歓迎されない人

 

あるお年寄りの人のお話です。

その人の名前は○○健太郎で年齢は70代後半です。

 

若いころはずっと大工の仕事をしていましたが10年くらい前に

体力の限界を感じ、仕事をやめ、家で趣味の家庭菜園などを楽しんでいました。

 

採れたての旬のトマトやキュウリなどはお店で買うよりもずっとおいしく、

四季の変化を存分に楽しんでいました。

 

ところがだんだん、物忘れが激しくなり、家族とのトラブルが絶えなくなりました。

 

健太郎は自分がまともなことを言っているのに、家族は彼のことをまったく

理解してくれなくなり、軽蔑していると思っていました。

 

春の陽気のいい日に、彼は近所をウォーキングをしようと家から出ましたが

歩いているうちに自分の家がどこにあるのかわからなくなりました。

 

それから何時間も自分の家を探してさ迷いましたが見つかりませんでした。

 

そのうち夕方になり、陽が沈みかけたころ、家族と警察の人が彼を発見し、

無事家に帰ることができました。

 

そんなことが何度もあり、健太郎の家族は彼のことから目が離せなくなり、

どうしようかとみんなで相談した結果、彼を老人ホームに入れることにしました。

 

家族は彼に、楽しいところに行くから出かけようと言って彼をクルマに乗せ

老人ホームに行き、彼を入所させました。

 

そこで彼の老人ホームの生活が始まりましたが、認知症の彼にはなぜ自分が

ここにいるのか理解できませんでした。

 

健太郎は突然の生活の変化に、なかなか慣れることはできませんでした。

家族から離れ、孤独で辛くて悲しい日が何日も続きました。

 

老人ホームでの生活は、ご飯は食べられるし、体操の時間があったり

のんびりテレビを見たり、生活するには事足りるものでした。

 

健太郎のここでの生活は動物園の動物のように、保護された安全な生活でしたが、

彼には野生の動物のように、たとえ危険があっても、生き生きとした生活の方が

合っていると思いました。

 

家にいた時のように四季の変化を肌で感じ、自分のことは自分でしながら、

家族と泣き笑いを共にし、こころの豊かだった生活がなつかしく思いました。

 

彼は外で自由に生活できるようになることを職員に切望しました。

家に帰りたいと何度も何度も言い続けました。

 

しかし職員の反応はありません、いつも話をはぐらかしました。

 

何度お願いしても聞いてくれない職員に、認知症健太郎は自分は誰かに

誘拐されて人質になっているのだと思いました。

 

健太郎は、今、家族が自分がここにいることを知らないのできっと心配していると

思い始めました。

 

きっと家族は警察に連絡して一緒に自分を探しているに違いないと思いました。

 

ある時、健太郎は職員の目を盗み、施設から抜け出し、お金は持っていませんでしたが

タクシーを呼び止め、覚えていた自分の住所を告げ、家まで帰ってきました。

 

健太郎の突然の帰宅に家族は驚き、なぜ彼がここに戻ってきたのか困惑しました。

 

それ以上に驚いたのは健太郎の方でした。

 

健太郎は、元のように、これからずっと家族と一緒に楽しく生活できると喜んで

戻ってきました。

 

ところが、大喜びで歓迎してくれると思っていた家族がまったくつれないのです。

 

老人ホームでは健太郎がいなくなったことに気づき、総動員で彼を探していました。

 

家族はすぐ施設に連絡し、健太郎が家にいることを伝え、彼を施設まで

送り届けました。

 

健太郎は家族に歓迎されない自分をとても悲しく思いました。

 

それ以来、職員の彼に対する目は厳しくなり、施設を抜け出すことはできなく

なりましたが、連れ戻されたことを忘れた認知症健太郎は、今でも家に帰り

たいと職員の目を盗もうとしています。

 

よほど家に帰りたいのでしょうね、悲しい現実ですね。

 

しかし、たとえ認知症になっても、健太郎のこころはいまでも生きています。

喜怒哀楽の感情は今でも変わりません。

 

私も健太郎もおなじ人間です。