こころに汗

 

                                          お花見をした近くの風景

 

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昨日、私がブログを書いていると、近所に住んでいる幼なじみの親友から

今日はお天気がいいし、暖かいのでお花見に行かないかと誘われました。

 

桜の大好きな私は喜んで彼の誘いにOKしました。

コンビニでお弁当とビールを買って桜の下に座ってふたりで乾杯しました。

 

桜の咲いた自然の中で飲むビールは、生きているしあわせを胸いっぱい

感じさせてくれます。

 

彼とは中学校の時からの親友で、時どき会って居酒屋で飲むことはありましたが

お昼から飲むのは初めてでした。

 

この素晴らしい雰囲気の中で話は盛り上がりました。

 

周りを見るとほとんどが家族連れで、男ふたりで飲んでいるグループは

あまりいませんでした。

 

広場では中学生と小学生の男の子がサッカーボールで遊んでいました。

 

私たちのすぐ近くで遊んでいたので、そのボールが私たちの食べている

お弁当の上をワンバウンドで飛び越えました。

 

危なく、私たちのお弁当を直撃するところでした。

私は男の子たちに注意しようとしましたが、彼は笑顔でボールを投げ返しました。

 

LINEでいじめられたり、仲間外れにされたりするより、桜の近くで遊ぶ方が

よほど健康的だと彼は言いました。

 

彼は、桜は昔から変わらず美しく咲くけれど、人のこころは昔と違って大きく

変わってしまったなと言いました。

 

最近はこころの病で苦しんでいる人が多いような気がすると言いました。

 

便利でモノがあふれる世の中になったが、ブログなんかを読むと、こころの

苦しみを訴えている人がとても多いような気がすると言いました。

 

ところでお前もブログを書いているようだが何を書いているのかと聞きました。

 

そして、中学校の頃お前が書いた作文を見たが、まったくセンスはなかったが

少しはマシな文章が書けるようになったのかと聞いてきました。

 

私の今書いているブログは、中学生の頃書いた文章と変わらないよと言いました。

 

彼は私に、お前はブログを1年以上続けているようだが誰か読んでくれるのかと

聞きました。

 

私は、何人かの人は読んでくれると言いました。

 

お前の書いたブログを読んでくれるような読者がいるのなら、俺が書いても

読んでもらえるだろうなと彼は笑って言いました。

 

君は私よりずっと文章表現力があるからとても素晴らしいブログを書くだろう、

でも、読んでもらえるかどうかはわからないよと私は言いました。

 

彼は、じゃあどんなブログを書いたら読んでもらえるのかと私に聞きました。

 

私が1年以上ブログを書き続けてわかったことは、私にとってブログとは

写真や文章がきれいなことではありませんでした。

 

私が人並みのブログを書くためには、恥ずかしさを押さえて、自分の気持ちを

十分すぎるほど表現することでした。

 

私は一生懸命にこころを働かせ、こころに汗をかいて文章を書き、読者のみなさんに

気持ちを伝えるようにしました。

 

文章が稚拙でも、できるだけ読みやすく書くことで読者のみなさんは温かい

気持ちで私のブログを読んでくれました、とてもありがたいことです。

 

そう言うと彼は、どうしてそんなに読者の気持ちがわかるのかと聞きました。

 

私が以前、「ブログを始めて1年を迎えることができました」というタイトルで

ブログを書いたところ、とても多くの方に読んでもらいました。

 

つまり、私のブログはよくできましたではなく、よく頑張りましたです。

 

そして私は彼に言いました、ブログとは読んでもらうだけでなく、読んであげる

ことでこころが繋がり、続けられるのだと言いました。

 

みなさんのブログからは読んで下さいという気持ちがひしひしと伝わってきます。

なので読んであげることでとても喜んでもらえます。

 

ブログは日記ではありません、こころとこころの会話なのです。

読んであげて読んでもらい、こころが繋がる、そして共感し感動する。

 

文章が下手でも一生懸命に書いているというこころが伝わればいいのです。

 

だから私はブログを書き続けることができるのです。

自分を大切にすること

 

前回は新型コロナの件でお騒がせしました。

 

今の体温は36.0度でいまのところ感染していないようです。

今回は新型コロナの体験談を書くことにならず、ホットしています。

 

安心して普通のブログを書きました。

 

私の知り合いに、とても人のいい女性がいました。

 

彼女はいつも自分を人に合わせ、周りのことを気遣う人でした。

彼女には自分というものがなく、人の言うことにいつも左右されていました。

 

彼女は人に嫌われるのはいやで、自分の気持ちをはっきり出すこともなく

誰にもいい顔をしていました。

 

そのため彼女は人からものを頼まれることが多く、いつも引き受けていました。

 

人から頼みごとをされると断ることのできない彼女は、自分が嫌になることも

ありました。

 

ある時彼女は友達から、休みの日に一緒にショッピングして食事をしようと

誘われました。

 

でも彼女は、その時気分が乗らず、その日は予定があるからと断りました。

するとその友達は「何の予定?」と聞いてきました。

 

痛いところをつかれ、ドキッとして、予定などなかった彼女は、「たいした予定

じゃないから付き合うわ」と言って断り切れませんでした。

 

自分の気持ちに正直になれない彼女は大きく落ち込みました。

結局、彼女は気分が乗らない友達とのデートで1日をつぶしました。

 

自分を犠牲にして人に合わせても、その気持ちを知らないで、いい人ねで

すまされる彼女は、自分の性格はとても損な性格だと思いました。

 

彼女はそんな自分の性格に嫌気がさし、周りのことばかり気にしないで

もっと自分を大切にしなければならないと思いました。

 

それから彼女は、少しずつ、人に合わせることなく自分の気持ちを出し

自分の想いのままに生きるようにしました。

 

そんな彼女の変化に周りは気付き、彼女は冷たくなったと思うようになりました。

今までは、彼女は何を言っても同調する薄っぺらい人だと思われていたのです。

 

彼女はお人好しとして軽くみられるのではなく、普通の人として尊重して

欲しかったのです。

 

でも彼女は、今までのイメージがとてもお人好しだったので、自分の想うままに

生きる姿は冷たく感じられるようになりました。

 

その頃、私も彼女がだんだん変わっていくのに気が付きました。

 

しかしながら、彼女は自分を大切にしたいと思って自分を変えたのでしたが

周りは全然彼女を大切にはしてくれませんでした。

 

人の気持ちがだんだん彼女から離れていきました。

自分を大切にしたいと思った彼女は、こんなはずではなかったのにと悩みました。

 

当たり前のことですが、その時彼女は、自分を大切にすることは必ずしも

自分が大切にされることではないと気付きました。

 

私はそんな彼女を見て、別の方法があったのではないかと思いました。

 

私は彼女の「自分を大切にする」を「人を大切にする」に置き換えてみました。

 

私は彼女が人に合わせるのをやめるなら、人の想いを理解するのがいいのでは

ないかと思いました。

 

周りの人の言動をよく観察して人のこころを広く深く感じ取るのです。

 

そして彼女と同じ気持ちを人の気持ちの中から見つけるのです。

つまり、共感できることを見つけるのです。

 

自分の気持ちにメリハリをつけ、共感できることから深く相手のこころに

入り込みます。

 

その共感したこころで人を大切にすれば愛が生まれると思います。

 

そうすることで彼女は人に合わせるのではなく、お互いを理解することが

でき、自分がなかった彼女に自分が見えてくると思います。

 

自分が見えれば、嫌なことは嫌と言えるようになり、人から尊敬されるように

なるのではないかと思います。

 

