なってみなければわからない

 

私は家の近所に小さな畑を借りて、家庭菜園で野菜を作っています。

 

そろそろ秋植えの野菜で何かいいものがないかと思って、近くのホームセンターに

行きました。

 

今の時期では大根、キャベツ、ハクサイ、ほうれん草、春菊、ブロッコリー

などがいいようですね。

 

私がどれにしようかと迷っていると、私の後ろから、「お元気ですか?」と中年の

女性が声をかけてきました。

 

私は彼女の顔には見覚えがあるのですが、すぐには彼女が誰なのか

思い出せませんでした。

 

私が困惑した顔で彼女を見ていると、「いつも義母のことで悩みを相談していた

○○よ、覚えていませんか」と笑顔で言いました。

 

私は思い出しました、もう10年以上前でしょうか、私の会社のある支店の

同じ部署で働いていた女性でした。

 

彼女に、「少し時間があるならお話をしませんか」ときれいなお花がよく見える

ベンチに誘い、自販機でコーヒーを買って座りました。

 

ふたりはコーヒーを飲みながら、一緒に働いていた当時のことを思い出しながら

話しが弾みました。

 

彼女は子供の頃から身体が弱く、よく病気で学校を休んでいたようです。

彼女の母親は病弱な彼女を心配して、やさしく彼女を育てたようでした。

 

そんな彼女は高校を卒業して私のいる会社に入社しましたが、病弱な彼女は

時々体調を崩して欠勤することがあったようです。

 

彼女が20歳の時、同じ支店の10歳年上の男性に、真面目な勤務態度が気に入られて

結婚することになりました。

 

彼は長男であり、ふたりは彼の実家で彼の両親と同居することになりました。

 

結婚当初、義母は彼女にやさしかったのですが、彼女の家での働きぶりを見て

だんだん厳しくなりました。

 

義母は学生時代スポーツ万能で身体を鍛え、家では母親から厳しく躾られ、

心身ともに頑強な女性でした。

 

若い頃は一晩、二晩徹夜しても全然平気なほど健康だったようです。

そんな義母から見る彼女は、とてもだらしなく思えたようです。

 

義母は朝早くから炊事、洗濯、掃除を完璧にこなし、率先して町内会の役員の

仕事に取組み、趣味でコーラスにも参加していました。

 

義母は彼女のすることなすことすべてケチをつけました。

 

ご飯の炊き方、洗濯物の干し方・たたみ方、掃除の終わったあとのホコリのチェック。

そして、あなたのお母様は今まであなたにどんな教育をしてきたのといじります。

 

病弱だった彼女をやさしく愛して育ててくれた母親の悪口を言う義母には

彼女は腹が立ちました。

 

彼女が一番悔しかったのは、親戚が集まるお正月、義母が親戚の人たちに、

「うちの嫁はさぼってばかりでちっとも仕事をしない」と陰口をたたいたのを

 

聞いた時でした。

 

でも彼女はいつも身体がだるくて、義母のように元気に振舞うことは

できませんでした。

 

彼女の旦那はいい人で、ふたりの仲が悪くてもどちらの味方にもならず中立でした。

もし彼が義母の味方をしたらきっと彼女は離婚していたと言います。

 

私は彼女の悩ましい話を聞いて、「まるであなたは悲しいドラマの主人公ですね」と

笑うと、「私の話しを茶化さないで」と真剣に怒られた記憶があります。

 

そんな彼女でしたが今はどうなっているのかと聞くと、あの鬼のようだった義母は

2年ほど前に脳梗塞で半身不随となったそうです。

 

母親からやさしく育てられた彼女は、身体の不自由な義母の面倒をみるのは

憎くても、人として当然のことだと思いました。

 

そんな彼女は義母の身の回りのお世話をすべてしていたようでした。

でもその義母も今年の春に亡くなったそうです。

 

私は彼女に、「やっとあなたの肩の荷が下りたね」と言ったところ、彼女は

「こころに穴があいたようでとても寂しい」と辛そうでした。

 

どうしたのかと思って理由を聞くと、彼女が身体の不自由になった義母のお世話を

していて、亡くなる少し前に言われた一言が忘れられないようでした。

 

「ごめんなさい、あなたはとても優しいのね、私はこんな身体になって初めて

あなたの身体の辛さがわかりました。

 

私は、あなたの体調が悪い時、怠けないで気合を入れて頑張りなさいと

カツを入れました、辛かったでしょう。

 

健康な私にはあなたの気持ちがわかりませんでした、どうか今までの私を

許してください」と涙を流して謝りました。

 

それを聞いた彼女は、今までの苦しみや義母に対する恨みがすべて消えました。

こころがつながることは憎しみが愛へと変わる瞬間でした。

 

私は彼女からいい話を聞きました、こんな話を聞くと生きることって

とても素晴らしいことなんだと感動しました。

 

その日はきれいなお花に囲まれて、とてもしあわせな気分でした。

こころに正直であること

 

みなさんは仕事が辛くて辞めたいと思ったことはありませんか?

 

どんな仕事でもお金をもらって働くということは大変だとつくづく感じます。

ストレスを抱えながら我慢して仕事をしている人もたくさんいるでしょう。

 

私は会社のみんなから、あなたはいつもマイペースで仕事をしていてストレスが

なさそうなので、羨ましいと言われます。

 

でも私は、朝起きて、今日も楽しく仕事をしようとワクワクする気分には

めったになりません。

 

私は学校を卒業してから今の会社でずっと働いていますが、会社を辞めたいと

思ったことは何度もあります。

 

一度や二度ではありません、両手両足で数えきれないくらいあります。

 

重要な仕事で失敗をして周りのみんなに大変な迷惑をかけた時、大嫌いな

上司に理不尽な扱いを受け、悔しくて力いっぱい両手の拳を握りしめた時などです。

 

私の会社員生活は失敗続きでした、よくここまで仕事が続けられたと思います。

 

でも私の給料で生活している家族のことを思うと会社を辞めることはできません。

この年齢で会社を辞めたら、どこも正社員で私を雇ってくれるところはないでしょう。

 

リストラで会社を去る上司に、涙ながら、お前は絶対会社に残れよと言われたことは

今でもこころの中に強く残っています。

 

そんな私ですが長く今の会社に勤めていると部下から何度か転職の相談がありました。

 

理由を聞くと、今の仕事が面白くない、給料が安い、将来性がない、仕事が辛い、

人間関係がうまくいかないなどいろいろな悩みがあるようです。

 

私は特に、人間関係がうまくいかなくて会社を辞めたいと思っている人には、

絶対に会社を辞めてはいけないと言います。

 

私の会社には様々な家庭環境の人が集まって仕事をしています。

 

独身の人もいれば、家族持ちの人もいるし、幼い子を持つシングルマザー、

親の介護をしながら仕事との両立に苦労している人もいます。

 

また、元気で明るい人だけでなく、体調不良や様々な原因でこころの病で

苦しみながら働いている人もいます。

 

みんな自分が生きていくことに必死なんでしょう、他の人のことを気遣う余裕が

ない人もいるかもしれません。

 

そんな中ですべての人と良い人間関係を築くことはとても難しいことだと思います。

どこの会社でも自分とは合わない人は必ずいると思います。

 

なので、ここの会社がいやで転職しても、必ず良い結果が出るとは限りません。

 

会社には様々な人がいますが、唯一の共通点は、この会社で一緒に働いていると

いうことです。

 

私はこの広い世界で偶然にこの会社に集まった人たちとの縁を大切にしたいと

思います。

 

ある時、入社2年目の男子社員が会社を辞めたいと私に相談に来ました。

私は彼に、あなたはどんな仕事がしたいのかと聞いてみました。

 

すると彼は、今より精神的・肉体的に苦痛がなく、少しでも給料の高いところに

再就職したいと正直に彼のこころの中を話してくれました。

 

