トイレの清掃員

 

今回は老人ホームで働く女性で、トイレの清掃員のお話です。

彼女は以前、スーパーの総菜部門で働いていました。

 

彼女の働くスーパーは、総菜部門には力を入れていて、たくさんの種類の

お弁当やお寿司や、揚げ物・煮物が品揃えされているようでした。

 

そのため、総菜の作業場には多くの女性が働いていたようです。

 

朝の開店時間までに少しでも多く作るために、戦場のように殺気立った

雰囲気の作業場の中で、彼女は人間関係の難しさに悩んでいました。

 

結局彼女は、人間関係のトラブルに巻き込まれ、こころを傷めてそこを辞めました。

彼女は次の仕事を探すために、ハローワークに行って、求人情報を見ました。

 

彼女はその中で、老人ホームのシーツ交換の仕事を見つけました。

早速彼女は、履歴書を持ってその老人ホームに行き面接を受け、採用されました。

 

仕事を始めて知ったのですが、シーツ交換が終わるとトイレ掃除がありました。

 

彼女はここの仕事がシーツ交換とお部屋の掃除と聞いていたので、まさかトイレの

掃除までするとは思っていませんでした。

 

先輩の従業員にトイレの掃除の仕方を教えられました。

彼女は自分の家でもトイレ掃除はしますが、少人数のためそんなには汚れません。

 

でもここは、多くの人が使うので、家とは比べ物にならないほど汚れがひどいのです。

その施設にはたくさんトイレがありました。

 

1日に数か所のトイレの掃除をするのは大変でした。

いつまでも、その臭いと汚れが身体に染みついているような気がしました。

 

最初の頃は、トイレ掃除の直後の昼食はなかなか食が進みませんでした。

彼女はこんな仕事を始めたことに後悔しました。

 

ハローワークには数多くの仕事がありましたが、よりによってこんな仕事を

選んだ自分を責めました。

 

彼女は恥ずかしくて、絶対に、この仕事をしていることを知り合いには

知られたくないと思いました。

 

彼女は最初の給料をもらったら、ここをやめようとこころに決めました。

 

トイレの掃除はすぐに慣れましたが、一緒に働く介護職員の仕事を見て、

彼女はその仕事の違いに落ち込んだようです。

 

介護職員は、お年寄りに喜んでもらえる、肌と肌が触れ合う温かい仕事、

一方、彼女はひとりぼっちで、冷たい便器を相手に、汚れをごしごし取る仕事。

 

彼女はだんだん介護職員の仕事が羨ましくなりました。

 

トイレ掃除の合間に、介護職員の仕事を見ていると、私だったら、こうしたら

もっとお年寄りが喜ぶのではないかと思うようになりました。

 

彼女は仕事に慣れてくるにつれて、お年寄りにできるだけ、一声かけるように

しました。

 

声をかけられたお年寄りのほとんどは喜んでくれました。

 

毎日の一言の積み重ねで、彼女は一人ひとりのお年寄りの気持ちがそれぞれ

わかるようになりました。

 

お年寄りとのこころの繋がりが、1か月で辞めるつもりだった彼女を引き止めました。

彼女はお年寄りの気持ちを理解し、悲しみや辛さを聞いて共感しました。

 

だんだんお年寄りと彼女との間には信頼感が生まれました。

そして彼女が老人ホームで働き始めて5年が過ぎました。

 

その間に、仕事がつらいのか多くの介護職員が辞め、新しい職員にかわり、

今では彼女はその施設では古株になりました。

 

お年寄りの性格や生活習慣を熟知している彼女は、新しく入った職員に、

陰ながら、人の気持ちを理解することの大切さを助言するようになりました。

 

職員は介護の技術についてはよく知っていますが、お年寄りのこころに

ついてはわからないことが多いので、よく彼女に相談するようになりました。

 

そんな頃、人事異動で別の施設から男性の職員がやってきました。

彼は仕事が早いのですが、お年寄りの気持ちより、仕事の効率を優先しました。

 

食事の時間になるとみんなが食堂に集まりますが、自力で車いす

操作するお年寄りもいました。

 

そんなお年寄りに対して、もっと急げと強い口調で言いました。

でも、身体が不自由な人は思うように早く動けません。

 

彼女はそれを見て彼に、もっとやさしくするように言いました。

すると彼は「トイレの清掃員のくせに生意気なことを言うな」と言いました。

 

彼女はその言葉に怒りを抑えきれませんでした。

 

彼女は思いきり力を込めて「私は同じ人間として、お年寄りがかわいそうだから

言っているのです、あなたには人を愛する気持ちはないのですか」と強く言いました。

 

彼はその迫力に驚き、何も言いませんでした、彼にも少しは良心があったようです。

それから彼は反省したのか、みんなにやさしくなりました。

 

彼女は最初の頃、トイレ掃除なんて嫌だと思っていましたが、今では、

どんな仕事でも、こころが繋がれば素晴らしいと思っているようです。

 

彼女はこれからも、トイレの掃除を誇りを持って続けるつもりだそうです。