必要とされない人

 

私の職場にはあと1年で定年となる独身の男性社員がいます。

母と一人息子の母子家庭で、病弱な母親の面倒をみていたため婚期を逃し

独身でしたが数年前、その母親も亡くなり、一人で暮らしています。

 

この男性はここの職場だけでなく同じ会社の3つの職場を掛け持ちしています。

いわゆる余剰人員、どこも引き取る職場はありません。

 

彼がいることで作業効率がかなり落ちます。なぜならば、他の作業している

人にしょっちゅう話しかけるので作業が遅れます。

 

一人暮らしで話し相手がいなく、唯一、職場で話すことでその寂しさを

紛らわしているのでしょう。

 

注意すればいいのですが、職場では彼が一番先輩社員のため、誰も黙認しています。

また、今ではコロナでできなくなっていますが、忘年会とか送別会とかの

飲み会には必ず参加します。やはり寂しいのでしょう。

 

私はクルマのことはあまりよく知らないのですが、彼はBMWとかいう高級な

クルマを持っていて通勤に使っているようです。

 

普段の食事は近所のスーパーやコンビニで質素な弁当を買って節約しています。

あるとき、彼になぜこんな高級車を買ったのか聞いてみました。

 

すると彼は、誰も自分のことを気にしてくれる人がいないので、せめて、

クルマでもいいものに乗って人の気を引きたいのだと言いました。

 

たまには仕事が終わって晩御飯はBMWで高級レストランにでも行って食事を

するのかと聞いたところ、一人で食事しても美味しくないので、いつものように

質素な弁当でいいと言います。

 

彼は、この世で一番不幸なことは何だと思うか、と私に聞きました。

この世に不幸なことはたくさんありますが、私には何が一番不幸なのか

よくわかりません。

 

彼は言いました、一番不幸なことは、自分がこの世で誰からも必要とされて

いないと思うことだと言いました。

 

親兄弟がいない自分は今死んでも、誰も悲しまない。

会社の誰からも必要とされていない。

そう寂しそうに私に言いました。

 

私は自動販売機で温かいコーヒーを買ってきて、一緒に飲みましょうと

差し出しました。

 

ありがとう、私にはBMWよりもこのコーヒーのほうがよほどうれしいと

言いました。

 

彼も定年まであと1年、退職した後の人生がどうなるのか心配です。

 

日本ではこれからますます単身世帯が増えるように言われています。

単身世帯の人がすべてではないでしょうが、彼のようにこの世で誰からも必要と

されていないと思う人が増えれば、悲しいですね。

 

独身貴族という言葉がありますが、どうなんでしょう。

私は家族と一緒に暮らしていて当たり前だと思っていましたが

彼を見て、つくづく家族のありがたみを感じました。