遠い世界ではなく、しあわせはごく身近な家庭の中に見つかるかもしれませんよ。

 

私はお料理のブログって、人に優しさと愛を気付かせる素晴らしいものだと

つくづく思いました。

田舎の道路

 

私は先日、1泊2日で都会に出張しました。

田舎暮らしの私には久しぶりの都会への出張でした。

 

仕事は順調に進み、2日目のお昼過ぎには終わりました。

時間に余裕ができたため、都会の街中を歩いてみました。

 

銀行に用事があったので探してみると、道路の向こう側に目的の銀行が見えました。

その道路は片側3車線の広い道路でしたが横断歩道が近くにありませんでした。

 

目の前に銀行があるのにどうやって行けばいいのだろうかと悩みました。

歩き行く人の流れの中、田舎者丸出しで立ち止まって周りをキョロキョロしました。

 

都会の人はみんな忙しそうなので人に聞くのは躊躇しました。

すると目の前に地下道の入り口が見つかりました。

 

私は階段を下りて地下道に行きましたが、そこにはたくさんのお店が並んでいて

どれもオシャレなお店ばかりでした。

 

とても私が入るようなお店ではないと思い、横目で見ながら通り過ぎました。

 

私は地下道を通って銀行にたどり着きましたが、私はびっくりしました。

 

銀行に入ると、まず、文房具や食器など、地域のこだわりの商品をセレクトした

お店があり、中央にはカフェがあり、壁側にATMがあるだけで、最初、ここが銀行

 

だとは思えませんでした。

 

私はATMで用を済ませましたが、通常の窓口業務は2階にあるようでした。

田舎者の私にとっては、まったく別の世界に入ったようで落ち着きませんでした。

 

警備の人に、ここは田舎者が来るところではないと言われないかと心配しました。

それから電車に乗って百貨店に行きました。

 

私が住んでいるところは、クマやマムシにご注意の看板が立っているような田舎で、

百貨店に行くのは久しぶりでした。

 

エスカレーターで売り場を眺めながら上の階へと上っていきました。

すると上のほうの階に紳士服売り場がありました。

 

私は何も買うつもりはありませんでしたが、スーツ売り場を見ていると

 

若くてきれいなお姉さまが、「いらっしゃいませ、お仕事帰りですか?・・・・」と

やさしく親しそうに声をかけてきました。

 

私のような田舎者にとっては、どんな高級なスーツよりも、彼女の声かけのほうが

よほど素晴らしく思えました。

 

何年も前に買った安物のよれよれのスーツを着た私に、ひとりのお客として声を

かけてくれたことが嬉しかったのです。

 

結局私はスーツを買いませんでしたが、都会の洗練された接客に危うく買わされる

ところでした。

 

そろそろ夕方になりました。

早くしないと私の大嫌いなラッシュの時間になります。

 

その日の朝は、あのラッシュの速足で歩く人たちに、邪魔だ早く歩けと押し倒され

そうになりました。

 

田舎はそんなに急がなくてもゆっくり歩けるのです。

 

都会でラッシュ時にゆっくり歩くと、乗降客で駅が溢れてしまうので

仕方なく速く歩かされるのなら、それはかわいそうなことですね。

 

こうやって私の出張は終わり、家に帰ってほっとしました。

 

そして出張の翌日のことです。

 

私の会社は駐車場が少し離れたところにあり、会社に行くまでには道路を渡って

いかなければなりません。

 

その道路はクルマの交通量は少ないほうで、都会と違って道幅が狭く、

まっすぐで見通しのいい道路です。

 

しかし横断歩道が50mほど離れているのでそこまで歩くと時間がかかるので

みんなそのまま横断歩道を無視して直進して渡ります。

 

都会と違って、地下道や横断歩道がなくても渡れます。

 

私が出勤時にそこに差し掛かった時、私の会社の女性社員がその道路を渡ろうと

待っていました。

 

私は彼女に気付き、ゆっくり停車して、どうぞ渡って下さいと合図しました。

 

すると彼女は笑顔で頭を下げ、私に手を振ってクルマの前を横断しました。

私は朝からとても気持ちがよく感じました。

 

その後職場で出会い、彼女は、さっきはありがとうございました、あなたは

思った通りのやさしい方ですねと言いました。

 

彼女の言葉は、百貨店の販売員のように巧みな話術で私を誘うのではなく、

素朴で私のこころにやさしく響きました。

 