私は彼女に、自分を大切にするのではなく、人を大切にしてみてはと

アドバイスしました。

 

残念ながら彼女は私のアドバイスを聞いてくれませんでした。

彼女には私のアドバイスを受け入れるだけのこころに余裕がないようでした。

 

自分を大切にすることの難しさを理解した彼女は、元のようにお人好しに戻り、

人に好かれるようになりました。

 

彼女が選んだ人生、私はそれ以上何も言えませんでした。

愛の感染

 

昨日のことです。

 

とうとう私の勤務する支店の他の部署に、新型コロナの感染者が出ました。

感染者はパート社員で30代の主婦です。

 

その部署には全部で8名の従業員がいますが、そのうち4人が濃厚接触者とされ

残り3人で仕事をしています。

 

そして今日、濃厚接触者のうちのひとりの感染が確認されました。

 

私の会社はまだあまりテレワークできるような環境ではありません。

本社からふたりの応援者がきましたが、とても忙しそうです。

 

彼女も感染には気をつけていたでしょうが、今時、どこで感染するかわかりませんね。

年度末の決算を控えており、この時期の感染は致命的な痛手です。

 

もし私が最初に感染して、みんなに迷惑をかけることになったらどうでしょう。

私は責任感で胸が押しつぶされ、身体のことよりこころのほうが痛むかもしれません。

 

彼女は私の部署ではありませんが、いつも私に笑顔で挨拶をする礼儀正しい人です。

そう思うと、真面目に働いていた彼女がかわいそうに思います。

 

私は心配になって体温計で熱を測ったところ、36.3度で今のところ大丈夫です。

 

でも、支店にふたりも感染者が出たということは、もしかしたら感染しても

無症状な人が周りにいるかもしれません。

 

私はこれからお昼には、お天気のいい日は外に出て桜の下で、お天気の悪い日は

クルマの中で食事をするつもりです。

 

私は安心してはいられなくなり、感染した時の対応をネットで調べました。

大体の流れはわかりますが、実際なってみないとわからないことがあります。

 

感染した人は心身ともに、とても辛い思いをしているのではないでしょうか。

私の知り合いにはまだ感染した人がいないので聞くわけにもいきません。

 

私はブログでコロナに感染した人の詳しい体験談を探しましたが、探し方が

下手なのか、あまり見つかりませんでした。

 

もし私がコロナに感染したら、感染して困っている人のために、感染した時の

様子を詳しくブログに書く予定です。

 

でも、本当はそんなブログあまり書きたくないですね。

 

私がもし新型コロナに感染すれば、神様の力を借りて、こころの中で愛のコロナに

変えたいと思います。

 

愛を忘れて自分勝手なことをする人たちに、愛の大切さを思い出させます。

 

今の世の中、貧富の差の拡大、地球資源の無駄遣い、環境の悪化、不平等

など多くの課題を抱えていますね。

 

愛のコロナは人にも地球にも優しい思いやりのあるウィルスです。

愛のコロナはこころの密を好み、人から人へと愛を伝えます。

 

愛の感染で、限りある資源を大切にし、地球環境にやさしく平等で、みんなで

分け合い、助け合う、質素で無駄のない世界にしたいですね。

 

新型コロナのウィルスの感染が人の体を蝕むのなら

愛のコロナはきれいなこころの感染拡大です。

 

愛のコロナにはマスクはいりません、こころとこころが触れ合い、共感を呼びます。

愛は奪うものではなく与えるものです、与えた愛は大きくなって返ってきます。

 

私は愛が世界中に広まって、戦争のない、平和な世界がくることを願います。

 

愛でご飯が食べられる、そんな世界が私の夢です。

うさぎとかめ

 

春と言えば入社式ですね。

 

コロナの影響でオンラインで入社式を行うところもあるようですが、

私の会社は新入社員を会場に集めてリアルに行う予定になっています。

 

よく新入社員の気持ちは、緊張と不安のなかにも、新しいスタートに希望と

ワクワク感があると言われることがありますね。

 

私も何十年か前に入社式を経験しました。

正直言って、私は希望とワクワク感などありませんでした。

 

気ままで自由な学生生活から、厳しく規則正しい社会人生活に変わるわけですから

緊張と不安とともに憂鬱と束縛感がありました。

 

私は環境の変化に弱い人間でもあり、できることなら、ずっと学生のままで

いたかったのです。

 

私は今の会社に入りたくて入ったわけではありませんでした。

私を採用してくれそうな会社の中から仕事の楽そうな会社を選びました。

 

そして入社試験を受けて採用されたわけですが、特別嬉しかったわけでは

ありませんでした。

 

私が入れるような会社だからそんなにいい会社ではないと思いました。

私が面接のために、うまく作り上げた人物象を見抜けなかったからです。

 

私は入社式に集まった周りの同期の新入社員を見ると、緊張のせいか、みんな

冷たそうな人ばかりでした。

 

私が声をかければ嫌な顔をされそうでした。

これからこんな冷酷そうな人たちと一緒に働くのかと思うとゾットしました。

 

みんな真面目に社長のお話を聞いていました。

 

社長の言葉は「社会人となった皆さんはがむしゃらに働いてください、そして

必ず、困難にぶち当たります、それを乗り越えて成長してください・・・・・」。

 

私以外の人は社長の言葉を聞いて感動して胸が熱くなったかもしれませんが

それを聞いて私は、早くこの場から逃げ出したいと思いました。

 

その後、数日の新入社員研修があり、それが終わると現場で先輩社員に教育

されながら仕事を覚えていきました。

 

私は環境の変化は大嫌いなんですが、意外とそれに慣れるのは早い方です。

順調に仕事には慣れてきました。

 

その頃、同僚から聞いた話ですが、他の支店に配属された同じ新入社員で、

研修後の初出勤で、社員通用口が見つからなかったので辞めたという話を聞きました。

 

その建物の構造は複雑で、社員通用口を見つけるのが難しかったようです。

でも、人に聞くか少し時間をかければ見つからないはずはありません。

 

きっと不安な気持ちでの初出勤だったのでしょう。

私と同じような気持ちの新入社員がいたのだと思うとホットしました。

 

それから5年くらいは仕事を覚えるために、少し頑張りました。

毎日2、3時間の残業は当たり前でした。

 

そしてある程度仕事を覚えてからは考え方を変えました。

 

こんな仕事ばかりの人生はつまらない、無理をしなく自分らしく生きようと

思うようになりました。

 

仕事が休みの日には近くの畑を借りて野菜作りをしたり、今では、仕事の

合間にブログを書くこともできます。

 

そんな私をあざ笑うように、同期入社の社員は出世し、私の後輩がどんどん

私の上司になりました。

 

もしもしかめよかめさんよ、せかいのうちでおまえほど、あゆみののろい

ものはない、どうしてそんなにのろいのか と歌われているような気がしました。

 

しかしながら、現在、私と同期に入社した社員は半数以上退職しています。

残った社員もいつも忙しそうで、マイペースの私を羨ましがっています。

 

私は、出世を諦めるのと、年下の上司を気にしなければ、気持ちはとても楽です。

 

退職した一部の人は思い通りの転職に成功していますが、大部分は給料が下がり

会社を辞めなかった方が良かったという声を聞きます。

 

私はうさぎとかめの話のように、ゆっくり歩み、最後のゴールまでたどり

着ければいいと思います。

 

毎年社内報に、先輩社員から新入社員へのメッセージというのがあります。

 

「入社おめでとうございます。失敗を恐れず、自分の可能性を信じて何事

にもチャレンジする気持ちが大切です・・・・・・・・」などです。

 

もし私に先輩社員としてのメッセージの依頼があれば「入社おめでとうございます。

社員を長く続けるためには、決して無理はしないで、自分のこころと身体を大切に

 

かめのようにゆっくり歩むことが大切です・・・・・・・・」と伝えるでしょう。

こんなメッセージは絶対没になるでしょうね。

 

でも今のような時代、私のようなメッセージに共感してくれる人もいるのでは

ないでしょうか?

