人生の主役

 

私の会社のある支店に、32歳でパートで働いている男性がいました。

 

彼は最初の就職先で仕事が合わず、正社員だった彼は4年でそこを辞め、

この会社で非正規雇用で6年働いていました。

 

私がその支店に人事異動で赴任して彼のことを知った時、結婚もしないで

このまま非正規で働いていてこれからの将来はどうするのかなと思いました。

 

私と同じ部署ではなかったので、彼とはあまり話をすることはありませんでしたが、

上司の指示をきちんと理解して、真面目に働く素直な人物だと思いました。

 

私は彼の働きぶりを傍から見ていると、正社員と同じように仕事ができる

優秀な人物に見えました。

 

私が特にいいと思ったことは、いつも笑顔が絶えず、明るく、生き生きと働いて

いたことでした。

 

彼の仕事は特に難しいものではありませんでしたが、会社にとって必要であり

誰かがやらなければならない仕事でした。

 

でも私は彼の仕事ぶりを見ると脇役的な仕事だけではなく、この会社では

主役として十分活躍できると思いました。

 

ある時私が昼食を終えて休憩室でテレビを見ていると、彼が入ってきて私の

そばに座りました。

 

支店で唯一の男性パートである彼は、他の社員に遠慮して、いつも休憩室の片隅で

ひとりスマホとにらめっこしていました。

 

私はたまたま近くに座った彼に話しかけてみました。

話をすると言っても共通の話題がないので仕事のことになります。

 

勤務シフトを聞くと、毎日朝8時から15時までの勤務で休憩が1時間、週のうち

5日勤務で時給は少しいいようでしたが、正社員と比べると給料はかなり

 

少ないようでした。

 

働き方はそれぞれ個人の考えで決めればいいので、別に私は彼にとやかく言う

つもりはありませんでした。

 

でも彼と話をしていると彼の人柄の良さがわかり、いつも彼の働きぶりに感心

していた私は、つい、「もし私が人事部長だったら君のような人には正社員として

 

働いてもらうのですが、そんな権限がなくてごめんなさい」と言いました。

 

すると彼は、「自分は今のままで十分です、楽しく仕事をさせてもらっています、

気を遣ってもらってありがとうございます」と笑顔で返してきました。

 

話題を変えて私は彼に、正社員の私と比べて彼には自由な時間がたくさんあるので

私は羨ましくて、その時間をどのように使っているのかと聞いてみました。

 

彼は仕事のない時にはボランティア活動をしているそうです。

 

私はボランティアについてはあまり詳しくはないのでどんなことをしているのか

彼に聞いてみました。

 

ボランティアにはいろいろな種類があり、例えば、災害、環境、農業、動物愛護、

貧困、障がい者、介護、医療、まちづくりなどたくさんあるようです。

 

そしてボランティアには様々な年代や職種の人が参加しているので職場や

日常生活では知り合えないような人との交流が深まるようです。

 

さまざまな価値観の人との交流は視野を広げ、活動を通して意気投合することで

信頼できる人間関係が生まれ、悩みの相談相手になってくれることもあるようです。

 

私はその時、話している彼の目がやさしく輝いているのがわかりました。

彼が生き生きと働いていた理由がわかりました。

 

私は彼のことが少し理解できました、彼はボランティアと同じように愛を持って

この会社で仕事をしていたようです。

 

彼にとって仕事とは、出世してお金を稼ぐというのが目的ではなかったようです。

 

決して自分が主役になるのではなく、周りの人に役に立つことが自分の仕事だと

思っていたようです。

 

私は彼のような生き方にはとても感動しました。

 

彼は「そろそろ休憩時間がなくなるので失礼します」と言って仕事に戻りました。

 

気がつくと、彼の話に夢中になっていた私は休憩時間が20分もオーバーしていました。

職場に戻ると、私は同僚から冷たい視線を感じました。

 

この世の中には主任、係長、課長、部長などそれぞれ仕事で主役を演じているような

人でも、実は、心理的に会社の奴隷のように働いている人もいると思います。

 

彼は今の職場では決して主役ではありませんが、人生の主役は誰よりも上手に

演じていると私は思いました。

 

彼はすべての人を愛することで自分らしく生きているようです。