都会ではこんなことはあまりありませんね。

 

田舎は都会と違って華やかさはありませんが、やはり私にはのんびりした

田舎のほうが似合っています。

しあわせの涙

 

私たち夫婦のお金の管理は、男性である私がいつもしています。

 

多くの人から聞くと、ほとんどが奥さんがお金の管理をしていて、その中から

ご主人はお小遣いをもらっているようです。

 

私の家も結婚当初は妻がお金の管理をしていましたが、お金の使い方が下手で、

使いすぎて次の給料日までになくなってしまうことがよくありました。

 

そのため今では、私がもらった給料は食費と光熱費などだけ妻に渡して、

残りは私が管理しています。

 

私の妻は以前、軽い脳梗塞にかかり、それ以来仕事はしていないのですが、今では

私の毎月の少ない給料から渡すお金の中で、きちんとやりくりするようになりました。

 

でも、最近物価が上がり始めましたが、私の給料は全く増えていません。

 

給料の中から妻に毎月渡す金額を増やしてあげたいのですが、将来のことを

考えると余裕はないし、私のお小遣いを減らすのも辛いです。

 

日々の家の食事も、おかずがだんだん質素になってきたような気がします。

 

話しは変わりますが、以前、私がテレビを見ていた時、何かの番組の中で、

もしあなたが生まれ変わったら、いまの奥様やご主人ともう一度結婚しますかと

 

街行く人々にインタビューしていました。

 

答えた人の声は様々で、男性では、絶対今の妻とは結婚しないという人と、

生まれ変わっても今の妻と結婚すると言うのが半々くらいだったと思います。

 

私はそれを見て、私だったらどうするだろうかと考えてみました。

 

新婚当時はやさしかった妻ですが、だんだん妻の座に胡坐をかき、強くなって、

私を粗大ごみのように、丁寧に扱わなくなってきたような気がします。

 

私はそれを考えると、世界中にはたくさんの女性がいるわけだから、

別に今の妻ではなくても、私と気が合う女性はたくさんいると思いました。

 

私は、同じ人間ならどんな女性とでも相手のことを理解してこころが通じれば

うまくいくはずだと思いました。

 

なので私は生まれ変わったら別の人と結婚してもいいと思いました。

 

話しは戻ります。

 

最近私が妻と買い物に行った時、妻は少し足を引きずり、時々立ち止まり、

歩きにくそうにしていました。

 

私はそのときあまり気にしていませんでしたが、ある時妻が本屋さんで

健康本のコーナーで立ち読みをしていました。

 

私は横からのぞき込みました。すると膝の痛みについての本でした。

私はその時初めて妻の膝が悪くなっていて歩きにくいのだと知りました。

 

私は妻に膝は大丈夫かと聞いたところ、妻は大丈夫だから気にしないでと

言いました。

 

いつも我慢強く弱音を吐かない妻が、膝の痛みの本を読んでいたのは

相当辛かったのだと私は思いました。

 

私が家に帰って話を聞いたところ、お金がなくて、膝の薬を買えないよう

でした。

 

私は思いました、もし私が妻の膝のことに気付かなければ、妻はどんなに

痛みを我慢し続けたのだろうかと。

 

私の不甲斐なさで、こんなに妻に苦労をかけたのかと思うととても情けない

気持ちになりました。

 

でも、先日、少ないお金の中から、私の誕生日にはステキなハンカチを

プレゼントしてくれました。

 

そのハンカチを見て、私は妻が、私の悲しい涙をこれで拭いて頂戴と言って

いるように思いました。

 

私はすぐにお小遣いの中から膝の痛みを和らげるお薬を買って妻に飲ませました。

すると1週間も経たないうちに効き始め、今ではとても楽になったようです。

 

その時までは、私は生まれ変わったら別の女性と結婚してもいいと思っていましたが、

妻はどう思っているかはわかりませんが、私は生まれ変わっても、今の妻と

 

結婚して、今度こそは妻を楽にしてあげたいと思うようになりました。

 

そしてこのハンカチで、妻のしあわせの涙を拭いてあげたいと思います。

 

こころが繋がっていれば、人と人との縁は死んでも簡単に切れるものでは

ありませんね。

採れたての新鮮なタケノコ

 

私の会社にも毎年春には人事異動があり、新しい出会いがあります。

 

今年も私のいる支店でも数名の社員が入れ替わりました。

みんな張り切っていて、早く新しい環境に慣れようとしているようです。

 