 

私が新入社員研修で出会った同期の彼との悲しいお話が下にあります。

時間があれば読んでみて下さい。

ssddggss.hatenablog.com

初恋の思い出

 

私は小学校5年生の新学期に、父の仕事の関係で、転校することになりました。

 

転校した学校は田舎の小学校で5年生のクラスが2クラスしかなく、転校生の私は

よく目立ちました。

 

転校してから半年くらい経った頃のことです。

 

雨の日の学校帰りに、傘を持ってこなかった私は、雨に濡れながら家に向かって

歩いていました。

 

すると同じクラスの女の子が、帰り道が一緒だから一緒に傘に入りましょうと

私にやさしく言いました。

 

ふたりは同じ傘の中で、無言で歩きました。

私の家に近づいたので、ありがとうと言って、彼女から離れようとしました。

 

すると彼女は突然「私のこと好き?」と聞きました。

 

私はその頃、愛情と友情の違いのわからない純情な男の子でした。

というより、異性に対する恋愛感情がまだ芽生えていなかったのです。

 

私は困惑して、何も言えないでそのまま家に帰りました。

彼女にとって私は、初恋の対象だったのかもしれません。

 

ウブだった私は、彼女とはそれきり何もありませんでした。

でも彼女は私に、異性に対する恋心の存在を気付かせてくれました。

 

それから私は、小学校を卒業し、中学校に入学することとなりました。

 

入学して初めての夏休みになる少し前のことでした。

私が休憩時間に、机の端の角に手を置いて友達と話をしていました。

 

その時近くで別の友達と話をしていた女の子が、話に夢中になり、

私の手の上にお尻を乗せてきました。

 

私は慌てて手を引きましたが、彼女は驚いて私に振り向き、「エッチ」と

恥ずかしそうに言いました。

 

彼女は自分からお尻をくっつけてきたことがわかっていたようで

それ以上何も言いませんでした。

 

彼女はテニス部に入っていて、やせ型で目がぱっちりとしたかわいい子でした。

その時以来、私は彼女のことが気になるようになりました。

 

私にとってこれが初恋でした。

 

時どき教室で彼女と目が合うとドキッとして目をそらしましたが、

恋のときめきを感じました。

 

でも彼女は、私のことをどう思っているのかわかりませんでした。

 

ある時私は、ホームルーム(あまり覚えていませんが、学校生活に関する

授業だったと思います)で先生に司会を任され、生徒に何かのテーマに

 

ついて意見を言ってもらいました。

 

誰も手を上げないので、私は適当に生徒を当てて意見を言ってもらいました。

 

全員に発表してもらえる時間は十分あったのですが、私は意識して

彼女だけ当てることはできませんでした。

 

思い過ごしかもしれませんが、私のこころは彼女に見透かされたと思いました。

 

小心者の私は愛を告白することなく中学を卒業し、彼女とは別の高校に進学しました。

 

高校生活に慣れた頃、周りに彼女と付き合っている男の子を見て、私も彼女が

欲しくなりました。

 

それで私は中学時代の初恋の彼女にラブレターを書きました。

 

私のこころを燃え上がらせるような返事を期待しつつ、その反対に、嫌われたら

どうしようかと不安な日々を過ごしました。

 

でも、結局、いつまで待っても彼女からの返事は届きませんでした。

 

それから30数年後、私の友人で中学校の同級生から、今度、中学校のクラス会が

あるから一緒に行こうと誘われました。

 

私はその友人に、初恋の彼女のことを話し、気まずいから行きたくないと言いました。

 

すると彼は、そんな昔のこと気にすることはないと言って強引に私を誘いました。

私は仕方なくクラス会に行くことにしました。

 

そしてクラス会の当日になりました。

男女合わせて十数人が集まりました。

 

久しぶりに見た同級生は、名前と顔がすぐ一致する人もいましたが

まったく中学校のころの面影がなく、名前を聞いてやっとわかる人もいました。

 

集まった同級生を見たところ初恋の女性はいなくて、私はホットしました。

私はお酒を飲みながら、懐かしい昔の思い出話に花が咲きました。

 

クラス会が盛り上がってきた頃、ひとりの女性が私に話しかけてきました。

丸まると太ってその上厚化粧で、どこにでもいるおばちゃんという感じでした。

 

私はその女性のことをまったく覚えていませんでした。

 

すると彼女は私に、「ごめんなさい、私はあなたにもらったお手紙にお返事を

書くことができませんでした」と言いました。

 

私は驚き、今目の前にいる女性が中学校の時の初恋の彼女であることが

信じられませんでした。

 

あのか細く清廉そうな彼女の面影は全くありませんでした。

 

彼女の話はそれからしばらく続きましたが、私の初恋の思い出ははかなく

消えてしまいました。

 

でも人のことは言えませんね、私もだらしなく歳をとっています。

しあわせを運ぶ天使

 

私は毎日朝起きると、まずトイレに行ってそれから鏡の前で歯磨きと洗顔をします。

 

鏡に写る寝起きの顔は、覇気がなくとてもだらしなく見えます。

本当の私のこころを鏡が写しだしているのかもしれませんね。

 

私は鏡に向かってあっかんべ~をします。

すると鏡の中の私も同じようにあっかんべ~をします。

 

私は、鏡の中の私にも嫌われたようです。

 

恥ずかしいことに、私のこころは中学生から成長していないのです。

鏡を見ながら私は、好奇心旺盛な中学生から常識ある大人のこころに化けます。

 

それから朝食をとり、10分くらい新聞に目を通します。

そして着替えをして再度鏡の前に行き、電気カミソリで髭を剃り、髪を整えます。

 

鏡に向かって毎日、笑顔の練習をして優しさとさわやかさを作り出します。

そして上品で清潔に見えるように服装をチェックします。

 

そのときの気持ちは、今日も自分のだらしなさをごまかしちゃえです。

 

家でゴロゴロしている時の姿は、家族以外には誰にも見られたくありません。

そうやって私は、本来の姿より印象を良く見せようとします。

 

ところで私がいつも鏡に向かって笑顔を作る練習をするのには訳があります。

 

私の会社にはいつも真面目な顔をして、真剣に仕事に取り組んでいる先輩がいました。

いつもピリピリして気軽に声をかける雰囲気ではありません。

 

冗談でもいえば無視されるかそれとも、怒りで私をバカにするかもしれません。

でも、彼は自分のこころに正直であり、ごまかしがありませんでした。

 

私のように自分のこころを隠し、摩擦なく生きていくのではなく、彼のように

自分のこころに正直で、嫌われても自分の意志を貫く人は羨ましく思いました。

 

でも私は、彼のように仕事ができないので、彼を見習うことはできませんでした。

 

話しは変わります。

 

おなじ会社にとても笑顔が素敵な女性がいました。

 

特別美人という訳ではありませんが、彼女とお話をするとき、その笑顔が

いつも私のこころを明るくしてくれます。

 

実は、彼女は結婚生活に失敗し、離婚して寂しくひとりで暮らしていました。

 

彼女はどうにもコントロールできないこころの不調で苦しみ、夫の理解が

得られませんでした。

 

彼女は離婚の原因は自分のこころに問題があったと反省していたのです。

 

私はそんな彼女の気持ちを知らないで、不用意なことを言ってしまいました。

 

