愛の仕返し

 

もう十数年前のことですが、私の部署に30代半ばの女性がいました。

彼女は出会いが少なかったせいか、いまだに独身でした。

 

私は彼女の上司としてこの支店で3年近く一緒に働いているので彼女のことは

よく知っていました。

 

彼女の性格は、陽気で人にやさしく気配りのできるタイプで、同性からは好かれて

いました。

 

そんな頃、人事異動で私の部署に彼女と同年代の独身男性が赴任してきました。

彼はとても誠実そうで優しい人に見え、彼女のタイプの男性でした。

 

彼女の心は躍りました。

彼女にとっては最後のチャンスかもしれないと思ったのでしょう。

 

彼女は周りには脇目も振れずとにかく彼に愛を注ぎました。

バレンタインデーにはチョコと一緒に手編みのマフラーもプレゼントしました。

 

彼女の彼に対する想いは、同僚も驚くほど一点集中でした、周りが見えていません。

誠心誠意彼を愛せば、必ず、彼女の気持ちは伝わると信じて疑いませんでした。

涙ぐましい努力を続けました。

 

しかしながらその夢はもろくも崩れました。

彼女の愛に彼は反応しませんでした。

彼女は落ち込みました。

 

それを知らない私は、彼女がとても落ち込んでいるのを見て心配になりました。

 

私は彼女に、どうしてそんなに暗く沈んでいるのかと聞いたところ、今までの経緯を

話してくれました。

 

彼女は、もう結婚は諦めました、私は女性として魅力のないことがよく分かったと

涙ながらに私に言いました。

 

 

 男の本能なのでしょうか、私は女性の涙にはとても弱いのです、胸が熱くなりました。

その時私は、彼女に何とか手助けしたいと思いました。

 

私は彼女に言いました、彼に仕返しをしようと。

彼女は私からこんな言葉が出るとは思ってもいなかったので驚きました。

 

私は彼女に言いました、もう彼には求愛しないで、周りにいる人をもっと愛し、

彼を見返しましょうと。

 

これからのあなたの人生に重要な意味を持つことなので、私を信じてやって

ほしいと言いました。

 

彼女は私の真剣なまなざしを見てしぶしぶ同意しました。

 

まず私は彼女に笑顔づくりの訓練をしました。

口角を上げてやさしく相手を見るように、鏡を使って何度もやってもらいました。

 

それができたら毎朝、すれ違う人すべてに元気であいさつするように言いました。

朝から笑顔であいさつされれば誰でも嬉しいものです。

 

それから今まで彼にだけ向かっていた愛情をすべての人に向けるように言いました。

 

彼女はそれらを実行し続けましたが、心の中では、彼への愛をほかに向けるという

仕返しは、ますます彼に嫌われるだろうと思いました。

 

でも、彼女は中途半端は嫌いな性格です、徹底的に周りへの愛を貫きました。

素晴らしい笑顔でやさしくされるとみんな気持ちがよくなりました。

 

彼女は以前と比べて表情が明るくなり、輝いて見えるようになりました。

女性としてではなく、人間としての魅力が高まりました。

 

しばらくすると彼に変化が起こりました。

今まで彼女の愛に無反応だった彼は彼女に優しく応えてくれるようになりました。

 

ある日、彼は彼女に仕事帰りに一緒にレストランに行こうと誘いました。

その夜、彼女は彼からプロポーズを受けました。

 

彼女は驚いて彼に聞きました、無関心だった私になぜプロポーズするのかと。

 

すると彼は「最初の頃は君は僕だけにやさしく、周りの人には

全く気配りができていなかった、もし、君が僕に対する熱が冷めれば

きっと周りの人と同じように冷たくあしらっただろう。」と言いました。

 

「でも最近の君は周りのすべての人に愛をもって接している、これなら僕は

安心して君を受け入れられると思いプロポーズを決心した。」と言いました。

 

彼女は自分の愚かさを認め、以前の彼女のあやまちを許してくれる彼に対して

喜んでプロポーズを受け入れました。

 

今では結婚して二人の子供がいますが、よく私を訪ねてきてその当時の

話をするのですが、一人の人だけではなく、すべての人を愛することの

大切さが理解できたと彼女は言います。