大人のいじめ

 

私の上司に、とても仕事に厳しい人がいました。

やる気のない人に対しては厳しく叱りました。

 

仕事の手を抜いてミスをしたら怒鳴ってきました。

 

部下はみんなその上司を恐れ、いつもその上司の顔色をうかがいながら

仕事をしていました。

 

叱られる部下は事務所に呼ばれ、事務所にいる人達は、また叱られている、

かわいそうにと同情していました。

 

私は子供の頃、とても貧しい家庭に育ち、お金がなくても愛があれば

幸せは自分のまわりにたくさんあると思っていました。

 

私は仕事だけではなく家庭も大切にし、自分の時間をたくさん持つことで

自分らしく生きたいというのが私の考え方です。

 

なので出世欲もなく、みんなで楽しく仕事をしていました。

仕事第一と考える上司と、私のような考え方は水と油のような関係でした。

 

そのうち、その怒りの対象がだんだん私に集中してきました。

 

上司は私の働きぶりが気に入らないようで、事務所に呼ぶだけではなく

現場でも厳しく注意するようになりました。

 

噂によると、以前彼の元で働いていた部下で、彼の厳しい指導でうつ病にかかり、

長期間休職していた人もいるようです。

 

私もだんだん仕事に行くのが憂鬱になってきました。

 

上司の顔を見るとそれだけで叱られるシーンが頭に浮かび、その後、それが

現実となって私は彼に厳しく注意を受けました。

 

私はいつもおどおどしながら、暗い気持ちで仕事をするようになりました。

 

しばらく上司が何も言わないので安心していると、私は事務所に呼ばれ、

彼はメモ用紙をポケットから取り出しました。

 

1週間分の働きぶりをチェックしていたようで、それを見ながら私の至らない

点を指摘し、一つひとつ私を責めました。

 

さすがにこれには私は頭に来ました。

手に持っていたボールペンが折れんばかり、力いっぱい握りしめました。

 

上司に逆らうことはできないのでそうやって我慢しました。

私は学校だけではなく、社会でも大人のいじめがあるんだなと思いました。

 

ではその彼がとても立派な上司かというと、そうではありませんでした。

 

時どき支店にくる営業部長に対しては手のひらを返したように、

満面の笑みでぺこぺこしながらご機嫌をとっていました。

 

おなじ人間なのに、相手によって全く態度が違いました。

 

ある時いつものように私は事務所に呼ばれ、叱られていました。

そのとき上司は、私の生き方についても批判しました。

 

私の生き方まで否定されて、私は我慢できなくなりました。

 

私は彼に、誰もいない別室で、ふたりきりで話をしたいと言いました。

場所を変え、私は彼にいつものように受け身ではなく、強い口調で言いました。

 

真剣勝負でした。

 

私はこんなに苦しむのなら、あなたを殺してしまいたいと言いました。

でも、あなたも私も同じ人間、命の価値には違いがありません。

 

あなたを生んでくれたお母さんの気持ちを考えるとやり切れません。

あなたが殺されるなら代りに自分を殺してくれと言うかもしれません。

 

同じ人間として耐え難い決断ですと言いました。 

 

彼は黙って下を向いたままでした。

 

そして今のは噓です、人は愛されることよりも愛することの方が大切です、

私はあなたを愛することで幸せをつかみたいと言いました。

 

これが私の本当の生き方ですと彼に言いました。

 

彼は黙ったまま、私を置いて部屋から出ていきました。

私は彼の寂しそうな後ろ姿を見届けました。

 

私の気持ちが彼に届いたのでしょうか、それから彼はやさしくなりました。

 

後からわかったのですが、彼も若い頃、上司にいじめられ、私と同じような

気持ちで苦しんでいたようです。

 

私は愛によって、いじめの連鎖を断ち切ることができました。

私はそのとき、人を愛することの大切さを実感することができました。

 

私は、人のこころが傷んだ時には、愛こそが人を救うのだと改めて感じました。