私も彼と同様、会社を辞めたいと思うことはよくあり、彼の気持ちも理解できます。

でも私は、安易な気持ちで転職を考えている彼の将来が、とても心配になりました。

 

私は噓も方便、彼を何とか引き止めたくて彼の転職の悩みに対して、こころにも

ないアドバイスをしました。

 

いくら会社の仕事が辛くても、あなたを愛して成長させてくれる試練だと思えば

気持ちが楽になります。

 

給料が安いのは仕事を愛していないからです、仕事を愛せば必ず業績がよくなり

給料は上がります。

 

仕事が面白くないのは感動がないからです、みんなで会社を愛せば共感が生まれます。

生きたこころで会社に活力が湧いてきます。

 

愛で結ばれた人間関係はしあわせの世界です。

 

私がこんな気持ちを熱っぽく語って彼を何とか引き止めようとしましたが、結局、

私の気持ちが伝わらず、残念ながら彼は会社を去っていきました。

 

会社を辞めたいと思いながら我慢して働いている私のアドバイスは、説得力が

まったくなかったのでしょうね。

 

私のこころは見透かされていたようです、私に相談しなければよかったのです。

今から思えば顔から火が出るような恥ずかしいアドバイスでした。

 

もう一度聞きます、みなさんは仕事が辛くて辞めたいと思ったことはありませんか?

 

そうなんです、宝くじが当たって早く仕事をリタイアしたいというのが私の本心です。

 

嘘をついてはいけません、人はこころに正直でなければいけませんね。

小いわしのお刺身

 

私の学生時代の友人にお魚屋さんに勤めている人がいます。

 

私は彼の謙虚で誠実な生き方が好きです。

学生時代から彼は真面目で人の面倒見のいいやさしい男性でした。

 

お魚屋さんの朝は早いようです。

毎朝、5時前には起きてクルマで仕事に出かけます。

 

夏の朝はいいのですが、冬の朝の寒さと暗さにはこころが折れそうになるようです。

そして辛いのは、仕事が終わった時の体に染みついた魚の生臭いにおい。

 

家に帰るとすぐお風呂に入って、着ていた衣類は専用の洗剤に漬けて

臭いを取り除きます。

 

そんな彼ですが、私にいつも言う言葉は、何も心配事がなく健康で少しのお金が

あれば、それだけでしあわせだと言います。

 

彼は人からよくしあわせそうだと言われるようですが、実はそんな振りをして

いるだけ、他の人と同じように心配事や悩みはあるそうです。

 

仕事が終わって彼が家に帰ると、うつ病で苦しむ、暗く沈んだ気持ちの奥さんが

彼を待っているそうです。

 

彼女はいつも睡眠不足で食欲がなく疲労感があるようで、どうにもできない

気持ちの落ち込みは彼には申し訳なく、死んでしまいたいと訴えてくるそうです。

 

症状がひどくなると追い詰められたような精神状態になり、顔つきが変わって

くるそうです。

 

本来なら家庭は仕事から解放された癒しの場ですが、重苦しい雰囲気の彼の家庭は

そうではなかったようです。

 

彼女は彼に、自分のどうにもならないうつ病に責任を感じて、離婚してもいいと

涙ながらに言ったそうです。

 

でも今まで連れ添ったのも何かの縁、見捨てるわけにはいきません、彼は人生を

かけても彼女のこころの病を治してあげたいと思いました。

 

彼は妻の涙を笑顔に変えてみせるとこころに誓いました。

 

話は彼の仕事に戻ります、彼はいろいろなお魚を調理しますが、いつも心がけている

ことは、鮮度のいいお魚を丁寧に調理して、お客さんに喜んで食べてもらうことです。

 

彼がお客さんにお勧めなのが小いわしのお刺身です。

 

小いわしのお刺身は手間がかかりますが、お財布にやさしくて、

とても美味しく、お酒の肴には最高だと言います。

 

いつも彼は、奥さんに早く元気になってもらいたいという気持ちを込めて、

小いわしのお刺身を作っているようです。

 

小いわしのお刺身の作り方ですが、たくさんの小いわしを冷水につけて冷やして、

よく洗います。

 

うつはいい加減にしてくれというこころの怒りを冷まして冷静に、そして彼女の

重く沈んだこころをきれいに洗い流すように。

 

新鮮な小いわしは触ると張りがあってぷりぷりしています。

彼のこころがいつも新鮮で、新婚当時の気持ちを忘れていないように。

 

そして包丁で頭を取って、腹から内臓を丁寧に取り除きます。

彼女がうつになった原因を見つけてそれを丁寧に取り除くように。

 

それが終わったら、親指で腹を開き、背骨が残らないように、やさしく

丁寧に取り除き、背びれも取り除きます。

 

彼のこころにトゲが残っていて、彼女のデリケートなこころを傷つけないように。

 

そしてボールの水を替えてよく洗います。7度洗えば鯛の味と言われます。

よく洗うことで青魚の臭みがまったくなくなります。

 

彼女のこころの傷を何度も何度も洗い直し、彼女のこころの傷を治すことで、

彼女の本来の素晴らしさを引き出すように。

 

最後に大根のつまを下に敷き、大葉を重ねて小いわしを乗せます。

そして生姜を添えれば出来上がりです。

 

彼女を支えながら愛してやさしく寄り添うように。

 

小いわしのお刺身づくりは奥さんに対する彼の人生そのものです。

彼女に対する熱い気持ちが伝わってきました。

 

彼は家でも彼女のためにこころを込めて小いわしのお刺身を作ります。

 

彼は妻とふたりで新鮮な小いわしのお刺身を食べながら、妻が美味しいねと笑顔を

見せる時がこれ以上ない、本当に本当に、最高のしあわせだと言います。

 

彼は彼女の笑顔を見ると勇気が湧き、生きていることのしあわせを感じるそうです。

彼の話を聞いて私は感動で涙が出そうになりました。

 

私はうつを治すには、彼が奥さんを愛することが一番の特効薬だと思いました。

 

彼の溢れんばかりの愛はきっと奥さんのうつ病を治し、彼が誓ったように、

いつかは彼女の顔には満面の笑みが戻ってくると私は思います。

敬老の日

 

先日、仕事のお休みの日に、私は趣味のウォーキングを兼ねてスーパーに

買い物に行きました。

 

そのスーパーは家から歩いて20分ほどのところにあるのですが、ウォーキング

するにはちょうどいい距離です。

 

私はウォーキングをすることで日頃たまったストレスを解消することにしています。

 

果物コーナーを歩いていると、とてもおいしそうな桃が並んでいました。

よく見ると、皮が薄黄色のものや赤くて黒ずんだものがありました。

 

私は店員さんに、この皮の黒くなった桃は鮮度が悪いのですかと聞きました。

 

すると店員さんは、これは袋かけしないで育てると赤黒くなるのであって

糖度が14度以上で甘くて美味しいですよと教えてくれました。

 

桃について何も知らない私は、その時とても恥ずかしく思いました。

 

私はここまで歩いて来たご褒美に、2個入りの桃を1パック買いました。

私はウォーキングが大好きなのでいろいろ理由をつけて歩きます。

 

こうやって自分で目的を作って歩くのは楽しく、クルマでさっと行って買い物を

するのとは違って充実感があります。

 

私はもう少し歩いてみようと思い、いつもは歩かない、家とは反対方向の

道を歩くことにしました。

 

するとその先に、道路の横に生えている草を黙々とむしっているお年寄りの

男性を見かけました。

 

私はすれ違いざまに、こんにちはと声をかけてみました。

すると彼は少し恥ずかしそうに私のほうを向いてこんにちはと返事をしました。

 

私はその時の彼の表情に一抹の寂しさを感じました。

私は彼に、いつも草むしりをしているんですかと続けました。

 