私はその人たちを見て、私が以前、この支店に人事異動で赴任してきた頃の

ことを思い出しました。

 

私は生活環境の変化に対応するのが苦手な人間です。

私はいつも人事異動の時期になると不安な気持ちで働いていました。

 

もし県外の遠くの支店に異動になるとしたら、引っ越しのために

家を探さなくてはならないし、引っ越しシーズンでは引っ越し業者の手配も大変です。

 

引っ越し前後の荷物の整理の大変さを考えると憂鬱でした。

そのときは運よく、家から通える近くの支店に異動となりました。

 

引っ越しはしなくて済みましたが、職場環境が変わることが不安でした。

一番の不安は、新しい支店で一緒に働く人たちとうまくやっていけるかどうかと

言うことでした。

 

新しい支店に初出勤の日は少し早めに家を出て、緊張した気持ちで会社の

通用口を通りました。

 

そこには警備の人がいたので、今日からここでお世話になりますと挨拶をすると

とても人の良さそうな人で、笑顔で、こちらこそよろしくお願いしますと言いました。

 

その親しみのある笑顔は私の不安と緊張感をやわらげてくれました。

そして事務所に入ると、支店長が早めに出社してひとりで仕事をしていました。

 

私が挨拶をして名前を名乗ると、彼は、初めまして私が支店長の○○ですと言い、

まだ仕事始めまで時間があるから、食堂でコーヒーでも飲もうと私を誘いました。

 

そして私の今までの経歴や趣味などを聞き、その後の朝礼で支店のみんなに

私のことを紹介してくれました。

 

そして私はみんなの前で自己紹介しましたが、みんなの目は興味本位で珍しい

ものでも見るように私に向けられました。

 

私はそのとき、よそ者が来てこれからどんなことをするのか見てやろうと

言うような視線を感じました。

 

前にいた支店の人たちは私と仲が良く優しい人ばかりだったのに、この人たちは

とても冷たそうな人ばかりだと思いました。

 

朝礼が終わって私の部署に行きましたが、さっき私を注視していた人たちは

打って変わって、私を無視したように自分の仕事に入りました。

 

私は遠慮がちに必要最低限の仕事の話だけはしました。

 

そしてお昼になり、食堂でお昼ご飯を食べましたが、周りは知らない人ばかり、

ひとりで黙って食べるご飯はとても味気ないものでした。

 

それから男子休憩室に行くと、数人が休憩をしていて、テレビを見たり本を

読んだりスマホを見たりしていました。

 

私はみんなから少し離れたところで黙って、テレビを見るのではなく眺めました。

お笑いのような番組をやっていましたが、私にはちっとも面白く感じませんでした。

 

私がひとりで寂しそうにしているのに気付いたのか、近くにいた私と同年代くらいの

社員が、私に話しかけてきました。

 

彼はとても優しそうな人で、私の不安な気持ちを理解してくれたのでしょう。

話してみると彼とはとても気が合い、仲が良くなり、すぐに親しくなりました。

 

その後、彼は家の近くで朝採れた大きなタケノコを会社に持ってきてくれました。

採れたばかりの新鮮なタケノコは自然の香りが漂っていました。

 

彼は私に、採れたてのタケノコのおいしさを是非とも味わってほしいと言いました。

彼は親切にも、米ぬかと唐辛子も用意してくれていました。

 

家に帰って茹でて食べたタケノコは柔らかくてとてもおいしいものでした。

 

私はタケノコを食べながら彼の素朴で飾り気のないこころに愛を感じました。

それから私は、彼を起点としてだんだん同僚とのこころの輪が広がりました。

 

こうして私は今の支店に慣れてきました。

それから私は彼を大切な人だと感じるようになり、今でも友情が続いています。

 

今では、前の支店以上に仲のいい同僚に囲まれて仕事をしています。

 

世の中にはいい人がたくさんいるのに、人事異動の度に不安になる私は

まだまだ人生の未熟者なんでしょうね。

 

みなさんは私のように人事異動で不安な気持ちになりませんか?

