季節の旅

 

むかしむかしあるところに、長年付き合った彼に裏切られ、婚期を逃して

自暴自棄になっている女性がいました。

 

彼女は辛い自分の気持ちの整理のために季節の旅に出ました。

 

まずは暑い夏の旅です。

 

真っ青な空に白い雲、空がこんなに広いのかと彼女は驚きを感じました。

海もいいけれど、こんな澄んだ空で思いきり泳いでみたくなりました。

 

こんな広大な空と比べて、彼の存在なんてちっぽけなものと自分を慰めました。

 

暑さの中で風に吹かれてちりんちりんと鳴る風鈴、その清々しさで恋に破れた

彼女のこころは涼しく洗われました。

 

夏の風物詩と言えば盆踊り、彼女は浴衣に着替えました。

 

きれいな洋服を着て汚れたこころを隠す、男女の醜い世界を経験した彼女は、

風通しのいい浴衣を着ることでこころが安らぎました。

 

その人らしさがでる浴衣は、彼女に、真心の大切さを改めて感じさせました。

 

夜には花火で鬱憤をはらしました。

 

失恋した彼女は、打ち上げ花火のような派手な振る舞いはしませんが、

線香花火のように、こころに火花を散らし陰湿で憂鬱な気持ちでした。

 

花火に火をつけ主役を演じさせるのは、陰で目立たないろうそくです。

彼女の人生はろうそくのように、今にも消えそうな風前のともし火でした。

 

でも、正直に生きれば愛の手がろうそくを包み、火が消えないように、彼女を

風から守ってくれるはずです。

 

秋と言えば紅葉。

 

深まる秋、黄色やオレンジ、赤に紅葉した木々、澄み切った空気に

彼女は取り返しのつかない失恋だらけの人生のはかなさを感じました。

 

熟した柿の実は、彼女に、その鮮やかさと真っ赤な色で、苦労続きの人生で

忘れかかっていた愛の大切さを、はっと気付かせました。

 

秋と言えば松茸。

彼女の手に届かない高価な食べ物。

 

彼女は傘の開いた大きな松茸の写真を見ながらこころでその香りを感じ、

その優雅な気持ちですき焼きや、炊き込みご飯を美味しく食べました。

 

彼女は、いつか松茸をたらふく食べるという夢を見て、将来への希望を持ちました。

 

そして同時に、悲運な彼女は、きっといつかは素晴らしい彼と出会いたいという

切ない願いを胸に抱きました。

 

冬と言えば思い浮かぶのが雪ですね。

 

雪の寒い中の露天風呂は、救いを求める彼女のこころを温かく優しく導きました。

生きていてよかったなと感じるしあわせなひと時です。

 

失恋で逃げ場のないこころの苦しみを味わった彼女は、人は誰でも、

こころの安らぐ場所を見つけることが絶対必要だと思いました。

 

昨日の猛吹雪がうそのような、今日の晴れ渡った透き通るような青空。

太陽の光が反射してまぶしく感じる白銀の世界、彼女はこころに平和を感じました。

 

人生はいつまでも暗くはない、トンネルの向こうには必ず明るい世界があると

彼女は信じました。

 

それからまだ寒い中、梅の花が咲きます。

 

梅は厳しい冬の寒さを不屈の精神で耐え忍びます。

まさしく失恋の辛さでこころが凍りついた彼女のようでした。

 

彼女はこの花に、高潔なこころで芯のある精神的な美しさを感じました。

 

そのときの彼女には、愛や恋よりも、内面から出る美しさと気品の良さ、

そして忠誠心のあるイメージと雰囲気のある梅の花がぴったりでした。

 

彼女が一番好きな季節は春でした。

春と言えば真っ先に思い浮かぶのは桜の開花です。

 

桜の花言葉は「精神美」「優美な女性」「純潔」と言われています。

 

彼女は満開の桜の花の下で、芯の通った内面の美しさ、女性としての優美さ、

散る際の潔さを感じました。

 

また、桜の散りゆく姿のはかなさは、彼女に人生のはかなさを感じさせました。

人は誰も、いつか必ず来る、永遠のお別れ。


そんな短い桜の命を寂しく思い、彼女はいつまでも、大切な人のこころ中で咲き

続けたいと思いました。

 

失恋をした彼女は季節の旅に出ることでこころが癒されました。

人は失恋すると旅に出かけたくなる気持ちは、今も昔も変わりませんね。