巨大化した妻

「ただいま。」

「お帰りなさい、ご飯にする、それともお風呂にする?」

 

なつかしいですね。

私にも何十年も前にはこんな時がありました。

 

結婚した当初は、妻は世間知らずで初々しく、年齢が六つも下だったので

妹のような感じでした。

 

私が支えてあげなければ折れてしまうような、か弱い彼女でした。

 

毎日の料理はレシピをみて色々工夫をして作ってくれました。

私が仕事が休みの日は一緒にスーパーに買い物に行き、リクエストした

夕飯のおがずを作るために材料を買いそろえてくれました。

 

やがて子供ができると、私に対する関心は半分以下となり、大半が子供の

方に向くようになりました。

 

初めての子育ては大変でしょうが、私は少し子供に嫉妬しました。

私の仕事の休みの日には妻が夕飯の支度をしている間、私が子供をお風呂に

入れていました。

 

その頃は子供中心の生活で、子供が少し大きくなると、家族で遊園地や

観光地によく遊びに行ったものです。

帰りにはレストランに寄ってみんなで楽しく食事をしました。

 

それから何年もたち、子供が成人をしたころから、再び妻の関心が

私に戻ってきました。

 

新婚当時のような甘いものではありません。

 

子供の教育が終わったこともあり 、今度は私を教育し始めたのです。

生活のすべての面で厳しく指導するのです。

 

仕事から帰った時の靴の脱ぎ方・揃え方、洋服の脱ぎ方・納め方、

食事中のご飯の食べ方・片付け方、使ったものはキチンと元に戻す等々です。

 

健康のためにと言って、食事はすべて薄味です。

すき焼きなどは、私は濃いめが好きなので割り下をたくさん入れたいのですが

 

妻は私の思いの1/3しか使わず、更にハクサイをたくさん入れるので水分が増し、

まるで水煮を食べているようです。

 

仕事の休みの日に、ソファーに寝そべってテレビを見ていると掃除の邪魔

だと言って、ほかの場所に行けと言います。

 

私が文句を言うと10倍返ってきます。

 

先日、ご機嫌取りに妻の誕生日に、会社帰りに花屋さんによって、花束を

買って妻にプレゼントしたところ、とても不機嫌そうに花束を突き返しました。

 

どうしたんだろうと思って、妻に聞いたところ、妻の誕生日は来週だったのです。

結婚して何年にもなるのに私の誕生日も覚えていないのかとひどく責められました。

 

一緒に外に出た時、妻は知人に猫なで声でやさしそうに話すので、知人は私に、

いい奥さんですねと言いますが、とんでもない悪妻だとこころで返します。

 

もう妻には愛のかけらもなくなったのでしょうか。

亭主元気で留守がいいと言う言葉が私のこころに響きます。

 

私の家では妻の存在は巨大化し、私は蚊のように小さく縮んでいます。

 

ある日のことです、妻が朝起きて歯を磨こうとすると片方の手が上がらないと

言いました。

 

私は近所の病院に連れて行ったところ、脳梗塞かもしれないので、急いで

脳神経外科に連れて行くように言われました。

 

幸いにも早く手当を受けたため、軽い脳梗塞で済み、後遺症もあまりなく、

10日くらいの入院で済みました。

 

その間に私が家で掃除をしていた時、ふと、タンスの中に日記のようなものが

あるのに気付きました。

 

それは妻が書いた日記でした。

悪いと思いながら読んでみると、私のことが書いてあるページが目に入りました。

 

主人へ、私は若い頃、何もできない世間知らずでした、よくこんな私を

今まで妻として人として育ててくれました。私はとてもあなたに感謝しています。

子育てが終わった今、私ができることは、あなたにはもっと素晴らしい人に

なってもらいたいし、健康で長生きしてもらうことが私の恩返しです。

 

これを見た私は涙が出てきました。

 

私は妻が退院した時からは、ダメな亭主が妻から教育される役柄を愛をもって

演じています。