愛の欠乏症

 

私の会社の同僚で、いつもいつも上司から叱られている人がいました。

 

その人は私より5年後輩の男子社員です。

私はいつも叱られている彼を見て、かわいそうになりよく慰めていました。

 

私の場合、上司が私の能力のなさをよく知っていたので、あまり期待されて

いませんでした。

 

なので私は彼ほど叱られることはありませんでした。

 

彼の場合はまだ期待されていたようで叱られていましたが、かなりストレスを

感じていたようです。

 

彼は仕事以外に家庭や世間でもストレスを感じることがよくあるようでした 。

 

私はのんびり屋であまり物事にはこだわらない性格です。

 

彼は、短気で感情的になりやすく、思うように物事が進まないとイライラする

神経質なタイプでした。

 

性格が正反対なふたりでしたが、私が彼の気持ちを理解してやさしく対応して

いたので、いつも彼は私を慕ってくれて、彼はとても仲の良いかわいい後輩でした。

 

しかし彼をまったく理解しない人に対しては、彼はとても強い態度で口撃しました。

 

ある日の夕方、彼はスーパーでふたりの子供のために同じお弁当を2個買いました。

 

家に帰って子供が食べようとしたところ、1個のお弁当にだけ、半分に切った

ゆで卵が入っていませんでした。

 

早速彼はスーパーに、1個のお弁当にゆで卵が入ってなかったので、これから

10分以内に家までゆで卵を持ってきてくれと怒って電話しました。

 

彼はふたりの子供が一緒にお弁当を食べるために待つのは、10分くらいが限度だと

思ったからでした。

 

でも、クルマで急いでもスーパーから家までは10分くらいはかかる距離でした。

 

スーパーの担当者は慌てて材料を探して急いで持ってきましたが、結局20分以上

かけてゆで卵を持ってきました。

 

彼はどうして10分以内に持ってこなかったのかと、子供がお弁当を食べ終わるまで

延々とスーパーの担当者に苦情を言い続けました。

 

それでなくても夕方の忙しいスーパーの担当者は、彼の理不尽な要求と苦情に

時間を取られ悲痛な思いで耐えました。

 

彼はスーパーの担当者に恨みでもあったのでしょうか。

スーパーの担当者は、彼のストレスの発散のための犠牲になったのかもしれませんね。

 

別の日のことですが、彼が家電量販店行ったとき、買いたいと思った商品が

品切れでした。

 

彼は販売員を呼び、すぐほしい、この商品はいつ入荷するのかと聞きました。

しかし、その販売員は入荷予定日がはっきりわかりませんでした。

 

販売員は彼が急いでいるようなので、親切に、在庫のある同じタイプの別の商品を

勧めました。

 

彼は販売員が気が弱そうだったので、この商品が欲しいと言っているのにほかの

商品を勧めるとはどういうことか、誰がそんな教育をしたのかと怒り始めました。

 

困った販売員は店長を呼んできますと言って店長が対応すると、彼は別人のように

おとなしくなりました。

 

彼は立場の弱い人には強いのかもしれませんね。

 

また、お昼に彼がお店にご飯を食べに行った時のことです。

ちょうどみんなの食事どきでお店は混んでいました。

 

彼は注文したランチがなかなか来ないので店員に、もう10分以上も待っているのに

まだか、早くしてくれと言いました。

 

その店員は、ごめんなさい、今は一番忙しい時間帯なんです、みなさん待って

いらっしゃいますと言いました。

 

彼はその店員の対応した言葉が許せなくて頭に血が上りました。

彼は、激怒して、客を待たせるのが当たり前なのか店長を呼べと言いました。

 

その店員は彼の剣幕に驚き、慌てて店長を呼びに行きました。

そして多くのお客の前で、店長は何度も何度も彼に頭を下げました。

 

店長は大勢の前で恥をかき、周りのお客は楽しいはずのランチタイムが

台無しになりました。

 

彼はこのお店に恨みでもあったのでしょうか。

 

実は、彼は会社だけではなく奥さんからもダメ人間と評価されていたようです。

 

なので彼は、お客の注目を集めることで自分の存在感を示したかったのかも

しれませんね。

 

このように彼はストレスのせいで自分の感情をコントロールできなくなったようです。

彼は自分のストレス発散のために周りに苦情を寄せるのでしょう。

 

もしかしたら世間の人は、彼のことをクレーマーと呼ぶかもしれませんね。

クレーマーの存在で悩んでいる人たちはたくさんいると聞きます。

 

でも私が思うには、私が彼のことを理解してあげることでとても仲がいいのは、

彼は愛に飢えているのではないかと思います。

 

私は彼のことをクレーマーと呼ぶのではなく、愛の欠乏症と呼びたいと思います。

愛があれば、私にだけではなく、彼は誰にでもやさしくなれると思います。

 