私は彼女に、あなたはいつも笑顔が絶えないけれど、しあわせな気持ちで

生きているのが羨ましいと言いました。

 

すると彼女は私に、私を見てしあわせを感じてくれますかと聞いてきました。

 

私は彼女に、あなたの笑顔を見ると、その優しさとさわやかさで、いやなことを

忘れてしあわせな気持ちになると答えました。

 

それを聞いて、彼女は、とてもうれしいと言いました。

 

実は彼女、離婚して落ち込んでいた時、自分の顔を鏡で見ると、まるで不幸を呼ぶ

悪魔のように見えたそうです。

 

彼女がいることで周りの人たちは暗い雰囲気になっていたようでした。

 

彼女はこれではいけない、しあわせを運ぶ天使のような顔にならなければと

思ったようです。

 

それから彼女は鏡の前で笑顔を作る練習をしました。

 

毎日鏡を見て、口角をあげ、かわいらしさを出し、楽しかったことを思い出し

目じりを下げる練習をしました。

 

すると彼女は、だんだん気持ちが楽になり、明るくなってきました。

 

彼女の笑顔は、前向きな印象を与えるようになり、周りの人にも笑顔が出るし、

親しい友達もできるようになりました。

 

そして彼女の笑顔は人にしあわせを感じさせるようになったようです。

それを聞いて、それなら私にもできると思いました。

 

それから私はいつも笑顔であいさつをし、明るく何の心配事もないように

振る舞いました。

 

すると多くの人が警戒することもなく、気軽に、私に話しかけてくれるように

なりました。

 

私の人生、笑顔のおかげで随分多くの人に助けられたような気がします。

 

笑顔っていいですね、なので私は毎日笑顔の練習をしています。

初めての写真

 

         昨年の春に撮影した桜の風景です。

 

 

   



 

今はもう春なのでしょうね。

 

今年ももうすぐ桜の満開が見られますね。

 

私は今までブログに写真を載せたことはありませんでした。

 

私が写真をブログに載せなかったのは、写真の撮り方が下手で自分の気持ちを

伝えることができなかったからです。

 

もうひとつは、私の掲載する写真がブログにふさわしくなく、人に迷惑をかけては

いけないと思ったからです。

(今回の写真が不適切なものであればコメントください、すぐ削除します。)

 

今までは、こころの中は写真では写すことができないので、文章で表現してきました。

少しこころが疲れたのかもしれません。

 

桜の写真の力を借りないとブログが書けなくなりました。

 

そのうち皆さんのブログには、桜の花がたくさん咲くことでしょう。

私の写真が埋もれてしまわないうちに少し早めに載せました。

 

これから皆さんのピンクに彩られるブログを読むのが楽しみです。

 

私は桜の花が開く時期が一番好きなのです。

桜の花を見ると、いやなことをすべて忘れてしあわせな気持ちになれるのです。

 

写真の力を借りなくてもブログが書けるように、皆さんのブログで

私のこころにきれいな桜の花を咲かせてください。

 

私は今まで、皆さんのたくさんのブログを読んできました。

とても素晴らしいブログがたくさんありました。

 

そんなブログと出会った時、私のこころに親しみと共感が生まれます。

初めて読んだのに、吸い込まれるような一体感で虜になります。

 

ひとりの方のブログを続けて読んでいると、親友でも話してくれないような

こころの悩みや生きるための考え方が書かれていることもあります。

 

その人のこころの履歴書を見るような気がします。

 

顔に表れるほどの感情の変化は見た目でわかりますが、平然としている時の

こころの変化はわかりません。

 

私はひとから、ストレスがない気楽な人生で羨ましいねと、よく言われますが

実際はそうではありません。

 

そのように見られるためにはこころの中で随分我慢をしています。

私だけではないですね、こころの痛みを抱えている人はたくさんいるでしょう。

 

こころの傷は見た目では治ったように見えても、他人にはわかりません。

ブログを読むと、その続く痛みに苦しんでいる方がいるのがわかります。

 

こころの病のない人に、いつまでも苦しまないで、気力や根性で治せと言われても

そんなに簡単にはいきません。

 

でも、その苦しみを共感してもらったらどんなに気が晴れることでしょう。

ブログを書くことでしあわせになってもらいたいです。

 

日記と違ってブログは、公開することで人に読んでもらいたい、そして

共感してもらいたいというのが伝わってきます。

 

裸のこころを伝えれば、どこか世界で、あなたのことを一番理解してくれる人との

出会いがあるかもしれません。

 

見えないこころの世界を見えるようにする。

 

私はブログにそんな魅力を感じます。

お麩の吸い物

 

おばあさんが家族に連れられて老人ホームにやって来ました。

実の息子は、情けない自分の気持ちを抑えきれませんでした。

 

自分のふがいなさで、母親を自分たち家族で面倒をみることができない

ことをとても辛く思いました。

 

息子夫婦は共働きで、年々老いて弱っていくおばあさんの面倒をみることが

できなくなりました。

 

困った息子は嫁に相談して、辛いけれどこころを鬼にして、泣く泣く母親を

老人ホームに入れることにしました。

 

家族が帰ったあと、老人ホームに残されたおばあさんはとても寂しく落ち込みました。

お昼になり食事の時間となりましたが、まったく食事が喉を通りませんでした。

 

気の知れた家族と一緒の食事と違って、周囲を気遣いながら見知らぬ人との食事は

暗くて冷たい感じがしました。

 

結局彼女は、一口も食べることはなく、自室に戻り悲しくて号泣しました。

 

そのうち、心配した介護職員になだめられ少しずつ食事をするようになりましたが

何を食べてもまったくおいしく感じることはありませんでした。

 

突然の気の休まらない集団生活に、年老いた彼女はなじめませんでした。

 

ところが彼女が入所して1週間後に、彼女より5歳くらい年上の女性が彼女の

隣の部屋に入所してきました。

 

食事の時、彼女の隣に座ることになりました。

 

年上の女性も彼女と同じように、入所したばかりの不安な気持ちで、食事をとる

ことができませんでした。

 

彼女は、自分と同じような気持ちを持つ年上の女性に、話しかけてみました。

年上の女性は同じ気持ちを持つ彼女に共感し、ふたりはすぐに仲良くなりました。

 

自分たちには未来はないけれど、今を何とか耐えましょうとふたりはお互いを

慰め合いながら、辛いながらも施設の暮らしに慣れようとしました。

 

それから数か月後のことです。

外は大雨で雷が鳴る嵐の日のことでした。

 

彼女がいつものように朝の食事のために食事スペースに行ったところ、

いつも一緒に食べる年上の女性が現れませんでした。

 

お昼になっても現れませんでした。

彼女はとても心配になって介護職員に、彼女はどうしたのかと聞きました。

 

すると介護職員はとても悲しそうな顔をして、彼女は昨夜遅く脳梗塞で病院に

運ばれたが、治療の甲斐もなく亡くなったと言いました。

 

昨夜まで一緒に仲良く食事をしていたので彼女には信じられませんでした。

 

辛い気持ちをふたりで共有しながら頑張っていた年上の女性の死を悲しく思いました。

彼女は唯一の友を失い、絶望のどん底に落ちました。

 

こんな気持ちでこれから生きていくのは辛い、彼女は年上の女性の後を追って

死んでしまいたいと思いました。

 

そのとき、施設の近くに雷が落ちました。

その稲光と轟音で彼女のこころに強い光りと震えの衝撃が走りました。

 

その瞬間彼女はハット気付きました、いつまでもこのまま沈んだ気持でこの施設で

暮していては何もいいことはないと。

 

