こころの記憶

 

先月の土曜日の午前中に、私は妻と一緒に買い物に行きました。

 

食品売り場を回って晩御飯のメニューは何にしようかと迷いました。

結局、晩御飯のメニューはカレーに決まりました。

 

私の家ではカレーの時には、カツカレーがボリュームがあるのでよく作ります。

私はチキンカツ、妻はトンカツが好きです。

 

私が今日はチキンカツカレーにしようと言ったところ、妻は前回もチキンカツ

だったから今回はトンカツにしようと言いました。

 

随分前にカレーにしたのに妻は記憶力がよく、しっかり覚えていました。

 

私は妻に逆らうと大変なことになるのをよく知っていますので、トンカツカレーも

おいしいからそうしようと言いました。

 

家に帰ってお昼ご飯を食べて少しブログを読んでいましたが、その日はお天気が

よく、朝は少し寒かったのですが、お昼からはぽかぽか陽気となりました。

 

私は天気がいい日は、ウォーキングするのが楽しみで、いつも外に出かけます。

その日は少し広い、歩いて30分ほどの公園に行くことにしました。

 

リュックを背負い、中にはお茶とお菓子と汗拭き用のタオルと急に雨が降った時の

ために折り畳み傘が入っています。

 

公園に到着しました、少し汗ばんでいたので、公園のベンチに座って汗を拭き、

持ってきたお茶とお菓子を食べていました。

 

すると、どこからかお爺さんが来て、私が座っているベンチの横に座りました。

彼はしばらく周りの景色を眺めていましたが、ふと、私に声をかけてきました。

 

彼は私に、今日はお仕事はお休みですかと聞きました。

 

人見知りの私は、今まで会ったこともない人から声をかけられて少し不安に

なりました。

 

今日は土曜日なので仕事は休みですと答えると、彼は、私はいつも休みなので

曜日の感覚がなくなったと言いました。

 

失礼ですが、あなたは今何歳になられましたかと聞くと、もう歳はわからなくなったが

昭和15年の生まれだと言いました。

 

私の計算だともう80歳を越えているはずです。

それから彼は自分のことをべらべら話し始めました。

 

彼が子供の頃はまだ戦争の時代で、戦争が終わっても食べる物がなく、

今のように、食べ物を粗末にすることはなかったと言いました。

 

また、生きるか死ぬかの戦争を体験した男性はとても強く、今のように女性の

尻に敷かれるようなことはなかったと言いました。

 

まるで妻の尻に敷かれている、私のことを言われているような気になりました。

 

話しを聞いていると、だんだん私は彼の話に引き込まれるようになりました。

 

彼は続けました、昔は今のように夏は暑くはなかった、クーラーなどなく、

暑い時はうちわか扇子で十分だったと言いました。

 

私が熱心に聞くので彼の思い出話は延々と続きました。

 

彼はあまり話し相手がいないので、私が話し相手になることで、とても嬉しかった

のでしょう、彼の目は生き生きとしていました。

 

私も暇な土曜日でもあり、昔の人の体験談を聞くのは楽しかったです。

 

そこへ娘さんらしき女性が現れ、お父さんここにいたの、探していたのよと

言いました。

 

彼女は私に気付き、お父さんは変なことを言いませんでしたか、少しボケて

きたので、ご迷惑をかけたならごめんなさいと言いました。

 

私はとてもいいお話しを聞かせてもらって楽しかったと言いました。

 

そして彼は、存分に話しができたのが嬉しかったのか、涙を流しながら手を差し伸べ、

私と固い握手をしてその日は別れました。

 

そして次の日の日曜日、私はまた午後から昨日の公園の近くをウォーキング

しました。

 

すると、向こうから昨日のお爺さんと娘さんがやってきました。

私は彼に、昨日はいいお話しありがとうございましたとお礼を言いました。

 

ところが彼はまったく無反応で、私のことを何者かという目で不審そうに見ました。

昨日のお爺さんとは別人のようでした、まったく目の輝きがありません。

 

娘さんが話に入り、お父さんは認知症で、遠い過去のことは覚えているけど、

昨日のことは全然覚えてないんですよと言いました。

 

私はあれだけ涙を流して感激したことを覚えていないなんてびっくりしました。

私は悲しくなりました。

 

妻は随分前の些細なチキンカツのことを覚えているのに、彼は昨日の感激した

事を全然覚えていないのです。

 

でも、私は、彼の頭には昨日の記憶はありませんが、きっとこころの中に、

昨日のことは深く刻み込まれていると信じたいのです。

 

彼のこころは今でも生きているはずです。

 

あなたもそう思いませんか。