夜明けのウォーキング

 

私はウォーキングが大好きで健康のためにもよく歩きます。

 

場所はどこでもいいのですが、好奇心旺盛の私は、知らない場所を

歩くことで新たなことを発見したり感動することを求めてさ迷います。

 

同じ場所でも、朝歩くのと夕方歩くのではまったく違う世界に見えることがあります。

また、晴れの日と曇りの日でもそうです。

 

私自身の気持ちが晴れていたり曇っていることでも違って感じることがあります。

なので私はいつも新鮮な気持ちでウォーキングを楽しんでいます。

 

夏の暑さの中では、さすがにウォーキング好きの私でも、外を歩くのはつらいです。

10分も歩くと汗びっしょりで、それ以上歩くと熱中症になりそうです。

 

なので最近私は冷房のよく効いたショッピングセンターの中を歩くようにしています。

お店の中は過ごしやすい快適な環境ですが、やはり自然の魅力には勝てません。

 

そこで私は考えました、仕事のお休みの朝、4時半に起床し5時前から家を出て、

気候のいい昼間によく歩いた場所にクルマで行きました。

 

さすがにこの時間は涼しいのですが周りは真っ暗で昼間とはまったく別世界でした。

その先には 信号が見え、その明かりが私の心細い気持ちを勇気づけてくれました。

 

先の見えない人生に迷った時に、こんな明かりが人を救うのだと感じました。

 

それから20分ほど歩くとだんだん明るくなり、空には雲とその境い目が明るさで

わかるようになりました。

 

さらに15分ほど歩くとすっかり夜が明け、朝の新鮮さが心地よく感じました。

 

私は落ち込んだ時、夜明け前が一番暗く明けない夜はない、と自分に言い聞かせて

きましたがこの時それを実感しました。

 

夜明けの散歩は、私に、生きていることのしあわせを十分感じさせてくれました。

 

すると私の目の前に、腰の曲がったお婆さんがこちらに向かって歩いてくるのが

見えました。

 

そのお婆さんは大きなリュックを背負って、その重さで倒れそうになりながらも、

歯を食いしばって一生懸命に歩いていました。

 

しあわせな気分に浸っていた私は、彼女の苦しそうな様子を見て、何かお手伝いが

できるのであればしてあげたいと思いました。

 

私はその重そうなリュックを持ってあげましょうかと彼女に話しかけました。

すると彼女は、これは大切な宝物だから人に渡すことはできないと言いました。

 

それなら少し休んでいきましょうと私は近くの公園のベンチに彼女を誘いました。

 

早朝のウォーキングは昼間と違って、お互いがすがすがしい気持ちなのか、話を

したこともない見知らぬ人とも仲良くなれる独特の雰囲気があります。

 

私は彼女と話をしましたが、とてもジョークが好きで気さくな人でした。

 

彼女が子供の頃、両親が亡くなり親戚に育てられ成人して結婚したけれど、

子供が小学生の時、主人に病気で先立たれたそうです。

 

それからの彼女の人生はつらいことばかりで、何度も死んでしまいたいと

思ったそうです。

 

彼女は冗談で言いました、私は昔、人から神と呼ばれていたのよ、疫病神、死神、

貧乏神と。

 

でも、彼女は苦労しながら、女手ひとつで子供を育て上げ、その子も結婚して、

今ではふたりの孫がいるそうです。

 

彼女は私の人生を悲劇のドラマにしたらきっと大ヒットするんじゃないのと

笑いながら冗談を連発しました。

 

楽しくて時間が経つのを忘れて話が続きました。

 

私はふと、以前ウォーキングをした時、小さな赤ん坊を背負った若い女性を

見かけたことを思い出しました。

 

その女性が背負っているのは、これから将来が楽しみな赤ん坊でした。

 

おなじ背負ったものでも、片や希望で、片や絶望のように思えました。

私は彼女に冗談で、そのリュックの中身は人生の重荷でしょうと言いました。

 

すると彼女は笑って、とんでもないこれはたくさんの人からもらった愛なのよ、

私は今まで多くの人から助けられたの、その愛がこのリュックにたくさん

 

入っているのよ。

 

私はたくさんの愛をもらって助けられ、その愛の入ったリュックの重みで腰が

曲がってしまったのよと笑いました。

 

彼女の人生はとてもつらかったのでしょう、でも私は、涙を流したつらい思い出を

冗談で笑いに変える彼女の生き方に感動しました。

 

冗談好きな彼女は最後まで私をしあわせな気持ちにさせてくれました。

その頃には空にはすっかり陽が昇り、今日も暑くなりそうでした。