彼はそうですよと答えながら草むしりを続けました。

私はさらに、どうしていつもここで草むしりをするんですかと尋ねました。

 

すると彼は手を止め、立ち上がってこちらを向き、何か用があるんですかと

怪訝そうな顔をして私を見ました。

 

彼はこんな年寄りにのんびりと話しに付き合ってくれるのは何かの訪問販売の

営業員くらいで、騙されないように気をつけていると言いました。

 

私は彼に、私は訪問販売員ではありません、あなたの表情を見ると悲壮感が漂って

いたので声をかけたのですと話しました。

 

彼の話を聞くと、こうやって草むしりすることで少しでも世の中の役に立てばと

思っているようでした。

 

私は、あなたはとてもいいことを続けているんですね、と彼に言いました。

 

私に対する警戒心がなくなったのか彼はすぐ目の前の自宅に私を誘いました。

彼の家の庭は美しい木や花で囲まれこころ安らぐ場所でした。

 

そこには椅子がふたつあって、亡くなった奥様と以前、バーベキューのために

使っていたようです。

 

私たちはそこに座って話をしました。

 

彼の奥様は数年前に亡くなり、子供たちは遠くに住んでいて彼は今、一人暮らし

のようです。

 

彼は買い物に行ってお勘定の時店員と話をするくらいで、ほとんど人と話をする

ことはないようです。

 

周りの若い人たちはいつも忙しそうにスマホを見ていて、話しかけるのも勇気が

いるそうです。

 

彼には親しい仲間や話し相手がいなくて物足りなく寂しい気持ちだったようです。

 

最初は人見知りのように感じた彼でしたが、こころを許すと堰を切ったように

話し始めました。

 

私はあまり話しをすることはなく、彼がほとんど話し続けたような気がします。

 

30分くらい話しを聞いてそろそろ帰ろうとしたところ、冷蔵庫によく冷えた

梨があるから一緒に食べようと言って皮をむいて持ってきてくれました。

 

ウォーキングで喉が渇いた時に食べる梨は、とてもジューシーで冷たく

美味しく感じました。

 

それから彼は、自分の懐かしい昔のことを思い出しながら、今までの長い人生の

喜怒哀楽のシーンを語ってくれました。

 

たまたま私が話を聞いてあげたのがとてもうれしそうで、彼の表情が生き生きと

しているのを感じました。

 

彼が今まで孤独でひとり、とても寂しい思いをしていたのがよくわかりました。

 

お別れにスーパーで買った桃をひとつ彼にあげました。

 

私は帰り道を歩きながら、私はいつも妻と口喧嘩をして負けてしまい家庭生活に

不満を持つこともありますが、本当はしあわせなのかもしれないと思いました。

 

人間って愛がないと楽しく生きていけないんですね、孤独の辛さを改めて感じる

出来事でした。

 

もうすぐ敬老の日ですが、お年寄りにはこころと体の両方を大切にして

元気で長生きしてもらいたいと思います。

人生の主役

 

私の会社のある支店に、32歳でパートで働いている男性がいました。

 

彼は最初の就職先で仕事が合わず、正社員だった彼は4年でそこを辞め、

この会社で非正規雇用で6年働いていました。

 

私がその支店に人事異動で赴任して彼のことを知った時、結婚もしないで

このまま非正規で働いていてこれからの将来はどうするのかなと思いました。

 

私と同じ部署ではなかったので、彼とはあまり話をすることはありませんでしたが、

上司の指示をきちんと理解して、真面目に働く素直な人物だと思いました。

 

私は彼の働きぶりを傍から見ていると、正社員と同じように仕事ができる

優秀な人物に見えました。

 

私が特にいいと思ったことは、いつも笑顔が絶えず、明るく、生き生きと働いて

いたことでした。

 

彼の仕事は特に難しいものではありませんでしたが、会社にとって必要であり

誰かがやらなければならない仕事でした。

 

でも私は彼の仕事ぶりを見ると脇役的な仕事だけではなく、この会社では

主役として十分活躍できると思いました。

 

ある時私が昼食を終えて休憩室でテレビを見ていると、彼が入ってきて私の

そばに座りました。

 

支店で唯一の男性パートである彼は、他の社員に遠慮して、いつも休憩室の片隅で

ひとりスマホとにらめっこしていました。

 

私はたまたま近くに座った彼に話しかけてみました。

話をすると言っても共通の話題がないので仕事のことになります。

 

勤務シフトを聞くと、毎日朝8時から15時までの勤務で休憩が1時間、週のうち

5日勤務で時給は少しいいようでしたが、正社員と比べると給料はかなり

 

少ないようでした。

 

働き方はそれぞれ個人の考えで決めればいいので、別に私は彼にとやかく言う

つもりはありませんでした。

 

でも彼と話をしていると彼の人柄の良さがわかり、いつも彼の働きぶりに感心

していた私は、つい、「もし私が人事部長だったら君のような人には正社員として

 

働いてもらうのですが、そんな権限がなくてごめんなさい」と言いました。

 

すると彼は、「自分は今のままで十分です、楽しく仕事をさせてもらっています、

気を遣ってもらってありがとうございます」と笑顔で返してきました。

 

話題を変えて私は彼に、正社員の私と比べて彼には自由な時間がたくさんあるので

私は羨ましくて、その時間をどのように使っているのかと聞いてみました。

 

彼は仕事のない時にはボランティア活動をしているそうです。

 

私はボランティアについてはあまり詳しくはないのでどんなことをしているのか

彼に聞いてみました。

 

ボランティアにはいろいろな種類があり、例えば、災害、環境、農業、動物愛護、

貧困、障がい者、介護、医療、まちづくりなどたくさんあるようです。

 

そしてボランティアには様々な年代や職種の人が参加しているので職場や

日常生活では知り合えないような人との交流が深まるようです。

 

さまざまな価値観の人との交流は視野を広げ、活動を通して意気投合することで

信頼できる人間関係が生まれ、悩みの相談相手になってくれることもあるようです。

 

私はその時、話している彼の目がやさしく輝いているのがわかりました。

彼が生き生きと働いていた理由がわかりました。

 

私は彼のことが少し理解できました、彼はボランティアと同じように愛を持って

この会社で仕事をしていたようです。

 

彼にとって仕事とは、出世してお金を稼ぐというのが目的ではなかったようです。

 

決して自分が主役になるのではなく、周りの人に役に立つことが自分の仕事だと

思っていたようです。

 

私は彼のような生き方にはとても感動しました。

 

彼は「そろそろ休憩時間がなくなるので失礼します」と言って仕事に戻りました。

 

気がつくと、彼の話に夢中になっていた私は休憩時間が20分もオーバーしていました。

職場に戻ると、私は同僚から冷たい視線を感じました。

 

この世の中には主任、係長、課長、部長などそれぞれ仕事で主役を演じているような

人でも、実は、心理的に会社の奴隷のように働いている人もいると思います。

 

彼は今の職場では決して主役ではありませんが、人生の主役は誰よりも上手に

演じていると私は思いました。

 

彼はすべての人を愛することで自分らしく生きているようです。

夜明けのウォーキング

 

私はウォーキングが大好きで健康のためにもよく歩きます。

 

場所はどこでもいいのですが、好奇心旺盛の私は、知らない場所を

歩くことで新たなことを発見したり感動することを求めてさ迷います。

 

同じ場所でも、朝歩くのと夕方歩くのではまったく違う世界に見えることがあります。

また、晴れの日と曇りの日でもそうです。

 

私自身の気持ちが晴れていたり曇っていることでも違って感じることがあります。

なので私はいつも新鮮な気持ちでウォーキングを楽しんでいます。

 

夏の暑さの中では、さすがにウォーキング好きの私でも、外を歩くのはつらいです。

10分も歩くと汗びっしょりで、それ以上歩くと熱中症になりそうです。

 

