死に方について

 

私は先日、仕事帰りに友人と焼き鳥屋さんに行きました。

 

私は仕事が終わった後の解放感で一杯やるのが大好きな昔人間です。

 

暖簾をくぐって店内に入ると、いらっしゃいと店員さんの元気な声。

この雰囲気が大好きです。

 

冷え切った体がその威勢のいい声で活気づきます。

 

私は、向かい合うテーブル席ではなぜか話が反論しやすく、横並びのカウンター席

では同調しやすくなる気がします。

 

今日はテーブル席に座りました。

 

まず、ビールを注文し、お疲れ様と乾杯すると一気にリラックスします。

一杯目を一気に飲み干し、空いたコップにお互いにビールを注ぎ合いました。

 

それから、モモとねぎまと砂肝とレバーを2本ずつ注文しました。

 

モモは塩とタレとどちらがいいかと聞かれましたので、塩にしました。

塩を選べるのは素材の味に自信があるからと私は理解しています。

 

焼き鳥を食べながら私は、今年も残り少なくなったねと言いました。

彼は、今年は大変だったよ死に物狂いで働いたよと言いました。

 

私は彼に、死に物狂いとは大げさだね、もし死ぬのなら何歳くらいで死に

たいかと聞きました。

 

彼は、あまり長生きしたくない、なぜなら同世代が先にどんどん死んでいく

悲しさを味わうのは辛いのでほどほどでいいと言いました。

 

私は彼に、ではいつ死にたいかと聞くと、死ぬなら明後日死にたいと言いました。

 

何故かと聞くと、死ぬのが明後日なら明日があるので、今夜はゆっくり眠れると

言いました。

 

私は彼に、実にいいこと言うなと彼のコップにビールを注ぎました。

 

私は彼にどんな死に方をしたいかと聞くと、交通事故か脳梗塞心筋梗塞のように

あっという間に死にたい、癌のように残された時間を惜しみながら、死の恐怖は

 

味わいたくないと言いました。

 

もし彼が癌にかかったら焼き鳥のハツ(心臓)のように彼の心臓を串刺しに

してくれと私に言いました。

 

ビールが空になりました、ビールと一緒にとり皮とぼんじりとハツを

注文しました、炭火で焼いた焼き鳥はおいしいですね。

 

私はどんな場面で死にたいかと聞くと、彼は、家族に囲まれてみんなのやさしい声を

聞きながら幸せに死にたい、マンションの一室で孤独で一人寂しく

 

誰にも知られず死にたくはないと言いました。

 

そして彼は、何か悲しい出来事が起きている時、(例えば家族の誰かが重病を患って

いる時など)家族のこころの負担を考えて、重ならないように死にたいと言いました。

 

お葬式はどうしたいかと聞くと、多くの人に集まってもらって盛大に行うよりも

ごく親しい人だけで控えめでいいから、彼のことを永くこころに残してほしいと

言いました。

 

私は死ぬときはお金を残したいかと聞きくと、残すだけのお金があれば残された

人たちに使ってもらいたい、早く死ねば残るし、長生きすればなくなる、

 

しかしあまり早死にを期待しないでほしいと言いました。

 

大分アルコールがまわってきました、このほろ酔い気分が話を盛り上げます。

追加で日本酒と豚しそ巻きと豚アスパラ巻きを注文しました。

 

私は彼に、死ぬ前にやり残したことはないかと聞くと、彼は、生きるのに

精一杯で死んだ後のことを考える余裕がなかったので、天国に行って

 

ゆっくり考えるだろうと言いました。

 

死ぬ前に若い人たちに伝えることはと聞くと、あなたたちだっていつかは

死ぬんだよ他人事と思ってはいけないよと言いました。

 

私は、寂しいから誰かと一緒に死にたいかと聞くと、生まれた時も死ぬときも

みんなひとり、巻き添えにしてはいけないよ、天国には一人ずつ行くんだ、

 

一緒に行くと誰かは地獄に落ちるんだよと言いました。

 

私は彼に、死んだら誰が悲しむかと聞くと、う~ん家族かな、おっと忘れていた

お前も仲間に入れてやるよと言いました。

 

私はそれを聞いてほっとしました。

 

彼は、ところで俺にいろいろ聞くがおまえは一体どんな死に方をしたいのかと

聞いてきました。

 

私は彼に、ひとこと、ごめんね、私はまだ死にたくないと答えました。

 

 

私は年末で仕事が忙しくなりました、少し投稿間隔があくかもしれませんが

よろしくお願いします。