彼女はどうせこの施設で死ぬまで暮らすなら、楽しく愉快に暮らした方が絶対に

いいと思いました。

 

彼女のこころの変化は、今まで気付かなかった身の回りのことを気付かせました。

 

その日の昼食には、あっさりとした薄味のお麩の吸い物がでました。

 

それを飲んだ時、彼女は、今まで全然おいしく感じなかった食事に温かさと

おいしさを感じ、とても驚きました。

 

お麩の吸い物は彼女に、人生のおいしさを味わいなさいと教えてくれたのです。

 

そして周りを見ると、今まで気付かなかった、壁に飾ってある雄大な富士山の絵や

花瓶に生けられたきれいな真っ赤なバラに気付きました。

 

今まで閉じていた彼女のこころの窓が大きく開いたのです。

 

彼女はそれ以来、活発になり、ほかのお年寄りに積極的に声をかけ仲良くなり、

 

毎日のラジオ体操では一番前に出て大きな声を出し、元気に身体を動かしました。

様々なレクレーションにも積極的に参加し、施設での生活を思いきり楽しむ

 

ようになりました。

 

春には次の冬のために手編みのマフラーを作り始め、生きる意欲が出てきました。

 

彼女は施設に入所した当時とはまったく別人に変わりました。

今では、施設で一番、笑顔の絶えない元気なお年寄りになりました。

 

人は考え方次第で、絶望の人生でも希望の人生へと大きく変わるんですね。

終活

 

私は病院が大嫌いです、なので体調が悪くなるととても不安です。

 

胃の調子が悪くなるとネットで胃の病気を検索します。

すると様々な胃の病気があり、どれも自分の症状に似ているように思えます。

 

軽い胃炎のようにも思えますし、胃がんのところを見ると私の症状に該当する

ような気もします。

 

そして最後に病気は早期発見、早期治療が大切ですと書いてあります。

でも私はなるべく病院には行きたくありません。

 

病院に行って診察を受け、医師に、あなたは末期がんですと言われるのが

怖いのです。

 

目の前が真っ暗になり、絶望感で気が狂いそうになるかもしれません。

今、私の人生のドラマの最終回を迎えるのは心残りです。

 

そんな死刑の判決を受けるために病院に行く必要はないと勝手に決めます。

 

私は自分を落ち着けるために、軽い胃炎の症状と決めつけ、市販の胃薬を

買って飲みます。

 

運よく今まで、ほとんど数日で胃の調子は回復しました。

私は胃腸に関しては大きな病気を患ったことはありませんが、

 

こんなことを続けていたら手遅れで、本当に人生のドラマの最終回を

迎えることになるかもしれませんね。

 

話しは変わりますが、少し前のことです。

 

私は仕事のお休みの日に、たまたまコンビニで、私の会社で以前支店長をしていた

男性と出会いました。

 

私と彼とは、ずいぶん歳が離れていて会社員時代にはたまにしか話をすることは

ありませんでしたが、彼は私のことを覚えていたようでした。

 

たまたま私を見つけて私に話しかけてきましたが、多忙な会社員時代と違って、

私とゆっくり話しをするのがとても楽しそうでした。

 

私たちふたりはコンビニの駐車場で少し立ち話をしました。

 

彼は会社を定年退職してからもう3年になったようです。

彼は今、仕事をしていないようでした。

 

そして奥様とはいわゆる熟年離婚で、ひとりで暮らしているようでした。

 

会社員時代は趣味もなく、仕事ばかりしていたので、退職後は時間を持て余す

ようになり、生活に張りがなくなったそうです。

 

生活にメリハリがなく、マンネリな生活が続き、何事にも感動することもなく

ただただ、時間だけが過ぎていく無味乾燥な日々だそうです。

 

忙しそうに先を急いでいる人を見ると、何か目的があって羨ましく思うそうです。

 

その日の仕事を終えた充実感で飲む、風呂上がりのビールのおいしさがとても

懐かしいと言いました。

 

彼の一番つらいことは、社会との繋がりがなくなり、自分が社会から必要と

されなくなって、たったひとりだと思うことのようでした。

 

会社員時代には多くの仕事仲間に慕われ、充実した人生を送っていましたが

今は誰とも付き合うことがなくて孤独な生活のようでした。

 

そして彼は、自分の健康のことをとても心配していました。

病気になっても頼れる人や看病してくれる人がいないのです。

 

私は相づちを打ちながら、彼の目を見て、こころから関心を持って、真剣に

彼の話を聞いてあげました。

 

彼はいつも話し相手がいないのか、私が熱心に彼の話を聞くので、気がつけば

30分以上時間が経っていました。

 

彼は孤独で寂しかったのかもしれません。

私は彼のおしゃべりに、繋がりを求める人間の本能を感じました。

 

その後、私は別れて去っていく彼の後ろ姿に人生のわびしさを感じました。

 

また話しは変わりますが、最近、終活という言葉をよく聞くようになりました。

 

私は終活と聞いて、残り少ない人生を嘆き悲しみ、自分の思い出と持ち物を

沈んだ気持で整理する活動だという、暗いイメージでした。

 

しかし、終活のことを調べて見ると、終活とは最期まで自分らしく生きるために、

そして後を託された人が困らないように人生最期に向けた準備を行うことのようです。

 

人生100年時代と言われますが私はさきほどの彼を見て、最期まで自分らしく

生きることの難しさを感じました。

 

私の病院嫌いは私のわがままであり、もし、大病を患えば最期まで自分らしく

生きていけなくなるかもしれません。

 

私は終活の意味を知って、自分のためにも後を託された人のためにも、体調が

少しでも悪くなれば病院に行こうと考え直しました。

 

私は終活と聞くとあまりいいイメージではありませんでしたが、長寿社会では

必要なものかもしれませんね。

 

元気でいつまでも自分らしく、こころ豊かに生きたいですね。

制服の似合う女性

 

私は田舎住まいなので、通勤はクルマを使用しています。

 

会社のある街中に入りますと、だんだん仕事の緊張感が増してきます。

今日も仕事辛いだろうなと思いながら暗い気持ちで運転します。

 

そんな気持ちで赤信号で停止している時、目の前の横断歩道を歩く着飾った女性を

見ると、なぜか私のこころは緊張感がほぐれ、安らぎを感じます。

 

通勤途中見る優美な女性は、私の仕事前の緊張感と憂鬱な気持ちを平和な気持ちに

してくれる天使のような気がします。

 

私はこの世の中に女性がいてよかったなと思います。

 

私の会社にもたくさんの女性が働いており、いろいろな服装で通勤しています。

 

季節感あふれるファッションや、地味でシンプルなカジュアルなど様々な洋服で

通勤しています。

 

しかし会社では制服が決まっているので、みんな制服に着替えて仕事をします。

 

ところが同じ制服でも、制服が似合う人も似合わない人もいますね。

私の部下の若い女子社員に、会社の制服がよく似合うなと思う人がいます。

 

彼女は特に美人だとかスタイルがいいという訳ではありませんが、清潔感があって

とても上品に見えました。

 

私は彼女に、制服がとてもよく似合うねと言いました。

すると彼女は私に、ありがとうございますと言って喜びました。

 

そして彼女は、制服だと服装を気にしなくていいし、洋服代がかからないので

助かると言いました。

 

私の会社の制服は、まるで彼女のために作られたもののような気がしました。

 

私は、彼女が地味な制服でもこれだけよく似合うのだから通勤の時に着る洋服は

どうなんだろうかと思い、興味が湧きました。

 

それから私は、時々、彼女が通勤の時着てくる洋服を見ることがありました。

ほとんどはシンプルな服装でしたが、清楚で彼女によく合ったものでした。

 