なので最近私は冷房のよく効いたショッピングセンターの中を歩くようにしています。

お店の中は過ごしやすい快適な環境ですが、やはり自然の魅力には勝てません。

 

そこで私は考えました、仕事のお休みの朝、4時半に起床し5時前から家を出て、

気候のいい昼間によく歩いた場所にクルマで行きました。

 

さすがにこの時間は涼しいのですが周りは真っ暗で昼間とはまったく別世界でした。

その先には 信号が見え、その明かりが私の心細い気持ちを勇気づけてくれました。

 

先の見えない人生に迷った時に、こんな明かりが人を救うのだと感じました。

 

それから20分ほど歩くとだんだん明るくなり、空には雲とその境い目が明るさで

わかるようになりました。

 

さらに15分ほど歩くとすっかり夜が明け、朝の新鮮さが心地よく感じました。

 

私は落ち込んだ時、夜明け前が一番暗く明けない夜はない、と自分に言い聞かせて

きましたがこの時それを実感しました。

 

夜明けの散歩は、私に、生きていることのしあわせを十分感じさせてくれました。

 

すると私の目の前に、腰の曲がったお婆さんがこちらに向かって歩いてくるのが

見えました。

 

そのお婆さんは大きなリュックを背負って、その重さで倒れそうになりながらも、

歯を食いしばって一生懸命に歩いていました。

 

しあわせな気分に浸っていた私は、彼女の苦しそうな様子を見て、何かお手伝いが

できるのであればしてあげたいと思いました。

 

私はその重そうなリュックを持ってあげましょうかと彼女に話しかけました。

すると彼女は、これは大切な宝物だから人に渡すことはできないと言いました。

 

それなら少し休んでいきましょうと私は近くの公園のベンチに彼女を誘いました。

 

早朝のウォーキングは昼間と違って、お互いがすがすがしい気持ちなのか、話を

したこともない見知らぬ人とも仲良くなれる独特の雰囲気があります。

 

私は彼女と話をしましたが、とてもジョークが好きで気さくな人でした。

 

彼女が子供の頃、両親が亡くなり親戚に育てられ成人して結婚したけれど、

子供が小学生の時、主人に病気で先立たれたそうです。

 

それからの彼女の人生はつらいことばかりで、何度も死んでしまいたいと

思ったそうです。

 

彼女は冗談で言いました、私は昔、人から神と呼ばれていたのよ、疫病神、死神、

貧乏神と。

 

でも、彼女は苦労しながら、女手ひとつで子供を育て上げ、その子も結婚して、

今ではふたりの孫がいるそうです。

 

彼女は私の人生を悲劇のドラマにしたらきっと大ヒットするんじゃないのと

笑いながら冗談を連発しました。

 

楽しくて時間が経つのを忘れて話が続きました。

 

私はふと、以前ウォーキングをした時、小さな赤ん坊を背負った若い女性を

見かけたことを思い出しました。

 

その女性が背負っているのは、これから将来が楽しみな赤ん坊でした。

 

おなじ背負ったものでも、片や希望で、片や絶望のように思えました。

私は彼女に冗談で、そのリュックの中身は人生の重荷でしょうと言いました。

 

すると彼女は笑って、とんでもないこれはたくさんの人からもらった愛なのよ、

私は今まで多くの人から助けられたの、その愛がこのリュックにたくさん

 

入っているのよ。

 

私はたくさんの愛をもらって助けられ、その愛の入ったリュックの重みで腰が

曲がってしまったのよと笑いました。

 

彼女の人生はとてもつらかったのでしょう、でも私は、涙を流したつらい思い出を

冗談で笑いに変える彼女の生き方に感動しました。

 

冗談好きな彼女は最後まで私をしあわせな気持ちにさせてくれました。

その頃には空にはすっかり陽が昇り、今日も暑くなりそうでした。

無料ライスの価値

 

私はお盆休みに妻とお墓参りに行き、帰りにファミリーレストラン

お昼ご飯を食べました。

 

11時半頃お店に入りましたがお客が多くて注文した料理がなかなか出て

きませんでした。

 

私は野菜の入ったチーズカレーのドリア、妻は唐揚げ定食を注文しました。

15分ほど待ってやっと料理がきました。

 

熱々のカレードリアの上に生卵が乗っていて、かき混ぜながらふうふうと

息をかけて冷ましながら食べるのは、暑い夏でもとても美味しいものでした。

 

私たちは入り口近くの会計レジのすぐそばの席で楽しく食事をしていました。

 

私たちが食事をしている間にお客が増え、たくさんのお客が順番待ちの

用紙に名前を書いて待っていました。

 

するとすぐそばのレジで中年男性のお客が大声を出して、店員に何かクレームを

言っているのが耳に入りました。

 

そのお客はとても興奮していて、私たちだけではなく近くの席で食事をしている

人や、順番待ちをしている人も険悪な雰囲気を感じているようでした。

 

店員は男性でしたがそのお客の剣幕に受け身になって黙って話を聞いていました。

私はこのお客が何を怒っているのか食事をしながら興味深く聞いてみました。

 

話しを聞いてみると、このお店では、お昼にランチを注文するとライスが無料で

セットになっているようでした。

 

しかしながらそのお客がお勘定をしようとした時、ライスの料金を請求されて

どうして今回はライスは無料ではないのかと怒っていました。

 

店員はお盆の期間はランチのライスは無料にならないとメニューに書いてあると

説明しました。

 

するとそのお客は、お盆期間である一昨日に来てランチを注文した時には

ライスは無料だったと言い返しました。

 

店員は、最近新しく入った人が何人かいるのできっと間違ったのでしょう、

でも、メニューにきちんとお盆期間はライスは無料ではないと書いてありますと

 

毅然とした態度でお客に対応しました。

 

店員は前回の新人の対応には責任を感じましたが、たくさんのお客が聞いている中、

今回だけは無料にしますが次回からは有料になりますと言えば、他のお客に不公平に

 

なるので絶対に言えなかったのでしょう。

 

お客はそれを聞いてますます興奮して、そんなレベルの店員に仕事をさせて

いるのはどういうことか、新人教育もできないのかと怒鳴り上げました。

 

そのお客と店員のやり取りを聞いていた順番待ちのお客のうち何人かは、

嫌気がさして、順番待ちをキャンセルしてお店を出ていきました。

 

ふたりのやり取りは数分続きましたが、私はそれ以上に随分長く感じました。

 

私たちは次に行く予定があり、お客の興奮が少し鎮まるのを見計らって

恐る恐るレジに行きました。

 

私はお客の怒りの矛先がこちらに向けられなければいいと思いながら、店員に

お勘定お願いしますと小さな声で言いました。

 

するとそのお客は、態度が一変して、ごめんなさいねどうぞ先にお勘定して

下さいとやさしく私に気を遣ってくれました。

 

私はそのお客が今までとは別人のような気がしました。

 

私は一瞬、彼は本当はやさしい人だけど、店員の態度が気に入らなかったのか

虫の居所が悪くて、たまたまこんなことになってしまったのではないかと思いました。

 

人はみんな一生懸命に生きています、時には人間関係に摩擦が生じることも

あるでしょう。

 

でも、私はこの世の中には悪い人はいないといつも思っています。

 

私のこころが声になって、この方のライスの分も一緒に取ってくださいと言って

お勘定を済ませました。

 

ライスの代金は200円くらいだったと思いますが、普段100円、200円をけちる私でも

この場が丸くおさまるなら、それ以上の価値のある行いだと思いました。

 

私たちが駐車場に戻ってクルマに乗った時、さっきのお客が興奮が冷めたかのように

お勘定を終えてお店から出ていくのが見えました。

 

