愛と厳しさ

 

私は長いサラーマン生活の間に、何度も転勤し色々な支店に勤務しています。

ある支店に勤務していた時です。そこの支店長はとてもまじめな人でした。

 

その頃、その支店の業績が低迷していたため、本社より業務改革の指示が

出ました。

 

支店長は各リーダーを事務所に集め、なんとしても業績を上げるために全力で

業務改革をし、結果を出さなければならないと言いました。

 

その日から毎日、通常の勤務時間が終わってから、2、3時間対策と資料作りです。

私は会社と同様に家庭も大切にする人間なので他のリーダーを尻目に

1時間程度の居残りでこっそり退社していました。

 

それに気づいたのか支店長は、お前は真剣味が足りないと言って、私の部門を

重点対策部門に指定しました。

 

私の部門で効果を出してその対策内容を社長に報告すると言うのです。

私は心の中で、私より優秀でもっと頑張るリーダーがいるのにと思いました。

 

それからは地獄の毎日です。

 

本社に相談したり、他の支店の好事例を収集したり、顧客データを分析したり、

ライバル社との比較、とにかくできることは何でもやりました。

 

いつも会社を出るのは、終電に間に合う11時頃でした。

土日もどちらか一日は出社していました。

 

支店長はクルマ出勤のためもっと遅くまで仕事を続けていました。

そのうちありがたいことに、支店長は、終電の時間を気にしていたらいい仕事が

できないだろうと、高速料金は会社が出すのでクルマで通勤しなさいと言いました。

 

私は涙が出ました、ありがた涙ではなく、悔し涙です。

 

その甲斐があってか3か月後には業績が上向き、業務改革もひと段落つき

私も含めてリーダーの過酷な勤務体制は終わりました。

 

支店長はその功績が認められとても満足していました。

 

ところがその1か月後、その実力を認められた支店長は、期待されて、

他の業績不振支店の立て直しのために異動になりました。

 

私は支店長に本気で鍛え上げられ、その経験は今となっては大きな財産と

なっています。

 

私はお別れに花束をプレゼントしました。支店長にではなくその奥様にです。

私が業務改革で深夜まで仕事をしていた時、私の妻は私の健康のことをとても

心配していました。

 

きっと支店長の奥様も同じように心配しているはずです。

 

それから数か月後、彼が異動した支店も業績が回復し、次なる支店へと

期待され異動となりました。

 

私はその支店長は順調に出世コースに乗ったなと思いました。

 

それから半年くらい経ったころ、私のもとにとても悲しい情報が入りました。

 

あの支店長が、仕事の最中に脳卒中で倒れ緊急入院したのですが、そのまま

帰らぬ人となったようです。

 

私は彼の仕事ぶりを見てきたので、心配していましたが、まさかこんな風に

なるとは思ってもいませんでした。

 

葬儀が終わって落ち着いたころ、支店長の奥様から私に電話がありました。

お別れに贈った花束のお礼でした。

 

「会社の人から主人への贈り物はたくさんありましたが、私に対して贈り物をして

頂いたのはあなたが初めてです。

 

私はどんな人が贈ってくれたのか聞いてみました。主人はあなたのことをとても

ほめていました。仕事ができなくて鍛えたが、本当は人を愛する心は人一倍だと。

私はこの気持ちをぜひ伝えたくてお電話しました。」

 

それを聞いて私は涙が止まりませんでした。

 

もし支店長にもう一度一緒に働こうと言われればきついですが、人生の友と

してならいくらでもついていきます。

 

厳しかったけれど愛をありがとうございました。