最近クレーマーが増えているのは、世の中に愛が不足しているような気がします。

 

私はこの地球が、みんなで助け合う、愛で溢れる世の中になることを

こころから願います。

ペットを愛する人

           今年最後のお花見に行った時の写真です。

 

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先日お天気がよかったので、公園の周りをウォーキングしました。

 

そこでは子供たちが野球をしたり、テニスをする大人たちもいました。

広い公園なのでいくつもの階段がありました。

 

そのとき私の前に、子犬を連れた男性が歩いていました。

 

その男性が階段を上っていると、子犬が彼の足元にまとわりつき戯れていました。

私はあまりにも足元近くを動き回るので、子犬が足で踏まれないかと心配しました。

 

そしてしばらくすると、子犬は先に階段を上り切り、早く上っておいでよと

その男性を呼んでいました。

 

私はそれを見るととてもかわいく感じました。

 

遅れて階段を上り切った男性は、飛び込む子犬を両手で抱き上げました。

抱き上げた子犬は男性の顔を舐めまくり、大喜びしていました。

 

無邪気な子犬はきっとその男性に愛されているのだろうと思いました。

私には、まるで本物の親子のように思えました。

 

日本ではペットを飼育する人が増えているように感じます。

ペットを子供代りにしたり、独身の人が家族のような気持ちで飼うのかも

しれませんね。

 

動物が好きだと言うだけではなく、寂しいこころの穴を埋めるためにペットを

飼う人もいるのかもしれません。

 

ブログを読んでいても、ペットを家族のように可愛がることで、生きていく辛さや

孤独の寂しさを紛らわせ、人のこころは癒されているような気がします。

 

以前、私の会社の一人暮らしの女子社員が、ペットのウサギが餌を食べなくなり

心配なので病院に連れて行くから、午前中休ませてくれと連絡がありました。

 

まるで自分の子供を心配するような気持ちだったのかもしれません。

でも、困った時に頼ることができる友人や親せきがいないのは悲しいことです。

 

話しは変わりますが、私の記憶では、2021年の世界の幸福度ランキングを見ると

日本は56位だったと思います。

 

日本はGDPが世界第3位で経済的には豊かな国のはずですが、幸せはあまり

感じられていない様です。

 

日本の幸福度ランキングが低いのは、「人生の自由度」と「他者への寛容さ」の

ポイントが低かったからのようでした。

 

前者では職場の中で自分に合った働き方を自由に選択できない、

後者は積極的に寄付をしたりボランティア活動に参加する風習が根付いていないと

 

言われているようです。

 

経済優先で豊かになった日本ですが、個々の人を見ると所得格差が広がり

生活に困っている人がたくさんいるような気がします。

 

お金のために自分を犠牲にして社畜のように働く人生はかわいそうですね。

家族のために寝る時間を惜しんで働いても、幸せになるとは限りません。

 

思うように生きられないし、人と人とのこころの繋がりがないギスギスした

世の中でこころの病を抱えている人が増えているような気がします。

 

幸福を感じられない日本人は、生活の中でペットを飼うことにより幸福を感じようと

しているのでしょうか。

 

日本人がペットを愛する気持ちがよくわかります。

ペットは人の気持ちを癒してくれるとても大切な存在かもしれませんね。

 

ペットは汚れのない純真なこころを持つ子供のようにかわいいのでしょう。

孤独な人には、こころを許すことができる唯一の存在かもしれません。

 

その反面、人に愛を感じることができなくて、ペットしか愛せない人が

いるとすればとても悲しく思います。

 

私はペットと同様にもっと人と地球を愛するこころを持ってほしいと思います。

 

ペットを愛する人には悪いのですが、出世を望まないで自分らしく生きることと

すべての人を愛したい私には、ペットはいてもいなくてもどちらでもいいのです。

 

私はお金がなくて貧乏ですが、田舎に住み、自由な気持ちで、人と人とのこころの

繋がりがあるスローライフを満喫しています。

 

私は人と自然を愛し、お互いを助け合う生活こそ幸せではないかと思います。

私はお金よりも愛のほうを大切にしていますがそれでも十分生きてきました。

 

私はみんなが自由に生き、人と自然を愛することで、日本の幸福度ランキングが

少しでも上ればいいなと思います。

愛ある発注

 

私の友人に食品スーパーの店長がいます。

随分前のことですが、彼と会って仕事の話を聞いたことがあります。

 