私は少しはいいことをしたのかなと思いましたが、残念なのは、せっかくの

熱々のカレードリアが、怒声の中で食べたのでちっとも美味しくなかったことです。

 

お盆休みで少し時間が取れたのでブログを書いてみました、またしばらく

仕事に専念したいと思います

愛のメタボ

 

私は毎年健康診断を受けています。

 

でも、それを受ける前はとても不安で憂鬱な気持ちになります。

何か重大な病気が見つかったらどうしようかと心配です。

 

私は時どき下痢をして胃腸薬のお世話になることがあるので、胃の健康が心配です。

胃検査のために、前日の夕飯は軽くて消化のいいものにします。

 

胃の検査の前に飲むバリウムの苦しさはとても辛いです、げっぷくらい

させてほしいのに、それも我慢させられます。

 

そして台の上に乗って空中アクロバットのように体を回転させます。

 

終わると下剤を飲んでバリウムを出すわけですが、近くにトイレがないと

不安なので、自由にすきな場所に行くこともできません。

 

ところで話は変わりますが、最近、私が住んでいる地方では食べ放題・飲み放題が

選べる飲食店が増えてきたような気がします。

 

先日私は、会社の同僚と、焼肉の食べ放題のお店に行きました。

いろいろなコースがあり、お肉や料理の種類や内容によって値段が違っていました。

 

私たちは中くらいのランクの食べ放題のコースを選び、飲み物は飲み放題に

しないで単品で注文しました。

 

お酒はそこそこにして、食べるほうを中心にしたかったからです。

私たちは料金の元を取るためにたくさん食べようと決めました。

 

お肉や料理を選んで注文して焼いて食べて、また次のものを選ぶことの繰り返しです。

その間にビールを飲みながら会話をするので結構忙しく感じました。

 

120分の時間制限で、ラストオーダーは100分だったと思います。

 

あっという間にラストオーダーの時間がきました。

最後にデザートを一品選べます。

 

はち切れそうになったお腹に、最後の締めに、アイスを食べました。

みんな食べ過ぎで、お店を出た時はとても苦しそうでした。

 

私はこんな生活をしながら健康診断を受けているのです。

診断結果はメタボリックシンドロームで、腹囲その他が基準を越えていました。

 

人は、私のことを、しあわせ太りと言いますがそうなんでしょうね。

不幸でやつれるよりはいいのでしょうが、身体の健康面では問題がありますね。

 

私はその時ふと思いつきました。

 

身体の健康診断があるのに、なぜ、こころの健康診断がないのかと不思議に

思いました。

 

こころの病気にはうつ病発達障害パニック障害PTSD統合失調症など

様々な病気があるようです。

 

こころの病気は原因がはっきりわからないことがあり、困っている人もたくさん

いるようです。

 

私はブログを読んでいてこころの問題で悩んでいる人がたくさんいるのが

わかりました。

 

私はそんな人たちに救いの手を差し伸べることができたらいいなと思います。

 

私は身体の健康診断があるように、こころの健康診断があってもいいのでは

ないかと思います。

 

こころの病気は愛の欠乏度合いで判定できたらいいなと思います。

私は愛があれば救われる病気があるのではないかと思います。

 

こころの痛みで苦しんでいる人には、痛み止めの愛の注射を打ちます。

自分勝手で人の気持ちを考えない人には、とても苦い愛のお薬を飲んでもらいます。

 

愛でこころの病気が治ればいいと思います。

 

話しは戻りますが、もし、私がお店を開くなら、愛の食べ放題・飲み放題の

お店を作りたいです。

 

お店には家族愛、兄弟愛、夫婦愛、友愛、師弟愛、隣人愛、人類愛など様々な

愛がそろっています。

 

時間無制限の食べ放題・飲み放題のお店です、みんなで楽しくお話をして、

愛をたくさん吸収してもらいたいですね。

 

そしてお帰りの際にはみなさまにもれなく、永遠の愛をプレゼントします。

 

そして私は、多くのみなさまに、愛のメタボになってもらいたいと思います

❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤

❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤

 

私は明日から仕事が忙しくなりますので、ブログを書く時間がありません、

しばらくの間ブログをお休みさせていただきます。

 

私のブログを読んでいただいてありがとうございました。

人生の試験

 

私にはスーパーに10年勤める友人がいます。

 

彼はその前に証券会社に10年以上勤めていましたが、家庭の事情で故郷に戻り

地元のスーパーに再就職した人生のベテランです。

 

私は彼に久しぶりに会って、コメダ珈琲でランチをしながら話をしました。

 

私はサンドイッチとコーヒー、彼はみそカツパンとコーヒー、そしてふたりで

シロノワールをひとつ注文しました。

 

ここの食べ物は結構ボリュームがあってお腹は満腹でした。

しかし、彼のこころは満たされていないようで、私に仕事の愚痴を話しました。

 

彼の会社では、従業員全員の接客技術の向上を目指して、従業員の接客技術の

レベル認定の試験を行うこととなったようです。

 

彼のようなベテランも新人も勤務年数に関係なく研修を受け、接客技術が

一定レベルに達するまで、何度も試験を受けて合格しなければならないようでした。

 

彼の所属するお店に、入社3年目の本社人事部の女子社員が来ました。

 

彼女は従業員を集めて研修をし、その後、別の日にまたお店に来て一人ずつ

順番に試験をしました。

 

笑顔ができているかどうか、目線がお客に合っているかどうか、声がはっきり

聞こえるかなどの多くの項目をチェックして合格・不合格を決めるようでした。

 

若い彼女は顔は可愛いのですが、こころはとても厳しいようでした。

 

彼はこういう試験はバカらしく思い、手を抜いて試験を受けたので不合格

だったようです。

 

彼はどうしてあんな入社して3年目の小娘に試験をされなくてはいけないのかと

腹を立てていたようです。

 

そして彼は、自分は彼女よりも勤務年数は長いし、人生経験もはるかに長いので

お客の気持ちに深く入れば、お客のこころは掴めると思っていました。

 

さらに彼は苦情を言ってきたお客でも、うまく対応して、常連客に変えて

しまうだけの接客技術はあると接客には自信があるようでした。

 

マニュアルどおりの接客は苦手だけど、こころを込めて接客すればお客も

おなじ人間、きっと喜んでくれるはずだと思っていました。

 

しかしその後も、彼女は彼に厳しく指導し、試験を受けさせましたが不合格でした。

 

彼の試験を見ていた同僚にどうだったか聞いてみると、「あなたの接客技術は

とてもすばらしい、不合格になるなんておかしい」と言ってくれたそうです。

 

彼は彼女に、「いったいどこがいけなくて不合格なのか」と聞いてみました。

 

すると彼女は、「あなたがいけないのは接客技術ではなく、人生に手を抜いている

からです。

 

あなたは確かに接客技術のレベルは合格です、でも、現状に満足して向上心の

ないあなたのことを考えると合格点は上げられません。

 

むしろ、あなたよりレベルが低くて少し点数が足りなくても、熱意があれば

それを加算して合格点をあげます。」と答えました。

 

彼は彼女のことを甘くみていたようです、そのように言われると彼は何も

言えなかったそうです。

 

彼女の指導をまじめに受けていない彼に注意喚起したんですね。

彼女は接客技術だけではなく、人の生き方まで試験していたのです。

 

なので彼女はこれからの彼の人生を考えると、合格点を与えることは

できなかったのです。

 

私は彼の話を聞いて彼女はなんて愛のある人だと思いました。

 

私は彼女のような人が人事部にいる限り、きっと、この会社は立派になる

だろうと確信しました。

 

人はいくら歳を取っても、社歴が長くても、手を抜くことなく誠実で一生懸命に

生きなければならないと私は思いました。

 

それがしあわせな人生への道筋なんですね。

 

