初恋の思い出

 

私は小学校5年生の新学期に、父の仕事の関係で、転校することになりました。

 

転校した学校は田舎の小学校で5年生のクラスが2クラスしかなく、転校生の私は

よく目立ちました。

 

転校してから半年くらい経った頃のことです。

 

雨の日の学校帰りに、傘を持ってこなかった私は、雨に濡れながら家に向かって

歩いていました。

 

すると同じクラスの女の子が、帰り道が一緒だから一緒に傘に入りましょうと

私にやさしく言いました。

 

ふたりは同じ傘の中で、無言で歩きました。

私の家に近づいたので、ありがとうと言って、彼女から離れようとしました。

 

すると彼女は突然「私のこと好き?」と聞きました。

 

私はその頃、愛情と友情の違いのわからない純情な男の子でした。

というより、異性に対する恋愛感情がまだ芽生えていなかったのです。

 

私は困惑して、何も言えないでそのまま家に帰りました。

彼女にとって私は、初恋の対象だったのかもしれません。

 

ウブだった私は、彼女とはそれきり何もありませんでした。

でも彼女は私に、異性に対する恋心の存在を気付かせてくれました。

 

それから私は、小学校を卒業し、中学校に入学することとなりました。

 

入学して初めての夏休みになる少し前のことでした。

私が休憩時間に、机の端の角に手を置いて友達と話をしていました。

 

その時近くで別の友達と話をしていた女の子が、話に夢中になり、

私の手の上にお尻を乗せてきました。

 

私は慌てて手を引きましたが、彼女は驚いて私に振り向き、「エッチ」と

恥ずかしそうに言いました。

 

彼女は自分からお尻をくっつけてきたことがわかっていたようで

それ以上何も言いませんでした。

 

彼女はテニス部に入っていて、やせ型で目がぱっちりとしたかわいい子でした。

その時以来、私は彼女のことが気になるようになりました。

 

私にとってこれが初恋でした。

 

時どき教室で彼女と目が合うとドキッとして目をそらしましたが、

恋のときめきを感じました。

 

でも彼女は、私のことをどう思っているのかわかりませんでした。

 

ある時私は、ホームルーム(あまり覚えていませんが、学校生活に関する

授業だったと思います)で先生に司会を任され、生徒に何かのテーマに

 

ついて意見を言ってもらいました。

 

誰も手を上げないので、私は適当に生徒を当てて意見を言ってもらいました。

 

全員に発表してもらえる時間は十分あったのですが、私は意識して

彼女だけ当てることはできませんでした。

 

思い過ごしかもしれませんが、私のこころは彼女に見透かされたと思いました。

 

小心者の私は愛を告白することなく中学を卒業し、彼女とは別の高校に進学しました。

 

高校生活に慣れた頃、周りに彼女と付き合っている男の子を見て、私も彼女が

欲しくなりました。

 

それで私は中学時代の初恋の彼女にラブレターを書きました。

 

私のこころを燃え上がらせるような返事を期待しつつ、その反対に、嫌われたら

どうしようかと不安な日々を過ごしました。

 

でも、結局、いつまで待っても彼女からの返事は届きませんでした。

 

それから30数年後、私の友人で中学校の同級生から、今度、中学校のクラス会が

あるから一緒に行こうと誘われました。

 

私はその友人に、初恋の彼女のことを話し、気まずいから行きたくないと言いました。

 

すると彼は、そんな昔のこと気にすることはないと言って強引に私を誘いました。

私は仕方なくクラス会に行くことにしました。

 

そしてクラス会の当日になりました。

男女合わせて十数人が集まりました。

 

久しぶりに見た同級生は、名前と顔がすぐ一致する人もいましたが

まったく中学校のころの面影がなく、名前を聞いてやっとわかる人もいました。

 

集まった同級生を見たところ初恋の女性はいなくて、私はホットしました。

私はお酒を飲みながら、懐かしい昔の思い出話に花が咲きました。

 

クラス会が盛り上がってきた頃、ひとりの女性が私に話しかけてきました。

丸まると太ってその上厚化粧で、どこにでもいるおばちゃんという感じでした。

 

私はその女性のことをまったく覚えていませんでした。

 

すると彼女は私に、「ごめんなさい、私はあなたにもらったお手紙にお返事を

書くことができませんでした」と言いました。

 

私は驚き、今目の前にいる女性が中学校の時の初恋の彼女であることが

信じられませんでした。

 

あのか細く清廉そうな彼女の面影は全くありませんでした。

 

彼女の話はそれからしばらく続きましたが、私の初恋の思い出ははかなく

消えてしまいました。

 

でも人のことは言えませんね、私もだらしなく歳をとっています。