幸せを売る販売員

 

今回は、靴屋さんの女性販売員のお話です。

 

その靴屋さんはブランド中心で高級品を扱っているお店です。

彼女はシューフィッターの資格を持ったベテラン販売員です。

 

シューフィッターとは、なるだけお客の足の形状やサイズにぴったり合った靴を

選んでお客に勧めることができる、専門技術を持った人のことです。

 

その研修で足底の長さや幅、甲の高さやくるぶしの位置などを実際に測ることを

繰り返し、お客の足にぴったりと合う靴を選ぶことができるようです。

 

話しは戻りますが、彼女は母ひとり子ひとりの母子家庭で育ち、母親の苦労を

よく知っています。

 

そんな彼女ですが、彼女が30歳を少し過ぎたころからだんだん母親の介護が

必要となりました。

 

彼女は苦労して自分を育ててくれた母を施設などに入れなくて、できるだけ

自分の力でやさしく面倒をみようと思いました。

 

彼女は働きながら懸命に介護しました。

仕事をしながらの介護は、身もこころもボロボロになるほどつらいものでした。

 

彼女はとても苦労しましたが母親の最期まで面倒をみることができました。

 

そのころ彼女は30代後半でした。

 

もう結婚はできないだろうと諦めていた彼女に、縁あって、靴の仕入れ先の

男性と結婚することができました。

 

母親を亡くして一人寂しく暮らしていた彼女は、ふたりで幸せをかみしめながら

毎日楽しく過ごすことができるようになりました。

 

結婚して半年くらい経った頃、彼女はご主人の誕生日のために、靴をプレゼント

することにしました。

 

彼女は、彼を自分の勤めているお店に呼び、彼に何足か気に入った靴を選んで

もらいました。

 

彼女はひざまづき、やさしく丁寧に彼の足を触りながら、じっくりサイズを合わせ、

彼にぴったりの靴を決めました。

 

そして彼の誕生日にその靴をプレゼントとして渡すつもりでした。

 

ところが突然不幸なことが起きました。

 

ご主人の誕生日の前日に、彼は交通事故に会い、帰らぬ人となりました。

彼女は一気に天国から地獄へと突き落とされました。

 

彼女は大切な人をふたりも失ってしまいました。

彼女のこころは痛みました、とても辛かったと思います。

 

でも、生活のためと悲しさを忘れるために精一杯、靴の接客販売をしました。

 

ある日、親子連れの常連客が彼女に接客を求めました。

彼女はお馴染みのお客なのでいつものように接客をしました。

 

そのとき、一緒にいた子供が、このおばちゃん、この前来た時のように

やさしくないねと母親に言いました。

 

彼女はハットしました。

 

知らず知らずの間に彼女の接客は暗くなっていたのでした。

 

彼女は家では、ご主人にプレゼントするつもりだったその靴を見るたびにご主人の

ことを思い、涙が止まらなかったそうです。

 

彼女はご主人がその靴を履いて、幸福への道を歩んで欲しかったのです。

 

彼女はいつまでもこんな気持ちではいけないと思いました。

 

ご主人に対する愛情をお客に向け、幸福への道を歩んでもらおうと決めました。

 

彼女は接客するときに、さりげなく、新しい靴を履いてどんなことをしたい

ですかと聞くようにしました。

 

新社会人としてこれから会社で働く人で、心配症なので不安だと言えば

やさしく足をくるんでくれるようなソフトな靴を、バリバリ働きたいと言う人には

しっかりした丈夫な靴をお勧めしました。

 

こころの病を何とかしたいと言うお客には軽くて明るい靴を、ありのままで

いたいと言うお客には本人の良さを見せるようにシンプルで目立たない靴を

勧めました。

 

お年寄りが健康のためにウォーキングしたいと言えば、いつまでも健康で

いられるように膝に負担のかからない厚底でクッションのいい靴をお勧めしました。

 

彼女は靴を売るのではなく、幸せを売る販売員として接客をするようにしました。

 

彼女はお客にひざまづいて靴を合わせる時は、いつまでもご主人の靴合わせの

ときのことを思い出しました。

 

ご主人と同じようにやさしく丁寧にお客の足を触り、こころをこめて靴を

合わせました。

 

そして涙で潤んだ瞳は店内のスポットライトの光で輝き、目が合えば、お客の

こころを引きつけました。

 

そんな彼女にお客はとても親しみを感じ、彼女の接客を求めてリピート客となり、

今では接客ナンバーワンとなりお店には欠かせない人となりました。

 

人にとって、こころはモノより大切に感じるものなのかもしれませんね。

 

きっと天国で、彼女の母親とご主人は、彼女のことを褒めていることでしょう。