彼女は若くても、彼よりもしっかり生きているようです。

今までありがとう

 

ここは人里離れた山奥にある老人ホームです。

ここではたくさんのお年寄りが様々な気持ちで暮らしています。

 

ある人は施設の環境に慣れて生活をエンジョイしていますが、ある人は集団生活に

馴染めず辛い気持ちで暮らしています。

 

ここにはひとりの若い女性が働いていました。

彼女は二十歳で、この施設で働き始めて2年目になったばかりです。

 

彼女は祖父が大好きなおじいちゃん子でしたが、この施設に来る1年前に

祖父は病気で亡くなりました。

 

彼女は優しかったおじいさんのことが忘れられず、お年寄りのお世話ができる

この施設に社員として入りました。

 

お年寄りのお世話は身体だけではなく、こころのケアまでしなくてはならない

ので大変です。

 

特に若い人にとって、お年寄りのこころの理解はとても難しいのです。

 

長い人生を経験してそれなりの考えを持っているお年寄りに、人生経験の浅い

人がお世話をするのですから大変です。

 

でも彼女は、できる限りのことをして、すこしでもお年寄りに快適な生活を

してもらいたいと思って頑張りました。

 

そんな時、施設に新しく男性のお年寄りが入所してきました。

彼女はその男性を見てとても驚きました。

 

なぜかと言うと、そのお年寄りは大好きだった彼女の祖父にそっくりでした。

 

彼女は大好きだったおじいさんが生き返ってきたような気がして、とても

しあわせな気持ちになりました。

 

彼は若いころからレストランの見習いで働き、苦労して料理長までのし上がった

人物でした。

 

多くの料理人が料理長である彼の下で働き、彼の権限は相当強いものでした。

彼の指示は絶対で、彼に逆らう人はいませんでした。

 

そんな彼は現役を引退しても、家庭で家族に厳しいことを言うので、家族から

ひどく嫌われていました。

 

彼は家族に絶対老人ホームには入りたくないといつも言っていたようです。

でも、だんだん彼は身体の衰えとわがままがひどくなり、家族の負担になりました。

 

そしてある時、彼の面倒をみきれなくなった家族が、一緒にご飯を食べに

行こうと嘘をついて、彼を老人ホームに連れて行きました。

 

そして入所手続きをして、彼を施設に入れました。

後で騙されたと知った彼は、怒りで暴れまくりました。

 

彼は車いすに座ったまま怒鳴り上げ、周りの人たちは怖がりました。

あまりにもひどい時は、彼から入居者を一時的に避難させることもありました。

 

でも彼女は彼のことが、大好きだったおじいさんと、イメージが重なり、

絶対にこの人と仲良くしようと思いました。

 

他の介護職員は、彼はあまりにも自分勝手だから、ほどほどにしておいた方が

いいと彼女に言いました。

 

彼女は例え人生経験が違っていても、愛を尽くせば、かつての祖父のように

必ず気持ちは伝わるものだと思いました。

 

彼女は彼がこの施設に早く慣れるようにと懸命に努力しました。

 

しかし、大好きだったおじいさんに対したのと同じ気持ちで、親身になって彼を

愛してもこころは伝わりませんでした。

 

例え姿かたちが似ていても彼と祖父はまったく別人、彼には愛の欠片もありません。

彼のこころはまるで死んでいるようでした。

 

こころが通じない人を相手に仕事を続けるのはとても情けなく思いました。

 

彼女は限界を感じ、自分は介護には向いていないと考え、転職することに

しました。

 

彼女は最後に、転職を決める原因となった、彼にお別れの挨拶に行きました。

 

「ごめんなさい、私はあなたをしあわせにしてあげることはできませんでした、

私の力不足を許してください」と言って彼の手を握りました。

 

するとその時、彼女の愛が彼のこころに伝わったようです。

彼は涙を流して、「今までありがとう」と短い言葉でお礼を言いました。

 

感謝の言葉を素直に表現できない彼にとっては、これが最大の愛情表現でした。

彼女は最後の最後になって彼女の愛が彼に伝わったことを知りました。

 

彼のこころに愛が伝わったからこそ、それが涙となって流れたのです。

 

それから彼女は、別の仕事に転職しましたが、人生が長くても短くても、

精一杯人を愛することは必ず報われるということを知りました。

しあわせってどこにあるの?

 

前回の続きです、彼はアラフォーの独身男でした。

 

子供の頃、父親を亡くし母親に育てられました。

しかし母親は病弱で、なかなか思うように働けませんでした。

 

なので彼は、高校に入学しましたがお金が続かず、1年で中退しました。

中卒の彼を雇ってくれたのは肉体労働の建設現場でした。

 

厳寒の冬と酷暑の夏は、彼に生きることの厳しさを教えてくれるには、

十分な環境でした。

 

彼は気性の荒い先輩たちに厳しく鍛えられ、身もこころもヘトヘトに

疲れ切る毎日でした。

 

そんな彼は、冷暖房の効いたオフィスで働く人たちを見て、仕事環境がいいことの

しあわせとはこんなことかと思いました。

 

そんな彼でもそこで10年勤務しましたが、不景気で勤めていた会社は倒産。

 

その後見つけて入った会社は、実は、ブラック企業で、数年間頑張りましたが

限界を感じて退職。

 

それから彼は学歴がないので、なかなか希望した会社に採用されず、いろいろな

仕事を転々としました。

 

彼は大学を卒業して安定した大企業に長年勤めるサラリーマンを見て、これが

同じ仕事を長続きできるしあわせなのかと思いました。

 

自分でもできる仕事はないかと探し、やっと見つけたのがスーパーのパート。

 

そこの精肉部門の仕事に就き、冷蔵庫の中の肉のかたまりを見て、気味が悪かった

のを覚えています。

 

早朝から開店準備のために時間に追われ、もたもたしていた彼は早くしろと

先輩から怒声を浴びました。

 

先輩に叱られ続ける彼は、ぶつ切り包丁で思い切り骨付き肉をたたくことが

唯一のストレス解消方法でした。

 

デスクワークでパソコンを操作しながらスマートに仕事をする人を見て

肉汁で汚れた白衣の彼は、きれいな仕事ができるしあわせとはこんなことかと

 

思いました。

 

彼女のいない彼は、仕事が休みの日に出かけたときによく見る、仲良く手を繋いで

楽しそうに歩きながらおしゃべりをする、彼氏と彼女を見てこれが愛することの

しあわせなのかと思いました。

 

お天気のいい日曜日、誰も友達のいない彼は、ひとりぶらぶら公園を歩いていました。

そこにはブランコがあり、乗っている子供を父親が押して勢いをつけていました。

 

そのすぐそばで母親が、きゃっきゃと喜ぶ子供の笑顔をみて、喜んでいました。

 

この仲のいい親子を見て、今でも独身の彼は、これが家庭のしあわせという

ものなのかと思いました。

 

今では彼の母親は、介護が必要となり、一日も母親をおいて外出できない彼は、

思う存分遊びまわれる人たちを見て、これが自由なことのしあわせかと思いました。

 

学歴はない、お金はない、自由な時間はない、結婚できない、ないないづくしの彼。

おなじ人間なのにどうして自分の人生にはしあわせがないのだろうかと思いました。

 

母親を息子がひとりで介護するのはとても大変なことでした。

彼は母親が元気なら自分はもっと違った人生だっただろうと思いました。

 

でもやさしい彼は、母親を老人ホームに入れればもっと自分の時間が取れるのに、

自分を育ててくれた母親の面倒は最期まで自分がみると決めていました。

 

ある時、母親の介護をしている時、母親が彼に、「ごめんね、私のせいであなたの

人生が台無しになってしまったのね、今までありがとう」と涙を流して言いました。

 

そのとき彼のこころに衝撃が走りました。

 

