仕事ができない鬼課長

 

私がある支店の営業部員だった時、人事異動で他の支店の経理部員として

赴任することになりました。

 

私は経理は初めてだったので、異動前に、今いる支店で経理担当者に

実務を1週間教えてもらいました。

 

そして実務研修の最後に、本社のY経理課長には気をつけろと言われました。

 

私は何のことかわからないので、どういうことかと聞きましたが、そのうち

すぐわかると言いました。

 

私は経理部員として新しい支店で仕事をするようになりましたが

慣れない仕事なのでよくミスをしました。

 

毎日本社に帳簿や伝票を送るのですが、本社のY課長がそれらを細かくチェックし

誤りがあれば支店に電話して注意します。

 

このY課長はベテランで長年支店で経理実務を経験していたので支店の

仕事には詳しいのです。

 

このY課長の厳しさはみんなよく知っていてとても恐れています。

私も毎日のようにY課長からお叱りの電話がありました。

 

そしてその電話が長いのです、一言注意すれば済むようなことでも

20分、30分もかけてねちねちと𠮟ります。

 

仕事が忙しい時に彼の長時間の電話はたまりません。

 

他の支店もそれを知っているのでY課長から電話があると気が重くなるようです。

私は連日のY課長からの電話には悩まされました。

 

仕事の最後にはどうかミスがないようにと祈るような気持ちで帳簿や伝票を

本社に送りました。

 

そのうち仕事に慣れたこともあり、3か月くらい過ぎると連日だったY課長からの

お叱りの電話は週に1度か2度くらいまでに減りました。

 

その頃、突然Y課長が、支店保管の帳簿や伝票のチェックのために私のいる

支店に来ました。

 

あらさがしが始まりました、私は緊張してそれを見ていました。

 

やはり次から次へと問題点を見つけ、鬼のような顔をして私に指摘しました。

私は落ち込みました。

 

ところがその時、営業のかわいい女子社員が事務作業のために事務所に来ました。

するとY課長は今までの鬼のような顔が一変して仏のような顔になりました。

 

私が彼の指摘に悪戦苦闘しているのを尻目に彼女のそばに近づき、「今度一緒に

ご飯を食べに行こうよ」と言いました。

 

Y課長は40歳目前で独身だったのです。

 

彼女はY課長が支店に来た時はいつも誰かの女子社員に声をかけているのを

知っているので、相手にしませんでした。

 

私はこの人の変わり身の速さに驚き、この人は一体どんな人なのか知りたく

なりました。

 

そのうち決算の日となりました。

 

私は初めての決算だったので本社から男性社員がひとり応援に来ました。

彼は本社でY課長の部下であると自己紹介しました。

 

決算業務も順調に進み、お昼になったので彼と一緒に食堂で食事をしました。

 

私は彼に、「Y課長はとても厳しい人なので一緒に仕事をするのは大変でしょう」と

聞きました。

 

すると彼は「他の支店の人には絶対しゃべらないようにしてくださいね」と言って

話しを続けました。

 

「実はY課長、ミスばかりしていて、いつもいつも部長に叱られています。

 

私に対する仕事の指示もころころ変わるので私もY課長を信頼していません。

私だけでなく他の社員もほとんど彼を信頼していません。

 

そのため、Y課長は重要な仕事は任されず、暇な彼はいつもミスを見つけた支店に

電話して長々と小言を言っています。

 

私はいつもそれを見ているので、支店の人たちがとてもかわいそうになります」と

言いました。

 

彼は支店に叱りの電話をすることで彼の存在感を認めてもらいたいようでした。

私はそれを聞いてとても気が楽になりました。

 

早速次の日、決算のことでY課長からお叱りの電話がありました。

 

こころにゆとりができた私は、電話の最後に「いろいろ貴重なご指摘ありがとう

ございました、私は課長のような立派な人になれるようにこれから頑張って

 

仕事をしていきます」と歯の浮くようなことを言いました。

 

すると彼は「君は仕事はまだまだだけど、きちんと仕事をすれば大丈夫だよ、

もし何か困ったことがあればいつでも相談しなさい」と、とても嬉しそうでした。

 

彼は誰からも嫌われていて寂しかったのでしょう、私の言葉がこころに染みた

のかもしれません。

 

私はなんだかこの日、とても素晴らしい仕事をしたような気がしました。

 

世の中って一方向から見るだけではなく、多方向から見るととても面白いもの

だと思いました。

 

あなたの周りにもこんな人いませんか?