でも、時には派手な服装でおしゃれをしてくることもありました。

そんな時私は、制服を着た時の彼女と比べると全然魅力を感じませんでした。

 

それどころか、着飾った周りの女性の方がよほど魅力的に見えました。

私は彼女の魅力がぼやけたような感じがしてなりませんでした。

 

私は彼女が制服を着た時、なぜ魅力的に見えるのか不思議に思いました。

そこで私は、彼女のことをいろいろ聞いてみました。

 

彼女の話では、彼女が子供の頃、父親が何度も失業し、夫婦共働きでやっと生活が

できる貧しい家庭に育てられ苦労してきたようです。

 

彼女は今の仕事でもなんとか生活はできるのですが、決して楽な生活では

ありませんでした。

 

そのため、将来、両親を楽にしてあげたいと思い、なんとか今の生活から

抜け出したいと思っていたようです。

 

彼女には舞台俳優になる夢があり、そのために演技力と表現力の勉強をいつも

しているようでした。

 

彼女は主役を目指すのではなく、脇役として主役を引き立てながら良い演技を

することを目指していました。

 

彼女は舞台俳優になる夢と両親を楽にしてあげたいという優しさでこころが

輝いていました。

 

人が目標に向かって努力する姿はとても美しく見えます。

 

私は気がつきました、制服やシンプルな洋服は彼女のきれいなこころを

立派な主役として目立たせるための脇役だったのです。

 

なので彼女はきれいな洋服を着るより、制服や地味な服の方がよく似合いました。

 

私は、きれいな洋服を着てこころの汚れを隠す人より、地味な制服を着ても

きれいなこころを際立たせる彼女はとても素晴らしいと思いました。

 

その後彼女は舞台俳優にはなれませんでしたが、すてきな男性に巡り合い、

結婚し、ご主人を引き立てる名脇役としての役割を演じています。

先が見えない不安

 

前回のお話しの続きです。

(娘のいたずらで、ホワイトデーに「妻と別れます、あなたの子供が欲しい」という

メッセージを彼女に贈ってしまい、恥ずかしかったお話です。)

 

私と彼女は、前回のホワイトデーの件をきっかけにして、とても親しくなりました。

それまでは普通の仲でしたが、それ以来、冗談が言えるような仲となりました。

 

時は流れ、また、翌年のバレンタインデーがやって来ました。

私がお昼に食事をしていると、彼女が私の前に座って、チョコを差し出しました。

 

そして私に、昨年のように私を惑わせないでくださいねと笑って言いました。

私は昨年のことを思い出して苦笑いをしました。

 

せっかくなので私は彼女に、何か困っている事はないかと聞いてみました。

すると彼女は、自分は心配症なので悩みが多いと言いました。

 

主人に先立たれ、これからの人生、どうなるのかまったく予想ができないのが

不安だと言いました。

 

初めての出来事、初めての環境など、経験したことや見たことのない世界は

とても不安だと言いました。

 

先が見えないことが、彼女にとって、一番の不安のようでした。

 

彼女は歯医者さんに行った時の治療を例に出して、目隠しをされて治療を

受けるのはとても不安だと言いました。

 

でも、やさしいお医者さんが、今から注射を打ちます、少しチクリとするかも

しれませんよと、先に教えてくれると安心すると言いました。

 

彼女は、レールの敷かれていない、障害物だらけで先の見えない暗闇の

トンネルの中を歩いているようだと言いました。

 

彼女は歯医者さんのような、人生の道先案内人がいてほしいと言いました。

彼女は私に、どうしたらいいのでしょうかと聞いてきました。

 

私は彼女に言いました、「多くの人を愛しなさい、あなたの愛がきっとあなたを

トンネルの出口へ導いてくれることでしょう」と答えました。

 

彼女は笑って、「じゃあ、私のあげたチョコの中に入っているメッセージを

しっかり読んで下さいね」と言って立ち去りました。

 

私は家に帰って、彼女からもらったチョコについているメッセージを読みました。

 

「親愛なるあなたへ、昨年、奥様と別れて子供を作りたいと言われたお話は

どうなりましたか?私はもう、あなたを愛して1年も待っているのですよ」と

書かれていました。

 

私は彼女のジョークに大笑いしました。

 

私は翌日、彼女に会ってバレンタインのお礼を言いました。

そして、妻と別れるのはもう少し待ってねと笑いながら言いました。

 

私は彼女に、ほかに何か心配事はないかと聞いてみました。

彼女は、死んだ先のことがわからないからとても恐怖だと言いました。

 

彼女は火葬場で焼かれ、遺骨となって遺族に収骨される場面を思い浮かべる

ことがあるそうです。

 

そのとき、自分のこころはどこに行ってしまったのだろうかと考えると恐怖を

感じるそうです。

 

彼女は私に、こころの行き先はどこなのか教えてほしいと言いました。

 

私はその答えを、今度のホワイトデーのお返しのメッセージに書いてあげると

言いました。

 

そしてホワイトデーに、今回は昨年のお詫びの気持ちで、少し豪華にみえる

スカーフを贈りました。

 

メッセージには「親愛なるあなたへ、あなたは死後のこころの存在が

どうなるか心配していましたね。大丈夫、私を死ぬほど強く愛しなさい、

 

あなたの愛が強ければ強いほど、あなたのこころは私のこころの中で、ずっと永く

生き続けることでしょう」と書きました。

 

私も彼女にジョークでお返しをしました。

 

バレンタインデーとホワイトデー、義理の中にも人情を添えると楽しいですね。

 

あなたもホワイトデーには、すてきなメッセージを贈ってはいかがです

ホワイトデー

 

もうすぐホワイトデーがやって来ますね。

 

私の若い頃はバレンタインデーにはたくさんチョコレートをもらって、

ホワイトデーのお返しは大変だったと記憶しています。

 

私の会社には女子従業員が男子社員の数より多くいて、

バレンタインデーには男子社員はみんなたくさんチョコをもらっていました。

 

私は年に一度の、タレントか芸能人になった気分でウキウキでした。

でも、もらうのはうれしいのですがそのあとが嫌でした。

 

私はどちらかと言うと、義理チョコのお返しをするのが面倒に思うタイプです。

 

私の娘が幼稚園に入る前のことでした。

その年私はバレンタインデーにチョコを10個もらいました。

 

もらいっぱなしはいけないので、ホワイトデー直前の日曜日に、重い気持ちで、

ホワイトデーのギフトコーナーに行きました。

 

予算は一人当たり500円から1000円くらいでしたが、何にすればいいのか

決めるのは億劫でした。

 

するときれいなハンカチがギフト箱に入っている見本を見つけました。

私はこれがいいと思って適当なハンカチを10枚選びました。

 

ところがホワイトデー直前だったため、包装するのに順番待ちで

かなり時間がかかるようでした。

 

私は長く待つのが嫌で、ハンカチとギフト箱を買って、包装は家で自分で

すると言って包装紙をもらいました。

 

すると店員さんが、メッセージカードも差し上げましょうかと聞いてきました。

見るといろんなメッセージの書かれた小さなカードがたくさんありました。

 

何枚いりますかと聞くので、20枚適当なメッセージカードをくださいと言いました。

私は20枚の中から適当なものを選んで入れることにしました。

 

家に帰って、もらったメッセージカードを見ると、ユーモアのあるものが

たくさんありました。

 

大分前のことなのでよく覚えていませんが、イメージでは、「スイーツ大好き

子豚ちゃんへ」とか、「愛より私はお金が好きです」とか、「四角い部屋を丸く掃く

 