彼の母親が自分のことをこれだけ気遣ってくれたことにこころを打たれました。

彼は感動で涙を流しながら、自分にとってしあわせとはこれだと気づきました。

 

世の中にはしあわせそうに思えても、実は、孤独で寂しい想いをしている人も

たくさんいます。

 

隣の芝生は青く見えていたのでした。

 

母親からこんなに感謝されている自分は本当はしあわせなんだと思いました。

そして自分の人生は決して間違っていなかったと思いました。

 

彼は、しあわせとは人のこころの中に潜んでいて、自分で見つけるものだと

気がつきました。

 

しあわせは彼の一番身近なこころの中にあったようです

悲劇のドラマの主人公

 

私が押し入れの中を整理していると、随分前に私の親しい友人からもらった

手紙を見つけました。

 

私は懐かしい手紙を読み返してみました。

そして彼の許しを得たので私のブログに使わせてもらいました。

 

「私はこの世のなかに生き続けていいのだろうか、私は世のなかの何にも

役に立っていない。

 

病弱な母親の面倒をみるのに精一杯で、責任ある仕事も任せてもらえない。

 

世間の人は私を見て、どうしていつまでも独身なんだとだらしのない人間の

ように思っているようだ。

 

どうせ私は男性の中の残り物、いまさら安くしても女性はもらってはくれない。

独身のほうが気ままでいいとうそぶいて、陰で寂しく惨めに泣く私。

 

歳を取っても非正規雇用で家庭も持てない希望のない人間だ。

 

友人の子供が小学校に入って、彼は運動会に行ってきたようだ。

 

子供の写真を見せてくれるが、所詮他人の子、かわいいどころか自分が

惨めになるだけ。

 

いつか前は母の日だったらしく、友人が花のプレゼントを用意して、子供から

彼の妻に手渡して贈らせたという。

 

自慢じゃないが、独身の私にそんな芸当はできないし、妻も子もいない。

親として家族を養う辛さはないが、その甲斐性もない自分が惨めだ。

 

先輩に生きる意味を聞いてみたところ、「お前のように、思うようにいかない

人生こそ、涙があり、ドラマとしては見ごたえがある」と言う。

 

私は悲劇の主人公なんだろうか、なんと無責任な解答だ。

でもよく考えると先輩の言うことも一理あるかもしれない。

 

私のような貧乏人は、経済の何の役にも立たない。

物を買うと言っても、売れ残りのような処分品ばかり。

 

少しは贅沢でもして、消費の役に立ちたいが、それは夢のまた夢。

 

仕事が終わって家に帰ると、母が私に、「今日は遅かったね、背中が痛くて

寝返りが打てない、あなたが早く帰ってくるのを待ってたのよ」と

 

悲しく痛々しそうな声で訴えてくる。

 

これを聞くと、やはり私は母のために生き続けなければならないと思う。

病弱でやせ衰えた母の面倒は、私がみなくて誰がみる。

 

自分の思うように生きるのも人生、そうでないのも人生。

悔いがあってもなくても、自分の気持ち次第でどうにでもなる。

 

人が私のことをどう思ってもいいし、同情してくれなくてもいい。

 

しあわせなんて私には無縁なもの、そんなもの探しても見つかりっこない。

人のしあわせを見て羨ましがることしかできないのが私の人生。

 

先輩が言っていた、見ごたえのある悲劇のドラマの主人公として私は生きていく。」

 

手紙の文章は彼の気持ちを伝えるために、私のこころで少し書き換えました。

 

多分この手紙は夜中に書いたのでしょう、とてもテンションが上がっていました。

でも私は彼の手紙から彼の気持ちが痛いほどわかりました。

 

彼についての詳しいこととその後の彼のことを次のブログに書いてみたいと

思います。

遺品の整理

 

私は先日、百貨店に買い物に行きました。

 

お客がいつもより大変多く、駐車場も駐車待ちのクルマでいっぱいでした。

この店は、もうすぐ店じまいをするようで、閉店セールをしていました。

 

食品の階に行くと、生鮮食品は充実した品ぞろえでしたが、日持ちする商品は

すでに棚が半分以上空いていました。

 

その棚には2~5割引きの表示された商品が歯抜けのように並んでいました。

それから衣料品や雑貨の階に行くと、値下げ品がワゴンに集められ、

 

最初はよく売れたようですが、残っている商品を見ると、あまり欲しいような

商品はなくて、更なる値引きをしないと売れないと思いました。

 

まだ大量の在庫が残っていて、店員さんは必死に売り込んでいました。

閉店するまでにほとんど売ってしまわないと、後片付けが大変だと思いました。

 

閉店セールを見て私は思い出しました、以前、同じ支店で働いていた私の上司が

病気で亡くなり、彼の奥様は遺品の整理が大変だと困っていました。

 

上司の彼が趣味で集めたものなどがたくさんあり、処分することなく亡くなった

ので、その多さにお手上げでした。

 

その遺品には彼の気持ちが入っていた物がたくさんあり、奥様はどれを遺して

どれを処分していいのか迷ったようです。

 

百貨店のように値引きしてお客に買ってもらうようにはいきませんでした。

遺品の価値は亡くなった彼にしかわかりません。

 

親族に遺品を見てもらっても、いつも彼と一緒に暮らしていなかったので、

遺品に対する彼の気持ちの入れ方がわかりませんでした。

 

四十九日の法要が終わり、業者に依頼して、遺品の処分をすることにしました。

私は、昔からの親友で、愛を持って仕事をしている適任者を奥様に紹介しました。

 

遺品の処分にきた私の親友は、「捨てないで遺して置くものはないですか」と

奥様に聞きました。

 

彼女は、「私はどれもこれも遺してあげたくてとても困っています、主人が

遺してきた物を処分するには忍びないんです」と申し訳なさそうに言いました。

 

彼女は遺品をひとつひとつ手に取ってどれを遺してあげようかと悩みました。

そのうち彼女は、彼の生きていた頃のことを思い出し、涙が出てきました。

 

手にしたものは、ふたりで旅行した時ふたりでいいねと言って買った、幸福を招く

ふくろうの置物、ふたりの思い出が詰まった記念の品物でした。

 

ほかにも彼が大切にしていた物がたくさんありました。

 

彼女は天に向かって、あなたが遺してほしいものは何なの、と尋ねました。

しかし、いくら好きでも彼は今ではあの世の人、彼女の声は遠くて届きませんでした。

 

どうして私を残してそんな遠くに行ってしまったのと彼女は涙が止まりません。

 

親友は彼女に、「あなたはご主人をとても愛していたようですね、その愛が

強ければ強いほど、遺品を捨てることには抵抗があるでしょう」と言いました。

 

彼女は、「そうなんです、だから私は夫の遺品を捨てられないのです」と

涙ながらに答えました。

 

するとその親友は彼女に、「どれを遺すのかは迷っても、絶対処分して

いけないのは、あなたがご主人を愛するこころです、これを遺せばきっと

 

ご主人は喜んでくれるはずです」と助言しました。

 

さすが遺品の処分を仕事にしてきた親友はお客のこころを理解していますね。

私は親友の彼を紹介した甲斐があったと思いました。

 

彼女は夫婦ふたりが一番しあわせそうな笑顔で写った写真だけ遺し、

他はすべて処分しました。

 

彼女は私に、いい人を紹介してくれたと言って、喜んでくれました。

彼女も親友も私もみんなとてもいい気持ちになりました。

 

彼女はスッキリとした部屋を見てもこころ残りはありませんでした。

彼女にとっての一番の遺品はご主人を愛するこころだったのです。

 

彼女のこころの部屋には、いつまでも、大好きだった彼は生き続けています。

人を嫌いになること

 

私が今の会社に入社して2年目に、会社の同僚で、とても嫌な女子社員がいました。

彼女は私よりベテランで、長く勤めているだけあって、仕事はよくできました。

 

