胃袋の声

 

私は疲れて弱った胃袋です。

私のご主人様は会社で働く中年のサラリーマンです。

 

私はご主人様のために、毎日食べた物をうねり、かき混ぜ消化します。

ご主人様は忙しいのか、いつも朝食抜きで仕事に出かけます。

 

昨夜も夜遅くまで仕事をして、睡眠時間が十分取れなかったのでしょうね。

寝起きの状態では食欲も湧かないのでしょう。

 

私はぺっちゃんこになって、ご主人様の朝食を受け入れる準備をして

待っているのに、悲しく思います。

 

私は時々意地悪をします、大勢が集まる静かな会場で、お腹がすいたと

大きな声でグーグー、グルグルと叫びます。

 

静寂の中で、お腹の音を周りの人たちに聞かれ、恥ずかしそうにする彼を見ると、

私はとても楽しく感じます。

 

ご主人様は会社では中間管理職として、家族の生活を守るために頑張って

働いています。

 

立場は管理職ですが、とてもつらい思いで仕事をしています。

 

上司からは理不尽な要求があり、それを部下に伝えると、「そんなことやっても

無駄ですよ」とそっぽを向かれます。

 

それを上司に伝えると「それをちゃんとやらせるのが君の仕事だ」と怒られます。

 

仕方なくご主人様は自分でその仕事をすることになり、仕事が増える一方です。

ご主人様は自分の仕事ぶりを棚に上げて、上司と部下を恨んでいます。

 

そんなことをしているせいなのか、ストレスがたまり、私の中には胃酸がたくさん

出てくるような気がします。

 

私のご主人様の仕事ぶりには困ったものです、そんなとき私は、わざと意地悪を

して、胃酸をご主人様の喉まで逆流させて、その酸っぱさで目を覚ませます。

 

それでもだめなら、私は胃下垂になって、彼の降格人事を願います。

 

ご主人様はそのほかにも生きていくには、とても辛いことが山ほどあるようで、

胃薬を飲んでは私の痛みをやわらげています。

 

そんなご主人様ですが、お正月には仕事を忘れ、ゆったりと過ごします。

年末には奥さんとショッピングセンターにお正月の買い物に行きます。

 

食品売り場には、お正月用の食品が溢れかえっています。

 

お魚コーナーではお刺身の盛り合わせ、頭付きの大きなエビ、身の詰まった

冷凍のカニカズノコ、大粒のカキ。

 

お肉のコーナーでは霜降り牛肉のすき焼き用、焼肉用のお肉の盛り合わせ。

お惣菜コーナーではお寿司の盛り合わせにオードブル。

 

そのほか、松竹梅のかまぼこセット、つくだ煮のセット、年越しそばと天ぷらなど。

お店の品揃えは彼に、お正月は胃もたれするほど食べるものだと言わんばかりでした。

 

彼はどれを見てもおいしそうに感じ、すべてを食べようと私を誘惑しました。

そしてそれを満たすために、私に胃拡張になれと命令しました。

 

コロナの影響で、お正月に、私の家に親戚が集まるのは2年ぶりでした。

彼は2年分のおもてなしのために、たくさんごちそうを準備しました。

 

彼は集まったみんなと、朝から晩まで飲んで食べて、まるで私の身体は

朝の通勤ラッシュのようにすし詰め状態でした。

 

いつまでも食べ続けるので、私は大腸さんにお願いをして、これ以上食べられない

ようにと、食べたものの先送り運動をストップしてもらいました。

 

お正月休みが終わり、親戚が帰った後には、食べきれなかったごちそうが

山ほど残りました。

 

もったいないことに賞味期限が切れ、彼は、せっかくのごちそうを廃棄処分しました。

 

この地球には、満たされない胃袋を持つ子供がたくさんいます、彼は一体

何を考えているのでしょうか。

 

私は怒りで身体が震え、胃けいれんを起こし、衰弱してしまいました。

 

食べ過ぎで私を痛めつけた彼は、また、胃薬のお世話になりました。

彼は薬を飲んで、私を精神的にも肉体的にもいじめ続けるのです。

 

このままでは、いずれ、私は胃潰瘍胃がんになってもおかしくはありません。

 

私は彼に伝えたいことがあります。

 

私を治す特効薬は胃薬ではなく、人を愛することと、食べ物を愛することだと。

 

はしっかり、食道さんと小腸さんと大腸さんを愛しているんです