店長と言っても、本社からのメールチェックや部下への連絡業務だけではなく、

忙しい時は売場に出て、商品の補充を手伝うようでした。

 

彼は店長になったばかりで、まだお店のことはよくわかっていませんでした。

 

そのスーパーには多くのパートさんが働いていましたが、彼はそのうちの

ひとりがとても優秀だと思いました。

 

そのパートさんは、調味料やお菓子、インスタントラーメン、缶詰、砂糖など

比較的賞味期限の長い商品を販売する部門で働いていました。

 

彼は彼女の働きぶりを見て、こんな人がお店を支えてくれているんだなと思いました。

彼女は毎日精力的に働き、常に工夫をし、売り場をしっかり管理していました。

 

彼女はパートでありながら、責任感が強く、毎日1,2時間は残業していました。

彼は忙しく働いている彼女のお手伝いをしながらよく話しかけました。

 

あなたはいつも頑張って働いていますね感心しますと彼女に言いました。

 

すると彼女は、私はこのお店が大好きで、お客様の期待を裏切らないように、

絶対品切れがないように発注をするのが私の仕事ですと言いました。

 

彼は仕事に真剣に取り組む彼女を優秀社員として表彰してあげたいと思いました。

そんな彼女ですが、同じ部門の女性たちからはとても嫌われていました。

 

実は彼女、多くの在庫を抱えて必要以上に時間をかけて働いていたのでした。

 

彼女は絶対に品切れがないようにと、多くの数量を発注するので、いつも

在庫置き場には商品が山積みでした。

 

あまりの商品の多さで中が見えないゴミの山のようでした。

同じ部門で働く人たちは、その商品の山を見ていつもうんざりしていました。

 

そのため、売り場でお客に、この商品もっと欲しいので在庫はありますかと

聞かれ、在庫置き場に戻って商品を探すのにはとても時間がかかりました。

 

3,4分かけてやっと商品を見つけて売場に戻ると、待たされるのが嫌なお客は

すでにどこかへ行ってしまったということがよくありました。

 

また彼女の休みの日に、お店が忙しく、売場の商品整理が十分できないことが

ありました。

 

次の日彼女が出勤して開店前の売場を見て、昨日の出勤者は誰?、全然仕事を

していないじゃないとみんなに言いました。

 

みんなの顔は一瞬青ざめて、その場には冷たい空気が流れました。

 

彼女はこの部門で10年以上働いているベテランです。

他の女性は長くても3年でほとんどが勤続年数が少ない人ばかりです。

 

彼女はベテランなのでたくさん商品があっても管理できますが、

他の人はその管理が難しく、たくさんの在庫は仕事を遅くする原因でした。

 

彼女は新しい人が入ってくると自分の思うように働いてくれないといやでした。

 

気に入らない人には、在庫置き場の整理ができていないと、ここはあなたの

お家のように散らかしっぱなしにしないでよ、ここは会社なのよと言いました。

 

そんな屈辱的なことを言われると、プライドのある人はすぐやめてしまいました。

 

多くの在庫は商品を愛する気持ちを奪い、その扱いに負担を感じさせました。

そんな彼女の部門は人が定着しなくて、いつも人手不足で大変でした。

 

ある時、彼女が家で家事をしている時、躓いて打ちどころが悪く、足の小指を

骨折してしまいました。

 

当分彼女は仕事を休むことになり店長は困りました。

 

そこへ同じ部門の中から、もっと商品に愛情を持って発注したいと言う女性が

手を上げました。

 

その女性は商品のことはよく知っていましたが発注は初めてでした。

 

彼女は商品を大切にするために在庫を極端に絞り、ひとつひとつの商品に大きな

愛を注ぎました。

 

最初は品切れもありましたが、次第に慣れて品切れも減ってきました。

 

在庫削減で在庫置き場がすっきりし、誰が見ても、何がどこにあるのか

わかるようになりました。

 

そして仕事がやりやすくなり、お客の在庫の問い合わせにも時間がかからなくなり、

みんなの仕事が楽になりました。

 

みんなが商品を大切に扱い、大量のゴミの山のように見えていた在庫が

希少な宝物のように見えるようになりました。

 

限りある資源、大切にしなければなりませんね。

 

彼女の愛ある発注はみんなを幸せにしたのです。

 

どうぞ骨折したパートさん、ゆっくり休んで下さいねとみんなが思いました。