彼女は気が強く、よく言えばこころが熱くなる情熱家、悪く言えばすぐに頭に

血が上る瞬間湯沸かし器のような人でした。

 

彼女は自分勝手で、自分が忙しい時は、私の仕事に関係なく仕事を振ってきました。

 

私の仕事に余裕がある時ならいいのですが、忙しい時でもなりふり構わず

私に仕事を振るのでとても困りました。

 

そのくせ、私が忙しくて雑な仕事をしているといつも厳しく注意します。

私はいつも彼女に監視されているような気がしました。

 

でも、私がしたことのない仕事を頼まれた時、「この仕事はやったことがない」と

切り返すと彼女は「こんなことも知らないの」と言いますが丁寧に教えてくれました。

 

彼女のペースで仕事を振り回される私は、彼女が大嫌いでした。

私はいつか彼女にやり返してやろうと、いつも思っていました。

 

ある時彼女は、忙しかったのか、仕事で初歩的なミスをしてしまい、上司に

叱られていました。

 

私はそれを見た後、彼女に、「あなたでもこんな単純なミスをすることがあるん

ですね」と薄笑いをして言いました。

 

すると、彼女はみるみる顔色が変わって、怒りが顔に表れてくるのがわかりました。

私はそれを見てこれは大変なことになったと思いました。

 

プライドを傷つけられた彼女は、急ぎの仕事でなくても、どんどん私に仕事を

振ってきました。

 

私は仕返しをしたつもりでも、彼女から2倍になって返ってきたので、

私のこころは傷つき、あんな事言わなければよかったと悔やみました。

 

それから私のこころはだんだん重く沈んできました。

私は身勝手な彼女と一緒に働くことで、毎日がとても憂鬱でした。

 

特に日曜日の夜、テレビでサザエさんの放送が終わる頃になり、また明日

彼女の顔を見なければならないのかと思うと、とても気分が落ち込みました。

 

でも多くの同僚は彼女のことをとても親切でいい人だと言います。

私は彼女のどこが親切なのかまったくわかりませんでした。

 

ある時、私は仕事がお休みで、スーパーにクルマで買い物に行こうと思い、

途中、赤信号で停車していると、同僚の彼女が近くを歩いているのが見えました。

 

彼女の反対側の歩道には、車いすに乗ったお年寄りを若い女性が押して

歩いていました。

 

ところが、運悪く、そこには大きな段差があって女性は力が弱く、車いす

持ち上げられませんでした。

 

ひとりで困っている女性に気付いた彼女は、点滅していた青信号を、走って渡り

車いすを持ち上げるのを手伝いました。

 

彼女の手助けで、車いすはなんとか段差を乗り越えることができました。

 

その女性は助かりましたと彼女にお礼を言い、彼女は笑顔でお年寄りの手を

やさしく握りました。

 

私はこんな場面を見ると愛を感じ、とても感動する人間です。

 

私はそのとき、いつも悪魔のように見えた彼女の顔が、天使のように見えました。

彼女の笑顔はとても優しくて、私は、この世の中には悪い人はいないと思いました。

 

同僚が彼女のことを親切でいい人だと言っていた理由がわかりました。

私は感動し、これなら彼女とうまくやっていけるという予感がしました。

 

私にも大いに問題があったと思います、実は、私の仕事があまりにも遅いので、

私を鍛えるために彼女は仕事を振ってきたのです。

 

彼女を愛する気持ちが欠けていたのです、彼女の愛のムチに気付きませんでした。

そして、彼女の嫌な面ばかりを見ていた自分を反省しました。

 

それからは私は彼女のいい面を見るようにしました、すると私の気持ちが通じ

たんです、彼女の態度が変わってきました。

 

(実際は彼女は変わっていないのですが、私の気持ちが変わったのでそう思った

のかもしれません。)

 

私は彼女を受け入れることができるようになりました。

人を嫌いになるのは自分にも大きな原因があることがわかりました。

 

どんなに嫌だと思っても、人を愛する気持ちを忘れてはいけませんね。

明日を夢見て今日を生きる

 

私の知人で、子供の頃、とても貧しい家庭に育った人がいました。

 

彼は裕福な家庭の子を見ると、おなじ人間なのに貧乏な家庭に生まれると

どうしてこんなに惨めなのかといつも思っていました。

 

彼は心無い子たちに貧乏が悪いことのように思われていじめられ、とても

悔しい思いもしました。

 

ひとりで悩むのはとてもつらく、誰かこの気持ちをわかってくれる人がひとり

でもいればどんなに救われることかと思いました。

 

彼は貧しいことの悔しさをばねにして必ずしあわせは自分の手でつかむと

こころに決めました。

 

彼は高校を卒業すると、運送会社に就職し、トラックドライバーとして

寝る時間も惜しんで働き、そこそこお金も貯まりました。

 

それを元手に事業を興し、苦労しながらなんとか軌道に乗せることができました。

その頃には従業員を数名雇い、彼は小企業ながら社長として頑張りました。

 

それこそ彼は死ぬ気になって頑張って自分でしあわせをつかみ取りました。

何もしなければ、貧困の連鎖で親とおなじ人生を歩むところでした。

 

彼は結婚し、しあわせな家庭を築き、妻も子供も、彼が味わってきた貧しさを

知ることはありませんでした。

 

貧しさによる劣等感や屈辱感を絶対家族には味わわせたくないと思ったので、

彼は自分の健康も顧みず家族のために懸命に働きました。

 

でもそんなしあわせはいつまでも続きませんでした。

 

彼は仕事中に急に体調が悪くなり、仕事を途中でやめて病院に行きました。

検査結果がわかり、彼はすい臓がんと診断されました。

 

すでに手術で切除することはできないほど進行していました。

薬物療法放射線療法を合わせた治療をすることになりました。

 

彼は一縷の希望を持ち、生きるためには何でもすると、頑張りました。

 

貧乏のどん底から這い上がった彼は、何事も、頑張ればできないことは

ないと信じました。

 

しかし、彼の意に反して、どうにもできない気力の衰え、食べることの

できない体力の衰えは、彼を骨と皮だけの肉体となって苦しめました。

 

彼は自分だけがなぜこんなに不幸なんだろうか、世の中不公平だと嘆きました。

こんな惨めな人生なら、生まれてこなかった方が良かったと両親を恨みました。

 

そして彼は、医師の懸命な治療にもかかわらず、帰らぬ人となりました。

 

彼の人生は何だったのでしょうか。

 

死ぬ気で頑張って生きることに成功し、生きるために頑張って死にました。

人生ってこんなに理不尽なのでしょうか。

 

彼が亡くなってしばらくして私は彼の奥様のところに行きました。

彼女は彼が死んでとても落ち込んでいました。

 

私は彼女のこころの痛みを察し、慰めの言葉を伝えました。

 

すると彼女は泣きながら私に、「夫がいなくなって私はもう生きていく

自信がなくなりました、私は夫の後を追って死んでしまいたい」と言いました。

 

私は彼女に、「彼は生きたくても生きることはできなかったのです、

あなたはこれからいくらでも生きることはできます、死ぬなんて考えては

 

いけません」と言うと、彼女は気を取り直して私にうなずきました。

 

彼は自分の思うように生きられませんでしたが精一杯生きました。

悔いが残ったかもしれませんが、彼は生きることの価値を十分味わいました。

 

人は生きることができるだけでもしあわせなんだと思います。

一度きりの人生、辛くても苦しくても、生きているからこそ感動が生まれます。

 

明日を夢見て今日を生きる、これは私が大好きな言葉です。

 

今日も暑くなりそうですね、でも私は、汗をかきながら頑張って、生きることの

しあわせを十分味わいたいと思います。

 

あなたは今、生きていることにしあわせを感じていますか。