先送りの人生

 

一昨日の土曜日、私は持病の高血圧のための薬をもらいにかかりつけの

病院に行きました。

 

待合室には30人くらいの人が座って診察を待っていました。

薬をもらう前に、いつも、血圧測定と聴診器による診察があります。

 

予約時間は10時半でしたが、いつものように時間がズレ、結局、診察が

終わったのは12時前でした。

 

処方箋を持って薬をもらうために近くの薬局に行き、順番待ちをしていると、

見知らぬ男性が私に声をかけてきました。

 

彼を見ると、頭は白髪で髭がぼうぼうで、かなりやつれたお年寄りでした。

 

私が不思議そうな顔で彼を見ていると、彼は、私に言いました。

「俺のことを覚えているか、お前と同じ会社にいた○○だよ」と言いました。

 

私は驚きました、彼が数年前に会社をやめてFIREしたことは知っていました。

(FIREとは経済的に自立して、自分の好きな時間を過ごすこと)

 

でも、こんなにも変わり果てていては私は声をかけられるまで、彼であることには

気付きませんでした。

 

彼は私より7年先輩で、私と違って仕事はバリバリしていました。

彼はなぜか私と気が合い、よく話をすることがありました。

 

そんな時、私は彼に聞いたことがありました。

 

「先輩はいつもバリバリ仕事をしていますが仕事は楽しいですか」と聞くと

先輩は「とんでもない、辛いから早く仕事をやめて人間らしく自由に暮らしたい、

 

後半の人生を大いに楽しみたい」と言っていました。

 

そのために、趣味は持たないし、旅行にもいかない、家庭のことも顧みず、

 

朝から深夜まで仕事をし、土日のうちどちらかは出勤し、残りの一日はほとんど

家で寝ているようでした。

 

その彼も、念願がかなって、4年前にあこがれのFIREすることができたようです。

 

私はなぜ今のように変わり果てたのか聞いてみたくなり、先輩と話がしたいから

時間があるかと聞くと、いくらでも時間はあると彼は言いました。

 

ふたりはコンビニでお弁当を買って病院の近くの公園のベンチに座り、話をしました。

 

彼は仕事をやめてから半年くらいは旅行に行ったり、株式投資の勉強をしたり、

家庭菜園を始めたりとても有意義な生活を過ごしていたようです。

 

ところがだんだんそれらに魅力を感じなくなったそうです。

何故かというと、生きていく緊張感や張り合いがなくなったからのようです。

 

時間を持て余すようになり、家の近くを散歩したり、本を読んだりしたそうです。

 

現役時代には仕事が山ほどあり、時間はいくらあっても足りませんでした。

余った時間の使いかたなど考えることもありませんでした。

 

しかし今、時間は有り余るほどあります。

この時間をどう使うのかすべて自分で決めなければなりません。

 

彼は現役時代、余暇の使い方をまったく勉強してこなかったのです。

 

することがなく、家でゴロゴロしていると、つい余計なことを言ってしまい、

奥さんとケンカするようになったようです。

 

家庭のことをまったくほったらかしにしていたツケが回ってきてしまいました。

亭主元気で留守がいいを満喫していた奥さんには逃げられ熟年離婚

 

今までやったことがない炊事・洗濯・掃除をすべて自分でやらなければなりません。

奥さんに任せていた毎日のお金のやりくりもすべてやらなければなりません。

 

ひとりぼっちになった彼は、精神的に落ち込み、食欲もなくなり、だんだん外出も

減り、孤立し、生き甲斐もなくなったようです。

 

たまに出かける病院でたまたま私を見かけて声をかけたそうです。

彼の容姿は実年齢よりも10歳以上老けているように見えました。

 

わずか4年でこんなにも変わるんですね。

彼の目は、まったく輝きはなく死んでいました。

 

FIREについてはそれぞれ人によって考え方は違うと思いますが、

 

私は、FIREは彼にとって仕事から逃れるためにするのではなく、仕事よりも

もっと自分の価値を高めるために時間を有効的に使うべきだと思いました。

 

そしてもうひとつ、妻のありがたさを忘れてはいけないと思いました。

 

私は、話し終えて元気なく去り行く彼の背中を見て、人生のわびしさを感じました。

 

私は彼に、そのときそのときを大切に生きないで先送りすると、あとあと

後悔してしまうということを教えてもらいました。

 

私は、彼が今後少しでも元気で長生きすることを切に願います。