几帳面なあなたへ」とか、「チョコでごまかす鬼ねえさんへ」など面白いメッセージが

たくさんありました。

 

私は失礼にならないようによく吟味して10枚選び、ギフト箱にハンカチと

一緒にいれました。

 

そして蓋をしようとしたとき、宅配便が届き、荷物を受け取りに玄関に出て

配達物を受け取りました。

 

そして戻った時、娘が残ったギフトカードを持って遊んでいました。

私は慌てて蓋をして包装紙で包み、ホワイトデーまで保管しました。

 

そして娘が遊んでいたギフトカードを数えると残り10枚あるはずが9枚しか

ありませんでした。

 

私は店員さんが間違えて19枚しかくれなかったのだと思い込みました。

 

そしてホワイトデーの当日、その人にふさわしいギフトカードの入った

ハンカチのギフトを10人に贈りました。

 

家に帰って私の選んだギフトカードを読んでくれたはずです。

翌日みんなに笑顔であいさつをしました。

 

ところが一人だけ、私が挨拶をしても、顔を赤らめ、目をそらして挨拶を

してくれませんでした。

 

いつもは挨拶をすれば必ず返してくれるのに変だなと思いました。

 

お昼休みに私が一人で食事をしていると先ほどの彼女が隣に座り、

小さな声で、昨日のギフト本当にもらってもいいのですかと聞いてきました。

 

実は彼女、1年前交通事故でご主人をなくし、子供がいなくひとりで暮らして

いました。

 

これは私からのあなたに対する気持ちだから遠慮なく受け取って下さいと

言いました。

 

彼女は、でもあなたには奥様がいらっしゃるのでしょうと聞いてきました。

 

私はいつもチョコは妻に食べてもらっているから、ホワイトデーのお返しを

しているのは知っているよと言いました。

 

でも、本当にこのハンカチをもらってもいいのかと再度聞いてきました。

 

私はなんか変だなと思って、彼女にどうしたのかと聞くと

 

彼女は私が贈ったハンカチギフトの中から2枚のギフトカードを取り出し

私に見せました。

 

1枚は「ありがとう、これからもよろしくお願いします」でした。

 

そしてもう1枚は「妻と別れます、あなたの子供が欲しい」でした。

 

私はとっさに思い出しました、娘が遊んでいたギフトカードが1枚足りなかったのを。

 

私と彼女は冗談が通じる仲ではなく、彼女はご主人を亡くし、寂しかったのがあり

彼女のこころを惑わしたのでしょう。

 

義理と人情と言われるように、義理のホワイトデーのお返しにも人情が存在する

ことがわかり、貴重な体験でした。

 

彼女には悪いことをしたなと思い、私は何度も何度も平謝りしました。

 

それ以来私はギフトカードはこころを込めて手書きにしています。

愛と幸せ

 

朝晩はまだ寒いですが、だんだん春の気配を感じるようになりましたね。

今月の下旬には桜の開花が見られるのが楽しみです。

 

私の住んでいるところは田舎なので、密になることもなく、コロナ禍でも

お花見を楽しむことができます。

 

お天気のいい日にお弁当を持って、桜の木の下でお花見をするときの気分は

大自然のありがたさをこころから感じます。

 

お弁当を食べ終わって、寝転んで、青空を背景に見上げる桜の花の美しさは

生きている幸せを感じる最高の瞬間です。

 

私は桜が咲くころの春のシーズンが1年の中で一番好きです。

 

話しは過去に戻りますが、私の子供が小学校に入った頃のことです。

この頃も、毎年春には家族みんなでお花見を楽しんでいました。

 

私は会社のお昼休憩の時、同期入社の同僚に、もう今年はお花見に行ったかと

聞きました。

 

するとその同僚は、お花見なんて興味はない、忙しいのだと言いました。

私は彼に、何がそんなに忙しいのかと聞きました。

 

「若いうちはどんどん仕事の勉強をしないとそのうち大きな差がついて

取り返しがつかなくなる」と社長がいつも言っている。

 

彼はその言葉を肝に銘じて、遊んでいる暇はないと言いました。

 

私は彼に、桜と梅の違いは知っているかと聞きました。

すると彼は、桜も梅も同じように見える、咲いて散ればそれで終わりだと言いました。

 

私は彼に、桜とは枝から枝分かれし、ひとつの花柄から複数の花が咲き、

梅はひとつの花柄からひとつの花が咲くと教えました。

 

私が多くの人にこころの優しい純潔な桜なら、君は会社一筋で忠実と忍耐の

梅だと言いました。

 

桜や梅の花を見て、美しいなと感動することのない君の人生は惨めだと言いました。

 

彼は私に、アリとキリギリスの童話を知っているかと切り返してきました。

私はそんな童話は聞いたことがないと答えました。

 

夏の間、アリは冬にそなえて食べ物をせっせと集めていたのに、キリギリスは

遊んでいて、働くアリをあざ笑っていたが、冬になると食べ物がなくなり、

 

キリギリスはアリに謝って食べ物を分けてもらったという話だと彼は言いました。

そして俺はアリ、お前はキリギリスだと言いました。

 

私がキリギリスのようにお花見を楽しんでいたら、そのうちアリのように勉強する

彼に助けを求めるようになると言いたかったのでしょう。

 

ふたりの人生に対する考え方はまったく違っていました。

そのうち彼は出世し、同期入社の私の上司となりました。

 

彼が言っていたように、本当に彼はアリになり、私はキリギリスになりました。

でも私は彼に助けを求めることはありませんでした。

 

私は桜の花を見て、きれいだなと感じるこころの豊かな人生を選んだことを

後悔しませんでした。

 

その後、彼は他の支店に異動することになりました。

 

そのとき私は、彼に、きれいな桜の花柄で飾られた色紙に「愛と幸せ」と

書いて、お別れのプレゼントとして渡しました。

 

彼は「愛と幸せ」の意味は理解せず、私からのお別れの気持ちだけは理解しました。

彼はありがとうと言って受け取ってくれました。

 

それから彼は他の支店で営業成績を上げるために、部下に理不尽な命令をし

仕事の成功は自分の手柄にし、仕事の失敗は部下の責任にしました。

 

彼は頑張って仕事の勉強をしてきましたが、人のこころについての勉強は

してきませんでした。

 

そんな事を続ける彼には部下はついてこなくなり、営業成績は下がり続け、

結局彼は降格人事となりました。

 

そして彼は再び、私のいる支店に戻ってくることになりました。

私は彼がどんな気持ちで戻ってくるのかとても心配でした。

 

そして彼が私と再会した時、開口一番彼は私に言いました。

以前私が彼に言った、お前が桜で俺が梅だという意味が分かったと言いました。

 

彼は降格のショックで、今までの彼の人生を深く反省したようです。

 

そして、お別れにもらった「愛と幸せ」の色紙を大切にして、これからは

人にやさしく生きていくと言いました。

 

彼はそのときやっと私の生き方を理解してくれたようでした。

 

あなたは、桜の花を見て、生きていることの幸せを感じることができますか?

