涙のリストラ

私の友人はある会社に勤めていました。

 

若い頃、とても気の合う上司と同じ部署で働いていました。

上司は仕事を教えるのが上手で、熱心に、彼を手取り足取り教育しました。

 

部署の目標が達成した時には、よくお祝いに、仕事帰りに居酒屋に行き、ふたりでお酒を飲んで喜びました。

 

とても気心の知れたふたりはいつも本音で語り合う仲でした。

 

それから随分歳月が経ちました。

 

上司は順調に出世をし、当時、人事部の課長として本社で勤務していました。

一方、私の友人はある支店の副店長をしていました。

 

ところが不景気で会社の業績が悪くなり、会社は経費削減のためにリストラを

計画しなければなりませんでした。

 

一番効果があるのが人件費の削減です。

私の友人を含めた管理職が人員削減の対象となりました。

 

会社はリストを作成し、対象者を本社に集めました。

人事部長より今の会社の状況の説明があり、徹底的な合理化が必要だと言いました。

 

会社からは辞めてくれとは言いませんでした。

 

みなさんの能力を生かすために割増の退職金を支払うので、これで新しい道へ

チャレンジしてみてはどうかと言いました。

 

自己都合による退職を示唆しました。

 

それから日を改めて個別に順番に本社に呼ばれ、面接が行われました。

私の友人も本社に呼ばれて面接をうけました。

 

そこにいたのは以前同じ部署で働いていた仲の良かった元上司です。

 

人事部長から面接についての綿密な打ち合わせがあり、それに従って社員の面接に

臨んでいました。

 

人事課長としての立場があり、決して情けを持って面接することはできません。

他の社員と同じように淡々と面接をしました。

 

昔同じ部署で仲良く仕事をした思い出もこの状況ではまったく場違いでした。

お互いに立場がわかっているので複雑な気持ちでした。

 

その面接は何度も繰り返し続き、気の弱い社員や将来に希望の持てない社員は

だんだん辞めていきました。

 

その後も面接が続き、会社のリストラ目標まであとひとりとなりました。

残る対象は副店長の彼と他の支店の店長のふたりに絞り込まれました。

 

後者の店長は彼より3歳年下でやり手であり、部下からの評判は全くよくありません

でしたが上司へのごますりで出世街道を突き進んできました。

 

その店長は頑として退職に応じるような気配はありませんでした。

 

人事課長のこころの中では、できれば、親しく同じ思いで仕事をしてきた彼と

若くて仕事のできる店長とを天秤にかけたくありませんでした。

 

私の友人は、人事課長は言葉にこそ出しませんでしたが、ほんの瞬間的に見える

その表情からとても悩んでいることを察知しました。

 

彼はその表情を見ると、とても辛そうに感じ、悲しい気持ちになりました。

 

彼が今までこの会社に勤められたのは若い頃、今の人事課長に育てられたから

であり、その恩返しができるのは自分が辞めることだと決めました。

 

彼は最後の面接で自分が退職すると伝えると、今まで無表情・無感情を

装っていた元上司は、急に別人のようになり、大粒の涙を流して言いました。

 

お前にはとても辛い思いをさせた、私も辛かった、許してくれと。

 

彼は思わずもらい泣きで涙が止まりませんでした。

ふたりは固く両手を握りしめました。

 

元上司も生身の人間、相当このリストラ人事には悩んでいたのがよくわかりました。

 

それからしばらくして、私の友人が会社を辞めたひと月後、彼に元上司から電話が

あり、会社を辞めたという連絡でした。

 

リストラで社員を辞めさせたことで、多くの社員が不幸になったことを考えると

とても申し訳なくなり、精神的に耐えられなくなり、自分も会社を辞めた

とのことでした。

 

元上司もおなじ人間、人のこころの痛みは十分わかったのでしょう。

人を愛する気持ちは誰もおなじです。

 

人生とは皮肉なもので数年後、私の友人と最後までリストラの対象に残った店長が

今では人事課長として活躍しています。

 

もし、今後、またリストラがあれば、人事課長としてどんなに職務を全うするのか

とても興味深く思います。