人情の味

 

私の友人でスーパーに勤めている人がいます。

先日、彼と会って食事をしたとき、とてもいい話を聞きました。

 

彼が勤務するスーパーには学生のアルバイトが何人もいるそうです。

その中で、4年間アルバイトを続けた男子大学生がいたそうです。

 

平日は授業が終わった夕方から、土日祝祭日、夏休みなどの長期休みは

朝から勤務していたそうです。

 

彼は母子家庭で、母親と彼と妹の3人家族でした。

 

彼が大学を卒業するためには、家から通える大学に入り、アルバイトを

しながら勉強をしなければなりませんでした。

 

彼の仕事は食品レジで買い物客の会計をする仕事でした。

 

彼はとてもまじめで気のやさしい性格であり、商品を大切に扱い、スムーズな

レジ打ちだったので、お客からよく褒められていたようです。

 

そして彼の笑顔がとてもいいので、女性客には好感を持たれていたようです。

私の友人がそのお店に人事異動で赴任した時にはアルバイトの彼は大学3年生でした。

 

その頃には彼は仕事に十分慣れていて、私の友人と気が合い、仲良く仕事をする

ようになりました。

 

レジが暇になると、お惣菜の割引シールを貼るのを手伝ったり、食品の補充を

手伝っていたようです。

 

そんな彼ですが4年生になったばかりの頃、母親が病気で亡くなり、お店を

2週間休みました。

 

彼は仕事に来るようになりましたが、以前のような明るさはありませんでした。

ある時友人は、夜の休憩時間に彼と一緒になり、ふたりで話をしました。

 

彼の父親は彼が中学生のとき亡くなり、母親が苦労しながらふたりの子供を

育てていたようです。

 

彼はいつも、父親が生きていれば、もっと母親が楽をすることができただろうにと

思っていたそうです。

 

彼は子供の頃、父親と近所の公園でよくキャッチボールをしていたそうで

今でもその時の楽しそうな父親の顔が目に浮かぶそうです。

 

彼は大好きな父親を失った上に、今回、頼りになる母親を亡くしてとても

不安そうでした。

 

お葬式の段取りは親戚の叔父さんがしてくれたのでとても助かったと言いました。

 

友人は彼に、これからの生活はどうするのかと聞きました。

 

母親が掛けていた生命保険が少し入るので、何とか就職が決まるまでこの1年間

高校生の妹とふたりで頑張るつもりだと言いました。

 

その話を聞いて涙が出そうになった友人は、話の途中、彼を待たせて売場に行き、

すぐに戻ってきました。

 

友人は、私には君に何もしてあげることはできないが、これは私の気持ちだと言って

売場で買ってきた、お店で一番値段の高いお寿司を彼に食べさせました。

 

彼は父親が亡くなってから、今まで家族以外からこんなに親切を受けたことは

ありませんでした。

 

そのとき彼は、親身になってくれた友人のことを、亡くなった父親のように

思いました。

 

そして1年後彼は卒業して就職することになりました。

友人は彼に、どこに就職することになったのかと聞きました。

 

すると彼は、お寿司のチェーンを展開する企業に決まりましたと言いました。

 

友人がどうしてそこに決めたのかと聞くと、友人がごちそうしたお寿司がとても

美味しくて、その人情の味が忘れられなかったそうです。

 

彼はお店をやめても時どきお店に来て、買い物をしながら、就職した仕事のことを

友人に話しましたが、まるで父親に報告するようでした。

 

友人は頑張って働いている彼の話を聞いて、実の息子のような気がしました。

 

それから4年後、彼はお店の店長となり、友人をお店に招待してくれたそうです。

友人がお店に行くと彼は元気な笑顔で迎えてくれました。

 

そして彼の握ってくれたお寿司を食べた時、友人も彼と同じように、人情の味を

とても美味しく感じたそうです。

 

私は友人の話を聞いて、お前のちょっとしたことが彼の人生に大きく影響を

与えたんだねと言いました。

 

私は、友人と彼は、こころの中で本当の親子のように繋がっていると思いました。

 

そして彼は私に、人情の味ほど美味しいものはないよと言いました。