季節の旅

 

むかしむかしあるところに、長年付き合った彼に裏切られ、婚期を逃して

自暴自棄になっている女性がいました。

 

彼女は辛い自分の気持ちの整理のために季節の旅に出ました。

 

まずは暑い夏の旅です。

 

真っ青な空に白い雲、空がこんなに広いのかと彼女は驚きを感じました。

海もいいけれど、こんな澄んだ空で思いきり泳いでみたくなりました。

 

こんな広大な空と比べて、彼の存在なんてちっぽけなものと自分を慰めました。

 

暑さの中で風に吹かれてちりんちりんと鳴る風鈴、その清々しさで恋に破れた

彼女のこころは涼しく洗われました。

 

夏の風物詩と言えば盆踊り、彼女は浴衣に着替えました。

 

きれいな洋服を着て汚れたこころを隠す、男女の醜い世界を経験した彼女は、

風通しのいい浴衣を着ることでこころが安らぎました。

 

その人らしさがでる浴衣は、彼女に、真心の大切さを改めて感じさせました。

 

夜には花火で鬱憤をはらしました。

 

失恋した彼女は、打ち上げ花火のような派手な振る舞いはしませんが、

線香花火のように、こころに火花を散らし陰湿で憂鬱な気持ちでした。

 

花火に火をつけ主役を演じさせるのは、陰で目立たないろうそくです。

彼女の人生はろうそくのように、今にも消えそうな風前のともし火でした。

 

でも、正直に生きれば愛の手がろうそくを包み、火が消えないように、彼女を

風から守ってくれるはずです。

 

秋と言えば紅葉。

 

深まる秋、黄色やオレンジ、赤に紅葉した木々、澄み切った空気に

彼女は取り返しのつかない失恋だらけの人生のはかなさを感じました。

 

熟した柿の実は、彼女に、その鮮やかさと真っ赤な色で、苦労続きの人生で

忘れかかっていた愛の大切さを、はっと気付かせました。

 

秋と言えば松茸。

彼女の手に届かない高価な食べ物。

 

彼女は傘の開いた大きな松茸の写真を見ながらこころでその香りを感じ、

その優雅な気持ちですき焼きや、炊き込みご飯を美味しく食べました。

 

彼女は、いつか松茸をたらふく食べるという夢を見て、将来への希望を持ちました。

 

そして同時に、悲運な彼女は、きっといつかは素晴らしい彼と出会いたいという

切ない願いを胸に抱きました。

 

冬と言えば思い浮かぶのが雪ですね。

 

雪の寒い中の露天風呂は、救いを求める彼女のこころを温かく優しく導きました。

生きていてよかったなと感じるしあわせなひと時です。

 

失恋で逃げ場のないこころの苦しみを味わった彼女は、人は誰でも、

こころの安らぐ場所を見つけることが絶対必要だと思いました。

 

昨日の猛吹雪がうそのような、今日の晴れ渡った透き通るような青空。

太陽の光が反射してまぶしく感じる白銀の世界、彼女はこころに平和を感じました。

 

人生はいつまでも暗くはない、トンネルの向こうには必ず明るい世界があると

彼女は信じました。

 

それからまだ寒い中、梅の花が咲きます。

 

梅は厳しい冬の寒さを不屈の精神で耐え忍びます。

まさしく失恋の辛さでこころが凍りついた彼女のようでした。

 

彼女はこの花に、高潔なこころで芯のある精神的な美しさを感じました。

 

そのときの彼女には、愛や恋よりも、内面から出る美しさと気品の良さ、

そして忠誠心のあるイメージと雰囲気のある梅の花がぴったりでした。

 

彼女が一番好きな季節は春でした。

春と言えば真っ先に思い浮かぶのは桜の開花です。

 

桜の花言葉は「精神美」「優美な女性」「純潔」と言われています。

 

彼女は満開の桜の花の下で、芯の通った内面の美しさ、女性としての優美さ、

散る際の潔さを感じました。

 

また、桜の散りゆく姿のはかなさは、彼女に人生のはかなさを感じさせました。

人は誰も、いつか必ず来る、永遠のお別れ。


そんな短い桜の命を寂しく思い、彼女はいつまでも、大切な人のこころ中で咲き

続けたいと思いました。

 

失恋をした彼女は季節の旅に出ることでこころが癒されました。

人は失恋すると旅に出かけたくなる気持ちは、今も昔も変わりませんね。

満たされないこころ

 

数年前のことです。

 

私の会社では春にはいつものように入社式があり、希望と不安を抱いた若い人たち

たくさん入社してきました。

 

そのうちのひとりの女性が私の部署に配属されることになりました。

彼女は神経質そうでとても痩せていました。

 

新人教育を受けた彼女は、徐々に仕事には慣れてきましたが、その仕事の進め方は

どんくさいものでした。

 

入社後2,3か月もするとだんだん彼女のことがわかってきました。

 

彼女は完璧主義で何事もきっちり片付けないと気がすまないタイプでした。

いいかえれば融通の利かない不器用なタイプでした。

 

そのため、先輩社員からはいつも注意を受け、叱られていました。

新人にとってはいじめと感じるような先輩からのからかいもありました。

 

私はそんな彼女を見て、大丈夫だろうかと心配していました。

 

それから数か月が経ち、叱られ続けながらも先輩から嫌われないようにまじめに

仕事を頑張っていました。

 

その頃彼女は、精神的な強さがあったのか、だんだんたくましくなってきました。

そのたくましさは身体に現れ、少しぽっちゃりとした体形になりました。

 

私は今まで彼女は痩せすぎだと思っていたのでいいことだと思いました。

 

しかしながら、それからさらに数か月経つと、彼女の靴が悲鳴を上げるほど

彼女は肥満体形となってしまいました。

 

私が思うには、彼女の体重は1年足らずの間に軽く10キロは越えて増えたと

思いました。

 

ある時私は心配になり、体重のことは言わないようにして彼女に、何か困った

ことがあれば何でも相談に乗るから話しなさいと言いました。

 

すると彼女は、私は不幸な人間ですと言いました。

 

私が何が不幸なのかと聞くと、彼女は、人と比べて、お金もないし、仕事も遅いし、

頭も悪いし、美人でもない、何もいいところがないと言いました。

 

彼女は自分には価値がないし救われることもないので、人生に何の喜びも楽しみも

感じられなくなったと言いました。

 

いつも自分は人よりも劣っていると思っている彼女は、自分のコンプレックスに

対して敏感になっていたようです。

 

人に嫌われたくないために自分をよく見せようとして行動した反動で、家に

いる時は、食後でも寝る前でも、スイーツやお菓子を食べる習慣がついたようです。

 

仕事が休みの日でも、甘いもののお店に行って、カロリーの高いものばかり食べて

ストレスを解消していたようです。

 

こころが満たされるのではなく、彼女の胃袋が満たされました。

そのせいで彼女の体重はどんどん増えていったのでした。

 

私は彼女に言いました。

あなたは自分を人と比べて劣っているから不幸せだと言っていますね。

 

だったら私はあなた以上に不幸せだということになります。

 

私もあなたと同じようにお金はないし、仕事も遅い、頭も悪いし、美男子でもない、

人間的な魅力もない、何も取り柄のない最低の人間です。

 

よく人が落ち込んだ時、世界にはあなたよりもっともっと不幸せな人がいるんだよ、

それから比べればあなたはまだましだと励まされることがあります。

 

私はそのもっともっと不幸せな人と思われてもいいのです。

 

私のことを見て、自分より不幸な人がいると思って立ち直ってもらえれば

うれしいと思います。

 

私は人と比べて幸せとか不幸せとか思いません。

 

人と比べるよりも、私自身が昨日の私と比べて今日の私が少しでもよくなれば

それが幸せなんです。

 

私は彼女に、自分と人とを比べることはやめなさいと言いました。

 

彼女は私の考えには同感しませんでしたが、彼女と同じような底辺の私を見て

安心したのかそれ以上体重は増えることはありませんでした。

(減りもしませんでした)

 

彼女が元の体重に戻るためには、幸せとは人と比較するものではなく、

自分自身が幸せと思うようになることが必要なのかもしれませんね。