愛ある発注

 

私の友人に食品スーパーの店長がいます。

随分前のことですが、彼と会って仕事の話を聞いたことがあります。

 

店長と言っても、本社からのメールチェックや部下への連絡業務だけではなく、

忙しい時は売場に出て、商品の補充を手伝うようでした。

 

彼は店長になったばかりで、まだお店のことはよくわかっていませんでした。

 

そのスーパーには多くのパートさんが働いていましたが、彼はそのうちの

ひとりがとても優秀だと思いました。

 

そのパートさんは、調味料やお菓子、インスタントラーメン、缶詰、砂糖など

比較的賞味期限の長い商品を販売する部門で働いていました。

 

彼は彼女の働きぶりを見て、こんな人がお店を支えてくれているんだなと思いました。

彼女は毎日精力的に働き、常に工夫をし、売り場をしっかり管理していました。

 

彼女はパートでありながら、責任感が強く、毎日1,2時間は残業していました。

彼は忙しく働いている彼女のお手伝いをしながらよく話しかけました。

 

あなたはいつも頑張って働いていますね感心しますと彼女に言いました。

 

すると彼女は、私はこのお店が大好きで、お客様の期待を裏切らないように、

絶対品切れがないように発注をするのが私の仕事ですと言いました。

 

彼は仕事に真剣に取り組む彼女を優秀社員として表彰してあげたいと思いました。

そんな彼女ですが、同じ部門の女性たちからはとても嫌われていました。

 

実は彼女、多くの在庫を抱えて必要以上に時間をかけて働いていたのでした。

 

彼女は絶対に品切れがないようにと、多くの数量を発注するので、いつも

在庫置き場には商品が山積みでした。

 

あまりの商品の多さで中が見えないゴミの山のようでした。

同じ部門で働く人たちは、その商品の山を見ていつもうんざりしていました。

 

そのため、売り場でお客に、この商品もっと欲しいので在庫はありますかと

聞かれ、在庫置き場に戻って商品を探すのにはとても時間がかかりました。

 

3,4分かけてやっと商品を見つけて売場に戻ると、待たされるのが嫌なお客は

すでにどこかへ行ってしまったということがよくありました。

 

また彼女の休みの日に、お店が忙しく、売場の商品整理が十分できないことが

ありました。

 

次の日彼女が出勤して開店前の売場を見て、昨日の出勤者は誰?、全然仕事を

していないじゃないとみんなに言いました。

 

みんなの顔は一瞬青ざめて、その場には冷たい空気が流れました。

 

彼女はこの部門で10年以上働いているベテランです。

他の女性は長くても3年でほとんどが勤続年数が少ない人ばかりです。

 

彼女はベテランなのでたくさん商品があっても管理できますが、

他の人はその管理が難しく、たくさんの在庫は仕事を遅くする原因でした。

 

彼女は新しい人が入ってくると自分の思うように働いてくれないといやでした。

 

気に入らない人には、在庫置き場の整理ができていないと、ここはあなたの

お家のように散らかしっぱなしにしないでよ、ここは会社なのよと言いました。

 

そんな屈辱的なことを言われると、プライドのある人はすぐやめてしまいました。

 

多くの在庫は商品を愛する気持ちを奪い、その扱いに負担を感じさせました。

そんな彼女の部門は人が定着しなくて、いつも人手不足で大変でした。

 

ある時、彼女が家で家事をしている時、躓いて打ちどころが悪く、足の小指を

骨折してしまいました。

 

当分彼女は仕事を休むことになり店長は困りました。

 

そこへ同じ部門の中から、もっと商品に愛情を持って発注したいと言う女性が

手を上げました。

 

その女性は商品のことはよく知っていましたが発注は初めてでした。

 

彼女は商品を大切にするために在庫を極端に絞り、ひとつひとつの商品に大きな

愛を注ぎました。

 

最初は品切れもありましたが、次第に慣れて品切れも減ってきました。

 

在庫削減で在庫置き場がすっきりし、誰が見ても、何がどこにあるのか

わかるようになりました。

 

そして仕事がやりやすくなり、お客の在庫の問い合わせにも時間がかからなくなり、

みんなの仕事が楽になりました。

 

みんなが商品を大切に扱い、大量のゴミの山のように見えていた在庫が

希少な宝物のように見えるようになりました。

 

限りある資源、大切にしなければなりませんね。

 

彼女の愛ある発注はみんなを幸せにしたのです。

 

どうぞ骨折したパートさん、ゆっくり休んで下さいねとみんなが思いました。